紀行・アラン島のセーター

著者 :
  • 晶文社
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  • Amazon.co.jp ・本 (182ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784794961495

感想・レビュー・書評

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  • アランセーターに興味を持った著者は、その伝説のルーツを求めアラン島へと旅立つ。「1000年を超える、漁夫が遭難した時見分けるためのセーター模様」という伝説、しかし島で聞きこみをすると、意外な事実が分かった。島ではかなりな割合で皆編み物を愉しんでいた。男性も「網を編んでるから、セーターも得意だよ」という。

    アラン島のセーター 昔TVのCMで、アラン島では厳しい漁師の生活、遭難した自分の夫を見分けるために、アランセーターの模様で見分けた、というのがあったように思う。著者は1950年生まれ。1978年渡英。友人たちからのみやげには「スコッチハウス」でアランセーターを買った。1980年の秋、初めてアランセーターを編み伝説に接した。そして10年、アランセーターの伝説の旅へ旅立ったとあるので今回の旅行は1990年のようだ。

    ダブリンではショーウィンドウに「ラルフローレン」のアランセーターが並び、アラン島への起点、大西洋側のゴールウェイの毛糸店では近辺の主婦の編んだアランセーターが並び、しかも店内はすごい匂いだったとある。

    さて、アラン島へと向かう。3つの大中小の島からなり、イニシュモア島(大)、イニシュマン島(中)、イニシュエア島(小)が北から連なる。島へはゴールウェーから飛行機かフェリーで行く。飛行機は3島経由だが、この島と島をつなぐ定期的な海上交通手段はなかった。パンフレットにはゴールウェイもアラン島も「ゲールタハト」と色分けされ、アイルランド(ゲール)語を話す地域となっていた。

    アラン模様の起源は? 著者が探りだしたところによると、ハインツ・エドガー・キーヴァ(1906-1986)というナチスを逃れイギリスに渡ったドイツのユダヤ人実業家がロンドンで高級衣料品店を開いていて、1936年、ダブリンで白い「バイブリカル・ホワイト」のアランセーターに出会い買い求めていた。さらに1937年、彼は「アラン」(1934作)というアラン島を描いた記録映画を見て、「バイブリカル・ホワイト」のアランセーターを世に出そうと決心した。そして手芸材料会社を興し、アランセーターの複製と研究を行った。

    彼は6世紀頃アラン島で修業していた修道士によって生み出されたとした。「ケルズの書」(9世紀)には乳白色のセーターをまとう修道士の姿がり、ケルト文様とアラン模様を重ねた。だが戦時下でもありアラン島へ行くことはせず、そのウィスカリー型の毛糸がイギリス・ヘブリティーズ諸島にもあることを発見し、そこの「ハリス・ツイード紡績」の糸で、大戦後、世に出した。キーヴァ氏は「神聖なるニットの歴史」(1967)も出している。

    そしてロンドンのファッション・ジャーナリスト、メアリー・トーマスが「メアリー・トーマスのニットパターン集」(1943)で紹介。さらにイギリス・ヨークシャーのニット研究家グラディス・トンプソンは1950年代にアラン島を訪れ「ガンジーとジャージーのパターン集」(1955)を出す。さらにそれは「ガンジーとジャージおよびアランのパターン集」(1971)と改訂される。

    「手編みの歴史」(1987)リチャード・ラット著(英国国教会司教で手編み愛好家)があり、そこに登場するメアリー・ディレンソンというおばあさんに、1984年夏、イギリスのニット・デザイナー、ロアナ・ダーリントンが聞き取りすると、メアリーの母マーガレットは友人のマギーと1906年アメリカに渡りボストンに住みつく。そこで「ケーブル」「モス」「トレリス」の編み方を教わる。2年後母たちはイニシュモアに戻り、その時その新しい編み方の技法を持ち帰る。そして島の女たちに伝わる。同時期イニシュモアにはガーンジーセーターが海を渡り根付いていた。
     ラット師は、著書の中でダーリントン氏のレポートを引用し、マーガレット達の持ち帰った模様とガンジー編みの技法が混ざりアラン編みの原型が造られたとする。したがってアラン編みの原型は20世紀になってからと断言。さらにマーガレット達にアメリカで編み方を伝授したのは、中央ヨーロッパ、パヴァリア地方(ドイツ)出身の女性の可能性が高いと示唆。

    では1908年以前の島の編み物は? メアリー・ディレンソンさんが幼い頃に見て覚えているのはメリヤス編みの靴下とかぎ針編みのショールくらいのものだという。

    著者はそのメアリー・ディレンソンさん本人に会う。確かにメアリの生まれる4年前の1908年に母はアラン編みの技法を持ってこの島に帰ってきた、と彼女は言う。

    しかし著者の宿の主、メアリーおばあちゃんは、「ゴルウェイ湾の南部、本土のクレア州の人からこの島の娘が「ケーブル」や「ダイヤモンド」「トレリス」などの模様を教わったのがアラン編みの始まりだ」と言う。

