- Amazon.co.jp ・本 (469ページ)
- / ISBN・EAN: 9784794809551
作品紹介・あらすじ
ローマ最盛期の詩人ウェルギリウス(前70~前19)が晩年の10年間に取り組んだ『アエネーイス』は、ギリシアの『イーリアス』『オデュッセイア』に比すべきラテン語最高の叙事詩として、すでに刊行前から上々の評判を得ていた。主人公のアエネーアースには時の権力者アウグストゥスの面影があるといわれ、作者の死によって未完に終わったこの作品は、アウグストゥスの強い意向を受けて出版された。
だが刊行されるやただちにベストセラーになった『アエネーイス』が、はるか後世のルネサンス期を超え、今日まで長く愛好された事実は、単に一権力者の強い推薦を受けたからというだけでは説明しきれない。むしろそれはひとえにこの作品が、歴史の転回点に立つ人間の諸問題を的確に捉え、つねに新しい読者を獲得する「読み物」としての魅力を、豊富に持っているからこそであった。たとえばアエネーアースはトローヤからイタリアまでの長い遍歴の途中、カルターゴーの女王ディードーとの悲劇的な出会いを経験するのだが、詩人が主人公を、魔女や妖怪などではなく、このような感性豊かな女性に巡り会わせた瞬間に、ひとりの個人の心に焦点をあてた新しい文学の地平が開かれたと言ってよい。作品は、「ローマ建国」を語るという叙事詩の大枠は守りつつ、戦争など人間集団が引き起こす厄災や、社会の課す重圧の下で苦しむ人々の姿を赤裸々に描いて、詩人の領分を大きく広げたのだ。
『アエネーイス』が長く読まれた西欧では、それは『聖書』を補完しつつ相対化させる、精神文化の重要な源流の一つであった。そこに溢れるローマ的心情、その言葉に反映するローマ的美、読むたびに生き生きと蘇る物語の世界は、これからも読者を魅了し続けるに違いない。
しかし日本では、『アエネーイス』は、「ホメーロスの模倣」であるという一時一部に行われた説の影響を受けて、タイトルの知名度に比して、作品自体の独特で無比の味わいは、今もあまり知られていないのが現状ではあるまいか。本訳はこの「誤解」を解き、『アエネーイス』をわれわれの古典とすべく、現代人が心から堪能できるような訳を試みた。(すぎもと・まさとし)
感想・レビュー・書評
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ホメロスの叙事詩リスペクトが節々に感じられる。前半はオデュッセイア、後半はイリアスというような感じ。ただその2作品より読むのに難儀した。というのも、話が横道に逸れまくるから。新キャラが登場するとその出自やまつわる神話を紹介してくるので、本筋の話がなかなか進まない。特に前半はそんな感じ。
後半の戦争編はいくらかテンポも良くなって読みやすかった。船団の紹介、アエネーイスの武具紹介、最初は戦闘に参加していない等々の演出は、もろイリアスのオマージュと思われる。
あとは時々日本語訳が気になった。というのも、神に祈る際に「南無〇〇大明神」みたいな表現が頻出するが、なぜわざわざ仏教や神道の言葉を用いるのか。。無理に日本人の宗教観に寄せた訳をしなくても良いのではないかと思う。「〜でござる」のようは口調によるキャラ付けも少々お節介に感じた。
とはいえ、古代ローマ建国前の伝説を読めたというのは楽しく価値のある時間だった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
『アエネーイス』はトローヤ(トロイ)滅亡の敗将アエネーアースを主人公として、物語前半は冒険譚、後半は戦争が描かれています。
本書は1冊全12巻構成で、特色があるのは巻2のトローヤ落城、巻4のディードーの死、巻6の冥界巡礼でしょう。
後半はラティウム(中部イタリア地方)の覇権をめぐって、アエネーアースとトゥルヌスの対立を軸とした、軍記物語となります。
個人的に印象に残ったのは、巻11のトローヤ戦争の勝利国ダナイー(ギリシャ)勢の武将ディオメーデースの台詞です。
(『アエネーイス』P.331~P.332)
彼は勝者にとっての戦争の悲惨さについて、切々と語りました。
「ただ、われらはその[トローヤ戦争勝利]後、どこへ行っても、恐ろしい苦難に悩まされました。われらは全員、悪業の報いを受けたのでござる。
プリアモス王[トローヤ王。王国滅亡の際、惨殺される。]でさえわれら一同の物語には憐れみを覚えることでござろう。」
(同 P.331 [ ]は評者による捕捉。)
「わしにしてもな、神々の恨みは痛いほど味わった。神々は、(中略)恋い焦がれし妻と、麗しきカリュドーンの町とに再会することを、お許しにはならなかったのじゃ。」
(同 P.332)
「わしは今も恐ろしい奇怪な出来事に悩む身なのでござる。それはな、わしの戦友たちが皆、わしの周りから消えてしまい、翼を振って大空へ舞い上がったことでござる。(中略)なんとも哀れな者どもではござらぬか。彼らは、涙を流しつつ、岩場で啼き暮らす身なのでござる。」
(同 P.332)
「わしは後の祟りを、よくよく考えるべきであった。
そんなわけで、(中略)不吉な戦争など、わしはもう懲り懲りなのでござる。」
(同 P.332)
著者ウェルギリウス亡き後の、軍事大国ローマの宿業および皇帝たちの運命をどこか暗示している様にも思えるのです。