僕は日本でたったひとりのチベット医になった ヒマラヤの薬草が教えてくれたこと

著者 :
  • 径書房
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感想 : 8
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  • Amazon.co.jp ・本 (222ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784770502100

作品紹介・あらすじ

ダライ・ラマのお膝元、インド・ダラムサラにあるメンツィカン(チベット医学大学)に、チベット文化圏以外から、外国人として初めて入学した著者が、神秘のチベット医学の真実に迫る! 泣ける、笑える、チベット医学奮闘記。
神秘の脈診、一年で一度だけ、満月の光を取り込んだ薬・月晶丸、全チベット人の祈りがこめられた高貴薬。
神秘のチベット伝統医学を学びにいった著者が出会ったものは……。

感想・レビュー・書評

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  • 外国人で初めてアムチ(チベット医)になった人です。先日、十数年ぶりにお会いできました。チベット亡命政府のあるダラムサラ(インド)のメンツィカン(チベット医学学校)に、外国人として初めて入学し、過酷で困難な状況の中、勉学に勤しみました。彼は凄い人なのですが、読んでみると、我々と同じように社会への疑問や心の浮き沈みがあり、何かに導かれるようにして、晴れてアムチとなったのだと思います。本書はそんなメンツィカンでの苦悩の様子も綴られ、我々に何かヒントを与えてくれる内容です。そして日本社会とチベット社会の違いから学ぶことも多くあります。最後に、四面楚歌なんて心の問題ですが、そういうのを経ないと順風満帆には至らないんだろうな...そう思います。何気に秀でた人生読本でもあり、かなりオススメです。

  • 著者のバイタリティがすごい!なんかすごく勇気づけられた。チベット医の奥深さというか、医療は癒療という根本がいまなお受け継がれ、でも近代医療との融合が始まったばかりの葛藤とか。リアルで、科学的なことを否定してしまう頑迷さも、ある意味誠実な姿だと思います。
    受け継がれるべくその精神性が、政情によって消し去られてしまわないことを祈ります。

  • 薬学部出身の著者がめぐり合ったチベット医学、インド・ダラムサラのメンツイカン(チベット医学暦法研究所)での長い留学生活。
    とにかく8万字の四時間に及ぶ「四部医典」暗誦試験が待っている。膨大な暗誦をマスターしなければならないすさまじい体験。
    そして薬草採集に向かう自然の大きなふところと、敬虔な仏教への帰依がもたらす狂人的とも思えるチベット民族の人間存在の力に圧倒される。ひ弱な日本人の精神にカツが入る。文章が、というよりご本人の性格が原日本人的、元気印なので楽しく読めた。

  • 日本でたったひとりで、チベット史上初の外国人チベット医となった著者。その道は平坦ではなく、チベットという特殊な土地で様々な苦悩や軋轢を経ながら、医師としての歩んでいく。チベット医療というほぼ未知の領域を窺い知れることのできる。チベット仏教文化と風土に根ざした地域医療がそこにはある。ただダライ・ラマ法王は海外の医療技術も取り入れていくべきだとの考えも示しており、その動きもあるが、なかなか推移していかない問題もある。こういう医療もあるのかと非常に感心した。

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著者プロフィール

薬剤師。富山県出身。1970年生まれ。東北大学薬学部卒。卒業論文のテーマは「キラルな複素環化合物の合成研究」。
高校職員、山村留学指導員、薬草茶製造会社、薬店、農場など職を転々とする。
1999年1月よりインド・ダラムサラにてチベット語・医学の勉強に取り組む。
2001年5月、チベット圏以外の外国人として初めてメンツィカン(チベット医学暦法学研究所)の入学試験に合格する。2007年11月学業修了。
2009年3月、1年間のインターンを修了し正式なチベット医・アムチとして認められる。帰国後、「越中富山の配置薬・アムチ薬房」を薬草が豊かな長野県小諸市に開設。チベット医学とともに日本古来の伝統医療の紹介、普及に務めている。

「2011年 『僕は日本でたったひとりのチベット医になった ヒマラヤの薬草が教えてくれたこと』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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