「心の理論」テストはほんとうは何を測っているのかー子どもが行動シナリオに気づくとき

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  • 新曜社
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  • Amazon.co.jp ・本 (232ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784788515970

作品紹介・あらすじ

心は集団の中でどのように発達するか?
 「サリーとアン課題」などで知られる「心の理論」テストは、他者の心を読む能力を測るもの、と考えられています。しかし、そもそもテスト場面の意味を理解するには、どんな経験と、それに基づく能力が必要なのでしょうか? 本書はまず、テストが実施される現場に立ち戻り、園児たちの具体的な反応を丁寧に分析します。さらに、この時期の子どもたちの生活を支配する集団の視点を取り入れた新テストを開発し、なぜ四歳頃を境にパスできるようになるのか、なぜ自閉症児はパスできないのか、といった謎にも、まるでパズルを解くように迫っていきます。「心の理論」研究に新たな視座を提示する刺激的な書。

感想・レビュー・書評

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  • 途中まで完全に星5ペースで読み進めていた。人の「心」はどのように成長するのか。つかみどころのないこの問題を解明するために、数々のテストと分析手法が巧妙に設計されている。心にメスを入れるかのようなこれら取り組みには、見えないものを見えるようにするかっこよさを感じる。

    しかし後半腑に落ちない点が出てきて、その中に一点全くもって受け入れられない論考があり、猛烈に批判しておきたい。ちなみに、それは本書の核とはほとんど関係ないので、これは単なる愚痴でもあるが、耳を傾ける価値はあると思う。

    問題は、「動物には複雑な心がない」と根拠なく断言している8章である。
    根拠を示せるはずもないだろう。「心がない」ことを示すには生半可なテストでは足りないからだ。一方「心があると思われる」ことを示すのは簡単だ。「心があると思われる」行動を記録すればいいので。実際、「心があると思われる」行動の記録を集めれば、この本よりもはるかに分厚い本ができ上がるだろう。インターネットで視聴できる動物ドキュメンタリー番組を10本も見れば、「動物に心がない」とは口が裂けても言えなくなると思う。中でも、大型類人猿、イルカ、カラス、ゾウにいたっては、第二次心の理論とよばれるものも余裕で備えているとわたしは信じている。

    「狩りを終えたトラが群れに戻ってからその日の狩りについて振り返り反省するということはない。」

    といった内容が書かれているが、トラは群れで行動しないことは置いとくとして、もしトラが反省しないとするならば、なぜ狩りのスキルが上達していくのだろう?トラに限らず狩りをする動物の多くは、若いうちは狩りが実に下手である。何度も失敗を繰り返してうまくなるわけだ。この学習のプロセスが人間のそれと本質的に異なると考えるまっとうな理由があるだろうか?
    また、トラなどネコ科動物には、獲物を手負い状態にしたまま持ち帰り、子どもの前に放して狩りの練習を促すものがいることが知られている。「原始的な教育」ともとらえられる行動だ。このような複雑な行動が「心」なしに成立すると考える方が不自然だろう。

    本書の論点のひとつに、「心の理論」と一口に言っても、その形成にいたる段階があることを示すというテーマがあったはずだ。誤信念課題をクリアしない子どもは心の理論を持たないと切り捨てる二元論ではなく、そこに向かう過程があるはずだという、一種の優しさ、(子どもの心への)歩み寄りから起こったテーマではないのだろうか?その歩み寄り自体が超高度な心の理論だとも言える。
    その歩み寄りをぜひ「動物」にも向けるべきだと思う。なぜなら、動物は「言葉が通じないが心はある」と思われる際たる存在だからだ。外国人やマイノリティの心を思いやる延長上に動物がいるはずである。
    心の理論のエバンジェリストはこの点に盲目になってはいけないと思う。


  • 「心理尺度の意味は現場にしかない」。これはここ最近私が考えていることです。しかし,これだけではうまく伝わらず,このことを伝えるにはどうしたらいいのかということを考えていました。
    
    本書はまさに「心理尺度の意味は現場にしかない」ことを表す実例であり,心理尺度だけで捉えた「心」の無意味さを表しています。
    (ちなみに,心理尺度とは「心」を数値化する道具です。たとえば,「あなたは〇〇に満足していますか?」という満足度の調査も一種の心理尺度です。)
    
    「心の理論」テストにパスするという結果の解釈は回答者の背景の理解なくしては成し得ないこと,「心の理論」テストを解釈するにはテストが実施されている現場と向き合わなければならないこと,これらのことをわかりやすく伝えてくれます。
    
    まとめますと,本書の特徴は2点。
    
    ・心理尺度を現場に位置づける視点を提供してくれること
    ・「心」が個人だけのものではないことを伝えていること
    
    ただし,1点だけ個人的に納得いかない点も。それは,「心の理論」を理解する手がかりとして挙げた「スクリプト」を個人の中に還してしまったことです。
    
    せっかく「心」は個人だけのものではなく周囲の人間関係や土地的な特徴を反映していることを明瞭に示したにも関わらず,「スクリプト」を個人の中に還元してしまっては結局「心」は個人のものになってしまいます。
    
    「スクリプト」はあくまで説明概念として用いていることをはっきりさせた方が良かったのではないかと思います。
    
    いずれにせよ「心理尺度の現場化」(元々心理尺度は現場に根付いていたはずなのですが…)の実例としては稀有な書籍の一つだと思います。

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著者プロフィール

福井大学名誉教授

「2023年 『「英語脳」 vs.「日本語脳」』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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