賃労働の系譜学: フォーディズムからデジタル封建制へ

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  • 青土社
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  • Amazon.co.jp ・本 (333ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784791773947

作品紹介・あらすじ

能力至上主義社会に抗して。
「ブラック企業」「過労死」「労働の質の劣化」。なぜ労働環境は改善されないのか。その系譜と構造を明らかにし、労働の視点から現代資本主義社会とその行く末を読み解く。人々の生存と尊厳を守り自由を獲得するためには何が必要なのか、不本意な労働に立ち向かうための社会学。

感想・レビュー・書評

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  • 賃労働の系譜学

    ブラック企業に関する分析にあたり、賃労働に内在する本質を捉えようと試みている書。現在のブラック企業の問題を考えるうえで、マルクスの物象化の概念を再度説明している。ブラック企業や過労死、パワハラと言う問題を考えるにあたり、これらの行為が行われるのは、一重に資本の増殖において合理的であるからである。ブラック企業はマニュアル作業により誰でも仕事を行うことができる状態にしたうえで、従業員を徹底的に使い倒す。従業員を使い倒すにあたり、正常な判断力を持たせないためのパワハラを繰り返し、また、使い倒せない社員は早々退職させるために、こちらもパワハラを行う。そうした結果、過労死に繋がる長時間労働という現象が発生する。このような行動は、短期的に利益を上げるためには効率的である。マニュアル作業なので育成コストがかからないという状況では、とにかく従業員を使い倒し、潰れたら次の人員を補充するというやり方の方が、効率よく利益を上げられることができるからだ。しかし、社会的に見て、このような行動選択は双方にとって異常である。なぜ、このような事態が発生するかと言えば、本来の人間と人間との関係性が、物(≒貨幣)による関係性に取って代わられてしまうからである。ブラック企業のマネージャーは従業員を物としか思っていないのであるが、資本の増殖を徹底する場合、このような選択肢しか取れないのである。このように、パワハラマネージャーの人間性のみに焦点を当てるのではなく、そのような状況になってしまう環境や構造に目を向けるのが、物象化論である。無論、物象化に対してあらがえないのは、エルサレムのアイヒマンのような凡庸さと無思想性と倫理観の欠如という観点で、本人にも起因するところがあるが、そもそも論として、資本主義というシステムを使用する以上、発生しうる問題なのである。このような物象化に対して、人間的な活動を取り戻すためにストライキや労働運動がある。これらの異常な労働を回避するために政府は労働法を用意しているが、これらが形骸化されているケースが多い。その上、労働法の成立の過程には、絶えず人間的な活動を取り戻すことを主張する労働運動の存在があり、労働法は事後的に成立しているものである。だからこそ、もし何か人間性を失うような事態に追い込まれた場合に、労働法に違反していないのだからと泣き寝入りするのではなく積極的に主張しなければならない。声を上げ続けた先に、後追いで規制ができることの方が多いからである。実際問題、パワハラに関する規制法も、立て続けに発生するパワハラ問題に対して声を上げ続けた人がいるから成立するようになったものである。人間性を失うような物象化の事態に遭遇したら、まずは、声をあげ、ストライキなどの運動を起こすことが、重要であると本書では主張される。根本的に、労働法は立場の弱い労働者の自由を規制によって守るという2段階の発想により成り立っている。自由が声高に叫ばれる中で、自由が第一原則の世の中では、所与の立場の強弱によって物事が決まってしまう。そうした状況を防ぐためにアファーマティブアクションのような形で規制が存在している。
    上記の、「まず声を」という発想は、企業内労働組合とは一線を画する。企業内労働組合は、絶えず経営の観点を持つことを求められる。彼らの主張する生産性の向上→利益のアップ→正当な利益の分配としての賃上げというロジックは、極めて正当性の高いものであると思われるが、このロジック自体も物象化を免れていない。なぜなら、根本的な主張が利益に集約されているからである。個人的には、会社という事業体である以上、この概念は当たり前のように感じるし、外資系企業ではもっとわかりやすく利益を基準にして物事が決定していく。しかしながら、過労死を招いているのは、物象化による人間性の喪失であるから、利益という次元ではなく、人間性の次元で話をしなければならないといのが本書の考え方である。さらに、過労死やパワハラ、長時間労働によるメンタルヘルス不調が起きると、その分社会保障にかかる費用が増大するわけで、その負担をするのは、納税者である国民と法人であるが、法人が引き起こした不経済を他の一般納税者に転嫁してよいのかというロジックもある。

