- Amazon.co.jp ・本 (264ページ)
- / ISBN・EAN: 9784797673890
作品紹介・あらすじ
世界で最も困難な山、K2に日本人女性として初登頂した著者と、
今世紀最大の人道危機、シリア内戦に翻弄された沙漠の男。
平和な沙漠の民が内戦の大きな渦に巻き込まれていく様を
二人の目を通し、内側から描いたノンフィクション。
角幡唯介、ヤマザキマリ 絶賛!
角幡唯介
「小松さんが山を下りてから
どういう生き方をしているのか気になっていた。
混迷のシリアで人間の生の条件を見つづけた彼女の記録は、
とても貴重だ」
ヤマザキマリ
「登山で知った自然界の過酷を、
シリアの混乱と向き合うエネルギーに昇華させ、
全身全霊で地球を生きる女性の姿がここにある」
世界第2の高峰K2に日本人女性として初めて登頂した小松由佳。
標高8200メートルでビバークを余儀なくされた小松は、命からがら下山し、
自分が大きな時間の流れの中で生かされているにすぎないと知る。
シリア沙漠で出会った半遊牧民の男性、ラドワンと恋に落ち、やがて彼の大家族の一員として受け入れられる。
平和だったシリアにも「アラブの春」の波は訪れ、百頭のラクダと共に長閑に暮らしていた一家も、否応なく内戦に巻き込まれていく。
徴兵により政府軍兵士となったラドワンだが、同胞に銃は向けられないと軍を脱走し、難民となる。しかし安全を手にしたはずのヨルダンで、難民としての境遇に悩み、再び戦場であるシリアに自らの生きる意味を求めようとする。
小松とラドワンは、お互いの文化の壁に戸惑いながらも、明日の希望に向かって歩み続ける。
小松由佳(こまつ ゆか)
フォトグラファー。1982年、秋田県生まれ。高校時代から登山に魅せられ、内外の山に登る。2006年、世界第二位の高峰K2(8,611m/パキスタン)に、日本人女性として初めて登頂(女性としては世界で8人目)。植村直己冒険賞、秋田県民栄誉章を受賞。草原や沙漠など自然と共に生きる人間の暮らしに惹かれ、旅をするなかで、シリアで半遊牧民のラドワンと知り合い、結婚。2012年からシリア内戦・難民をテーマに撮影を続ける。著書に『オリーブの丘へ続くシリアの小道で ふるさとを失った難民たちの日々』(河出書房新社)がある。
感想・レビュー・書評
-
小松由佳(1982年~)氏は、秋田市生まれ、高校時代に競技登山に打ち込み、国体やインターハイに出場。東海大学山岳部では海外遠征も行い、卒業後の2006年に同大学山岳部による世界第2の高峰K2登山隊に参加し、登頂に成功する(女性としては、日本で初、世界で8人目)。植村直己冒険賞受賞。秋田県県民栄誉章受章。その後、アジア各地の人々の日常を撮影するフォトグラファーに転身し、取材地のシリアで知り合った男性と結婚。
本書は、2008年に、シリアのパルミラの近くの沙漠でアラブ人の青年(ラドワン)と出会ってから、シリア内戦に翻弄されながらも、2012年にラドワンと結婚し、日本で2児の母となって生活する現在(2020年)までを綴ったノンフィクションである。(冒頭10数ページにK2登頂についての記述があるが、あくまでも導入である)
私は、普段ノンフィクションを好んで読み、本書についても、出版当初に書店の平台で目にしていたものの、帯に書かれている「K2登頂、シリア内戦、沙漠の逃避行。生きて還ることが、奇跡だった。」というコメントに、何となくテーマがぼやけた印象を受けて、購入しなかったのだが、今般改めて手に取る機会があり、ページをめくり始めたところ、一気に読み終えてしまった。
上述の通り、冒頭にK2登頂のときの話が僅かに出てくるが、これは、「小松由佳=日本人女性初のK2登頂者」というイントロが必要という配慮だと思われ、本書の読みどころは、著者がシリアに定期的に通うようになってからの、ラドワン、ラドワンの家族であるアブデュルラティーフ一家の人々、ラドワンの友人達との濃密なやり取りと、その中に見えるシリア人(アラブ人ムスリム)の信条・文化・生活、そして、そのシリア人の日常を根本から崩壊させたシリア内戦に関する、詳細な記述である。
私はノンフィクションの中でも、特に国際的な紛争や内戦に関心があるため、それらを取材した、長倉洋海、山本美香、佐藤和孝、高橋真樹、橋本昇、安田純平、藤原亮司、川畑嘉文等、多数の(フォト)ジャーナリストの著書を読んできたが、当事者たちの状況を、内側から、かつ、ここまで多面的に描いたものは稀で、大変興味深く読むことができた。
そして、最も印象に残ったのは、内戦前には、ラドワンと共に沙漠でラクダを放牧し、甘いお茶を飲みながら談笑していた仲間達が、ひょんなきっかけと成り行きで、内戦勃発後は異なる立場・境遇に置かれるという、残酷な現実であった。
戦争は、人間の行為の中で最も愚かなものであることは間違いない。しかし、現実には容易に無くならないものでもある。(私は理想主義者なので、人間は戦争をなくすことができると信じているが。。。)
そうした世界で、我々は何を拠り所にして生きればいいのか。。。それはおそらく、著者が最後に語っていることなのだろう。「人間がただ淡々とそこに生きている。その姿こそが尊い。・・・私は歩き続ける。・・・まだ見ぬ、人間の土地へ。」
厳しい現実の中に自ら身を置き、それを率直に描きつつ、未来への希望も感じさせてくれる好著である。
(2024年3月了)詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
