完全な人間を目指さなくてもよい理由-遺伝子操作とエンハンスメントの倫理-

  • ナカニシヤ出版
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  • Amazon.co.jp ・本 (184ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784779504761

作品紹介・あらすじ

サンデル教授の「白熱」生命倫理学教室。遺伝子操作やスマートドラッグやドーピングは悪か?何処までなら許されるのか?人間の身体増強への欲望は「正義」か。

感想・レビュー・書評

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  • 「ハーバード白熱教室」で有名になったマイケル・サンデルの生命倫理に関する著作。

    遺伝子操作については、極めて深遠な議論がつきまとう。

    ・親は子供の一生にどこまで責任を負うべきなのか。

    ・遺伝的な優位性を遺伝子操作によって行うことは許されないのならば、公平性の基準をどこに求めれば良いのか。生まれつき身体能力の優れている子供とそうでない子供は、不公平なのか?

    こういった議論を積み重ねていくと、遺伝子操作の問題には「公平」「自由」「責任」といった社会の基本的価値観が複雑に絡み合っていることに否応なしに気づかされる。

    遺伝子操作について否定的な論者は、こう言うだろう。
    「遺伝子操作は人間の行為主体性を損なう」
    つまり、人は努力するからこそ尊いのであり、遺伝子操作で高い能力を身に付けたからとて、それに何の価値があるのだ・・と。

    確かに、それはもっともな話だ。いくら遺伝子操作をして人間の足を速くしたところで、馬に勝てるはずもない。純粋な「速さ」を追求するために遺伝子操作を行うのは馬鹿げた行為だ。つまるところ、「速く走りたい」「頭を良くしたい」という意図は、社会的な地位・名声・金銭等を獲得するための手段としてされるのであり、それらの我欲的な側面が否定されるのだ。
    (ただし、肉体的欠損もしくは病気治療のための遺伝子治療と、上記の例とは明白に一線を画する)


    しかし、サンデルはこういった論調に素直に同調しない。

    サンデルは遺伝子治療に否定的であるが、その理由は、「遺伝子治療が、努力が無駄にされるといった、人間の行為主体性を損なう」からではない。

    むしろ、サンデルは逆の立場から遺伝子治療に反対する。

    なぜなら、遺伝子治療は、人間を含めた自然を創りなおし、われわれの用途に役に立つよう改造するといった欲望を駆り立てるからだ。

    それをサンデルは「支配への衝動」と呼んでいる。つまりは、箱庭を創ってしまう感覚なのだろう。

    そして、サンデルは言う。そこには、「生の被贈与性が失われている」と。人は人ならぬものによりこの世に偶然に生を受けている、先天的な能力もまた同じだ。これが「被贈与性」である。

    この被贈与性が損なわれるとはいかなることか。本文をそのまま引用すると、

    「(遺伝子治療などに代表されるエンハンスメントによって引き起こされる)
     より大きな危機にさらされているのは、以下の二種類の事柄である。
     ひとつは、重要な社会実践の中に体現されている、人間らしい善の命運にかんする事柄である―そこで危機に曝されているのは、子育ての場面であれば、無条件の愛や真似兼ねざるものへの寛大さといった規範であり、スポーツや芸術の場面では、生来の才能や天賦の才に対する祝福であり、さらには特権にさいしての謙虚さ、幸運から収穫された果実を諸々の社会連帯の制度を通じて分け合おうとする意志などである。
     もうひとつは、われわれが住まう世界へと向けられたわれわれの態度や、われわれが渇望する自由の種類にかんする事柄である。
     競争社会で成功を収めるために子どもや自分自身を生物工学によって操作することも自由の行使ではないか、と考えたくなるのも無理はない。 (中略) われわれがなすべきことは、新たに獲得された遺伝学の力を用いて『曲がった人間性の材木』をまっすぐにすることではなく、贈られたものや不完全な存在者としての人間の限界に対してよりいっそう包容力のある社会体制・政治体制を創りだせるよう、最大限に努力することなのである」
    (p101-102)

  • 背ラベル:490.15-サ

  • 遺伝子操作やスマートドラッグ、ドーピングは悪か? 人間の身体増強への欲望は正義か? 政治哲学者・サンデル教授が、遺伝子増強の倫理に関する問題について熱く語る。【「TRC MARC」の商品解説】

    関西外大図書館OPACのURLはこちら↓
    https://opac1.kansaigaidai.ac.jp/iwjs0015opc/BB40135436

  • <シラバス掲載参考図書一覧は、図書館HPから確認できます>https://libipu.iwate-pu.ac.jp/drupal/ja/node/190

  • 「ハーバード白熱講義」で注目されたマイケル・サンデルによる「エンハンスメント」問題に対する考察。エンハンスメントとは健康の維持や回復に必要とされる以上に人間の機能を向上させることを目指した試みのこと。ドーピングもそうだが、予備校教育まで含まれる。治療目的を超えての医学技術の行使は許されるのかといった生命倫理学上の問題を検討した本。

  • 自己決定権とは何か。嬰児や胎児にそれはあるのか?胚にはあるのか?
    どんぐりと樫の木は同じものだが違うという表現が心に残る。
    倫理的な側面と政治的・感情的な側面を分けて考えるべきか、それとも感情を踏まえて考えるべきか。

  • 良い本でした。かなり薄いから新品は割高に感じるかも。

  • 遺伝子エンハンスメントに関する生命倫理の本。驚きの事実が満載だった。(例えば、クローン技術は何年も前からビジネスに使われていて、飼い犬のクローンを作る費用より、猫のクローンを作る費用の方が圧倒的に高額。詳しくは本書で。)

    また生命倫理の諸問題について、それぞれ異なる立場の考えも紹介されている。問題の解がスイッチのように切り替わるので、便乗していると、次の瞬間には破壊される。そのため考えさせられる内容となっている。彼の主張は一体なんなのかと思うが、背後には彼のメッセージが滲んでいる。実力も運のうち。

  • 題名に惹かれて購入。向上心を持たなくてよいよ、ということではなくて。努力しなくてよいよ、ということでもないし。無理しなくてよいよ、ということでもない。そういう理由でこの本で僕は楽にはならなかった。そんな理由で本を読むなと僕は僕に言いたい。副題が目に入ってなかった。

  • ●スポーツから見世物への格下げは、遺伝子操作の時代に特有の事柄ではない。だがそれは遺伝学その他の手段を用いるパフォーマンス向上技術が、自然な才能や天賦の才能の祝福であるはずのスポーツや芸術のパフォーマンスの1部をどのように蝕んでしまうのかを、例示しているのである。

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