  • 20世紀初頭から、資本家は労働の分業化を進めて技術を労働者から引き離すことができるようになった。製造業に見られるベルトコンベア方式である。これは労働者にとっては単調で過酷だが、賃金の上昇と年金の支払いが保障されていた。いわゆるフォーディズムである。
    70年代あたりになると資本の蓄積が行き詰まるようになり、企業は賃金の上昇や年金の支払いが保証できなくなってきた。非正規雇用を増やすことで利潤のかさを増やす新自由主義である。
    本書では新自由主義からの移行先として、3つの選択肢を挙げる。1つは、フォーディズムへの回帰である。政府が公共事業を通して雇用を創出するとともに政策的に最低賃金を引き上げることで企業を淘汰し、生産性の競争を高めるという方向性だ。筆者はこの回帰に否定的である。結局フォーディズムは資本主義内で経済成長を目指す路線に変わりはなく、それはグローバルサウスに負荷をかけることが必要条件になる。したがって、倫理的に目指すべきものではないとする。
    2つ目に、テクノ封建制への移行を挙げる。テクノ封建制の特徴は、富のパイが増えないまま、収奪と移転が進むことだ。企業は人々の行動をデータとして蓄積し、分析することで生産を行う。筆者はこちらの以降にも否定的。日本を意識して、そもそも人への投資が進まない限り、デジタルへの投資も進まないと見ている。
    3つ目に挙げるのがコモンの再生である。労働者の技術は労働者が管理する。本来市場で扱う必要のないものは、地域で管理する。筆者はこの方向性を指示する。
    コモンを再生するためには、自発的な労働運動が欠かせない。そもそも日本の労働社会の特徴は、労働運動が弱いために労働者の権利が十分に護られていないことにある。そのことをふまえれば、コモン再生への道は厳しいものになるかもしれない。

  • 著者が関わってきた労働運動を軸にして,資本主義の問題点,日本の労働の問題点,日本の労働組合の問題点を明かにして,今後の方向性を示す本。

     年功賃金ではない周辺的正社員と家計自立型非正規労働者からなる一般労働者階層が形成され,そうした階層による新しい労働運動が成果を収めている事例は勉強になった。一般労働者階層の量的な把握,日本の労働運動全体からみた新しい労働運動の割合の把握はできないものか。そのあたりが気になった。

  • 2022/07/24 09:48
    労働組合復興を唱えているだけかと思っていたら、最後はなかなか興味深い話に繋がっていて、この続編(があるのなら、だけど)を早く出してほしいなと思った。過去にどういうことがあった団体なのかはよくわからないが、そういうものを踏まえて、これからを見据えているという意味では、あとは実行力だけど、なかなかいい点ついてるなと思った。

  • 東2法経図・6F開架:366.02A/Ko75c//K

  • 日本型資本主義と労働の現在地
    「ブラック企業」はなぜなくならないのか?:
    継続する日本の労働問題
    なぜ、ブラック企業がなくならないのか―賃労働の系譜
    日本型資本主義社会と「ブラック企業」:
    資本主義と「ブラック企業」
    日本社会と「ブラック企業」
    日本の「自発性」はアトム化と従属の現れ
    「ブラック企業」が資本主義社会を救う? オルタナティブとしての「ブラック企業」:
    資本主義の行き詰まりとサービス産業化の進展
    資本主義社会の救世主としての「ブラック企業」
    「ブラック企業」の震源地

    第Ⅱ部 何が労働者を守るのか
    労働における「コンプライアンス」をどう考えるか? 〈労働社会〉の規範を作り出す労働運動:
    労働におけるコンプライアンス
    コンプライアンスの揺らぎ
    権利を生成する労働運動の必要性
    今日のストライキ、その特徴とは何か? 新しい連帯と権利の創造:
    ストライキの「原理」と諸類型
    現代日本のストライキの特徴
    なぜ、ストライキが有効なのか

    何が社会を変えるのか
    「ブラック企業」の源流 ネットスラングから社会問題へ:
    「ブラック企業」現象を振り返る
    「ブラック企業」はなぜネットから始まったのか?
    「ブラック企業」の特徴

    共通する「ブラックバイト」の労働問題
    伝播する「ブラック企業」 言説・社会運動から、定義・社会政策へ:
    社会問題としての「ブラック企業」問題――「定義」をめぐって
    「言説」と社会運動
    ブラック企業対策プロジェクトの試み――「言説」と連帯
    政策への影響
    「ブラックバイト」問題への「伝播」
    新しい労働運動が社会を守り、社会を変える:
    変化する労働運動の「対抗軸」
    新しい労働運動の特徴
    今、どのような労働運動が必要か?――広がり続ける「新しい労働運動」

    ポスト・キャピタリズムと労働の未来
    日本の資本主義と「アフター・コロナ」 生存権と賃労働規律から読み解く:
    労働・福祉相談から見えること
    コロナ禍における日本の統治
    「危機」の比較と主体性
    ポストキャピタリズムと労働組合運動 AI、シェアリング・エコノミーは労働組合運動にどのような変化を迫るのか:
    ポストキャピタリズムと労働組合運動
    労働組合運動のフォーディズム的編成
    アルゴリズム、シェアリング・エコノミー・アントレプレナーシップ
    労働者の相互敵対と賃労働規律
    労働と資本主義の未来を考える:
    分岐する資本主義と労働の未来、「デジタル/テクノ封建制」の登場
    労働社会の「対立軸」の展望

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著者プロフィール

POSSE代表

「2021年 『POSSE vol.49』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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