    さらに著者はその教わった娘の孫ケーティ・ギルに会う。彼女は1925生まれの65歳、祖母ノラは1847生まれというがケーティが2歳の時に80歳で亡くなった。そして確かに祖母ノラはクレア州の女性から「ダイヤモンド」など基本模様を教わったと聞いている、と言う。そしてそれ以前には編み地はもっと平坦なものだったと聞いており、模様が家紋のような意味を持っていた、というのは無いだろう、と言う。

    96pに著者のまとめた経過があった・・
    1847年以降 ノラ・ギル、クレア州の女性から模様編みを教わる。 以前からかぎ針編みのストールやメリヤス編みの靴下は編まれていた。ガンジーセーターの普及。
    1908年 マーガレット・ディレンソン、アメリカから模様編みの技法を持って帰島。
    1932,3年 映画「アラン」が撮影される。アランセーターは一度も画面に登場せず。
    1936年 ハインツ・エドガー、ダブリンではじめてアラン島産の乳白色のセーターを見つける。
    1937年 映画「アラン」を観たキーヴァ、乳白色の糸で編んだアランセーターを世に出そうと決心する。
    1938年 メアリー・トーマス著「メアリー・トーマスのニット・パターン集」にキーヴァ発見のセーターが写真入りで紹介される。
     キーヴァ・アランセーターを複製、普及に努める
    1955年 グラディス・トンプソン著「ガンジーとジャージーのパターン集」でアランセーターを編み方とともに紹介。
     ※編み物ブーム到来
    1967年 ハインツ・エドガー・キーヴァ著「神聖なるニットの歴史」を自費出版
    1969年 グラディス・トンプソン著「ガンジーとジャージーおパターン集」内容を充実して改訂版。
    1971年 グラディス・トンプソンの著書が「ガンジー、ジャージーおよびアランのパターン集」と改題されアメリカの出版社から発行。
     ・・日本でも1968、9年頃になると雑誌で「アランセーター」の特集をみかけるようになる。著者はアメリカ経由では?とみる。

    記録映画「アラン」(マン・オブ・アラン)1934作 あますところなく当時のアラン島の様子を描いている。・・が主人公の家族は設定された家族で、当時ドキュメンタリーという概念が無いなか、画期的な作品だったようだ。

    1993.11.30発行 図書館

  • 図書館で借りた本。
    後ろの広告に載ってた群ようこさんの『毛糸に恋した』は幻冬舎で文庫化してるので、これも文庫化するといいなぁ。
    そしたら手元に欲しい。
    まぁサクッと言ってしまうと、アランセーターには1000年の歴史がとか家紋のように家ごとに模様がみたいな伝承は地元興しの為の商業プロパガンダと。
    実際はもっと歴史は浅いしガンジーセーター他色々な種が集まって、アラン諸島で芽吹いて今も成長し続けてると言ったところでしょうか。
    ロマンという味付けは何にでも使われがちだけど、実際の所はどうだったのかというのも記録する人がいないとあっという間に忘れ去られていくので、こういう視点の本も貴重だなって思います。

  • アランセーターといったら必ず触れられるのが、その編み目に関するロマンティックで悲しい逸話。
    ヨーロッパの西の果てアイルランドのさらに最果ての島、アラン諸島の民が、目の前に広がる大西洋の荒波とどう戦い、生き続けてきたか。

    その逸話に惹かれ、著者はアラン諸島に出かけます。
    おそらくは逸話の舞台を辿る、同じくロマンティックな道程になるはずだったのでしょう。
    …しかし問題は、この逸話について本気で検証した人が、実は今まで皆無だった、ということにありました。

    探っていくうちにこの伝説、意外な様相をあらわし始めるのです。

    ……著者・伊藤ユキ子さんは「編み物の専門家でもなければ研究家でも」ありませんが、この本はアランセータの本当の真実を発見する、貴重なフィールドワークとなっています。
    そして同時にこの本は、逆巻く大西洋の大海原を前にして雨まじりの風に吹かれ、見渡す限り石だらけの野を見つつ泥炭の燻ぶる炉辺のぬくもりにそっと寄り添って暮らす、アイルランド西部の島々の人々の吐息が、ふと聞こえるような良質の紀行文にもなっているのです。

    この本を読んだ後、私はアランセーターとアイルランドのことが、もっと好きになりました。

    (アマゾン投稿レビューに加筆)

  • アランセーターの、各家庭ごとに模様があって、セーターから身元が特定できる、などの言い伝えを確認しに旅に出るもの、そんなロマンチックなもんでもない、という事実を知る。
    ただ生活のために編んでいた、など、アイルランドの貧しさ、厳しさが、島の風景とともに語られている。
    もともとアイルランドは好きだけど、ますます好きになった。

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著者プロフィール

紀行作家

「2018年 『国宝 松江城 ~美しき天守~ 改訂版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

伊藤ユキ子の作品

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