杉並図書館で読んだ。
-
シリアの内戦は2011年に始まり現在も続き、泥沼化している。
反政府勢力の戦死・犠牲者数は50万人、難民は400万人以上、国内避難民は760万人とも言われている。アサド大統領の政府勢力はロシアの支援を受けている。反政府勢力は、現在では欧米諸国に支持されていたが、一時はISやクルド人勢力が内戦に参加し、何がどのように戦っているのかも不明確な状態が続いていた時期もあったようである。また、最近ではサウジアラビアを含むアラブ連盟が12年ぶりにシリアの復帰を容認する等、外部の者にはにわかに何がどうなっているのかが分かりにくい状態が続いていると言える。いずれにせよ、シリア国民にとっては大災厄ということである。
筆者の小松由佳さんは、2008年夏に長い旅に出る。そしてその旅の途中で、内戦前のシリアに滞在、そこでアブドュルラティーフ一家と仲良くなる。また、その家族の一員であった、ラドワンという、シリア人男性と惹かれ合う。
本書は、内戦前後のアブドュルラティーフ家の姿を描くことにより、シリア内戦の実際を描くという軸と、小松さんとラドワンの男女、そして夫婦の物語を描くという軸の2つの軸で描かれている。
内戦の悲惨さや、それに翻弄されるアブドュルラティーフ家の姿も何とも言えず悲しいが、物語全体を通じて、ラドワンと人生を共にしようとする小松さんの強さに感銘を覚える。 -
人間の土地へ
#小松由佳
#集英社
#読了
シリアで起きていることが想像できた。内戦の中に生きる人々。人間は強いし弱い。兵士でさえさまざまな思い、境遇があるのだと思った。「祈りと感謝を持って生きる」が印象に残ったのは今の自分に足りていないからだろう。素晴らしい本でした。もっと学びたい。 -
世界第2位の高峰K2(標高8,611メートル)に日本人女性として初登頂、その後写真家となり、シリア人と結婚した小松さん。
夫やその家族との出会い、シリアでの暮らしやアラブ文化、価値観・習慣の違いなど描かれてている。もっとシリアやアラブの事を知りたくなった。
「当たり前の日常にこそ人の暮らしの本質があると気付かされた。」の言葉が特に印象に残った。
★余談ですが、この本が好きな人は「娘は戦場で生まれた」シリア内戦の最中、カメラを回し続けたシリア人女性のドキュメンタリー映画もご覧に下さい!
-
いま、シリアのところを読んでいるところ。
理不尽に怒ることはできるけれど、それでは何も解決しない。
そこで暮らしている人たちがいて、それぞれにしぶとく生きている。 -
砂漠といえば、同じ景色が果てしなく続き、どちらかというと「死」のイメージが強かったけど、砂漠と共にある人々の営みや、砂漠が場所によって砂の特性などが違うことを知り感動した。
その豊かな日常が、悪化する圧政、ISの台頭に寄ってどんどん壊されていく様子は、生々しく恐ろしい。
すみ慣れた土地、築いてきた生活を奪われ、コミュニティを壊され、人々はその地を追われ、いつ終わるかわからない移民生活を強いられることとなった。
肉体的な負担はもちろん、精神的なダメージは想像するだけでも耐えがたい。
故郷を思う気持ち強ければ強いほど、その傷も深く、喪失感は計り知れないだろう。そういった点で、原発事故で家族ばらばらになったり、仕事を失ったり、生活、土地、故郷を奪われた福島の人たちと重なった。
シリアの人たちも今なお国を追われ、新たな生活の地を求めている。
これを他人事していてはいけない。日本に住む私たちができること、すべきことを考えなければ。この世界のアンバランスさを平行にするために。 -
10年ほど前のことですが
「アフリカ」方面をお得意とする
旅行会社に勤める友達と語ることがあった
ー
いゃあ 最近の「一人旅」は
断然 女性ですね
荷物一つを背負って
世界の辺境へ旅に出て
面白かったぁ
と 話してくれるのは
今や女性、しかも20代の若い人
いゃあ
いま 世界を股にかけているのは
女性です
という言葉を
思い起こしました
小松由香さんが
そうであったかどうかは わかりません
でも
その実行力、思考力、能動性
そして卓越した問題解決能力
には脱帽です
小松由香さんのような方を
ほんとうの国際人と
言うのでしょう
気持ちがいつも
外に開かれている人は
やはり
素晴らしい -
エッセイとドキュメントとルポルタージュ、どちらとも取れる描写の視点が絶妙。
異文化体験モノだと「日本(異国)のココがダメだ(優れている)」となりがちだが、そのような目線は一切なく、それぞれの人間の土地で生きるとはということを突きつけ、異なる文化は自国と前提が違うことを理解し、良し悪しを判断するものではないという著者の姿勢が伝わった。
個人的に印象的だったのは、日本でお寺のお坊さん達と文化の相互理解を試みたが気まずくなったくだり。「郷に入れば郷に従え」が当然だと考える日本人的思考と、「郷に入っても自身の信仰を貫く」のが当然という人間との衝突。我々にとっては後者は頑固やワガママに見えても、彼等にとっては戒律(神との契約)は場の空気や人の顔色よりも優先すべきであり、それを否定されることは信仰を破壊するテロ行為に等しいと受け取られてしまうこと。
相手を理解できないことを理解することの大切さ、そしてその異なった価値観の存在を受け入れることが、いま声高に言われいる「多様性」の肝ではないか。
K2と砂漠、身体で感じた過去の記憶が、今のそしてこれからの支えとなるという心象風景が素晴らしい読後感でした。