「大学」に学ぶ人間学

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  • Amazon.co.jp ・本 (281ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784800912596

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  • 大学の道は、明徳(めいとく)を明らかにするに在(あ)り。
    民(たみ)に親(した)しむに在り。
    至善(しぜん)に止(とど)まるに在り。
    (引用)「大学」に学ぶ人間学、著者:田口佳史、発行所:致知出版社、2021年、16

    私は、東洋思想研究家である田口佳史氏による前作、「『書経』講義録(致知出版社、2021年)」を拝読し、すっかり中国古典の世界に魅せられてしまった。特に、「書経」の世界では、現代でも十分通用するリーダ-シップ論や組織論、さらには政治の要諦が記されていた。また、中国の古典では、天の道義あるいは道理という宇宙観にも迫っており、スピリチュアル的というか、”宇宙の法則“を学ぶことができる。このたびの田口氏によって著された「『大学』に学ぶ人間学」にも登場するが、「書経」には、私も座右の銘としている「天工(てんこう)は人其(そ)れ之に代(かわ)る」との一文がある。この意味は、「本来、政治は天が行うべきなのだが、人間が天の代理として政治を司るポジションに就いている」と書かれている。まさに、リーダーとは、宇宙の法則に則って、天より選ばれた人たちなのであると感じることができる。そして、儒家の思想では、壮大な宇宙の摂理に従い、私たち人間は地球をより良いものにしていくという使命感を感ずることができる。ビジネスで成功に関する書籍は、書店に山積しているが、私たち日本人が学ぶのは、モチベーションアップを主目的とした西洋的なリーダーシップではなく、儒学にしたほうがしっくりくる。

    さて、「大学」とは、孔子より46歳年下の曾子が著したとされ「論語」「中庸」「孟子」とともに「四書」として位置づけられている。そして「大学」は、江戸時代の小学校一年生の一学期の一時間目から学んだとされている。このように、昔から「大学」は、「初学徳に入る門」と言われてきた。つまり、儒学の入門書的位置づけが「大学」である。このたび、私も田口佳史氏による「『大学』に学ぶ人間学」を拝読させていただいたが、江戸時代の小学生がいきなり「大学」を学んでいたことに驚かされた。儒学の入門書といえども内容の濃い「大学」について、江戸時代の子どもたちは、どのように理解を深めていったのだろうか。私は、当時の「大学」を学ぶ意義とあわせ、どのように学校で教えていったのか、興味を抱いた。

    四書は、巻頭の一文に重きを置いていると言われる。本ブログの冒頭、「大学の道は、明徳(めいとく)を明らかにするに在(あ)り」から始まる「大学」の巻頭部分を記した。この引用文は、三鋼領(さんこうりょう)と呼ばれ、人間が生きる上で最も大切にしなくてはならないものである。江戸時代の子どもたちは、この三鋼領、そしてその次に登場する八条目を徹底的に頭に叩き込まれていったと推察される。田口氏によれば、「徳」とは、宇宙の大原則に即して生きていくことであり、そのために言葉や立ち振舞として表現することが徳だと言われる。そして、自己の最善を他者に尽くし切ることが徳であると言われる。

    江戸時代の寺小屋は異学年で構成されており、年上の子たちが年下の子たちを教えてきた。現在においても、例えば4人が1組となり「チーム学習」を取り入れる自治体もある。普段の授業の中で”チーム”を編成し、チーム内の”分かる子“が”分からない子“を教える。これにより、”分かる子“は、徳を明らかにし、自分の最善を出し切って”分からない子“に教える。”分からない子“は、友達から教えてもらうことにより、感謝の念を抱く。人と人との繋がりの中で、子どもたちは学び合い、自己肯定感が生まれ、社会が安定していく。江戸時代は一般的に「太平」とされ、治世期間がかなり長いことが特徴である。その長きに渡り、社会を維持・安定させたのは、小学校1年生のときに「大学」を学び、人々が儒学を実践していったからではないだろうかと思うに至った。現代の社会に忘れていた”人間としての心“の教育が、「大学」を通じて培われていたのではないだろうか。

    田口氏による前作の「書経」といい、このたびの「大学」といい、名言の宝庫であり、読み進めるたびに新たな発見がある。「大学」では、「心誠(こころまこと)に之を求むれば」という一節が紹介されている。これは、「誠心誠意ほど強いものはない」ということを言っているのだが、田口氏による解説がなければ、それで終わってしまう一文である。しかし、田口氏は、本書の中で、官公庁のミドルクラスの職員の人事異動の例をあげ、責任ある地位のまま、新たな部署に配属されたリーダーには、誠心誠意で対応することの心構えを説いている。このように、古典からいただいた“知識”は、今を生きる多くのビジネスマンのワークスタイルに当てはめることにより、“知恵”へと変わっていく。

    「大学」は、人間学のみならず、組織を繁栄に導くためのリーダー像、社会に秩序をもたらす政治的な思想、そして大宇宙の摂理に至るまで、人間の天命とは何かを明らかにしながら、私たちは地球上で(もしくは人間として)何を為すべきかを教えてくれる。孔子の「遺書」ともされた「大学」の貴重な教えは、江戸時代の小学校の必須科目であったとおり、コロナや海外情勢が不安定な今を生きる私たちにとっても必須科目になるのだと感じた。

    「学び直し」という意味で、リカレント教育という言葉がある。かつて我が国の子どもたちが学んできた「大学」を学び直すことは、江戸時代のような安定した社会基盤を構築するのにつながる。つまり混沌とする現代社会において、「大学」を学び直すことは、とても意義があることだと感じた。まず個人が“徳”を明らかにし、社会を安定させ、国民全体に幸福をもたらす世界を創造していく。そのために必要な一冊が「大学」ではないかと思うに至った。

  • 第1講 大学の道
    「大学」には人間の生き方の原則が説かれている
    人間が最も大切にしなければいけない「三綱領」
    「徳」とは「自己の最善を他者に尽くし切ること」
    自分の身が修まっていないのに他人を治めることはできない
    「明徳を明らかにする」ことを真っ先に教えた江戸の教育
    一人ひとりが身を修めることが良い国、良い会社をつくる
    心を正しくするとはすべてに真心を込めるということ
    根本を知らなければ何事もうまくいかない
    第2講 修己とは何か
    いくら学んでも実践しなければ意味はない
    誠実さを身につけるところから自己修養が始まる
    「慎独」は自分に嘘をつかないための訓練法
    慎独・立腰・克己ー江戸時代の三大自己鍛錬法
    佐藤一斎の「儒教の本領」に書かれていること
    一人ひとりが礼を重んじれば社会はおのずとよくなる
    四徳に即して正しい行いをすれば天の恵みを得られる
    切磋琢磨とは具体的にどういうことを言うのか
    死んだ後も人々の話題になるような生き方をす
    人間は「今、ここ、自分」でしか生きられない
    第3講 維新の精神
    コロナ禍を学問の仕直し、人生観の立て直し期間に
    三つの事例で読むリーダーが明らかにするべき明徳のあり方
    リーダーだけでなく人心も新鮮にしなければ繁栄できない
    それぞれの止まるべき場所をしっかり理解しなければならない
    立派な人間は「恥の意識」を持っている
    新たに自分のものになった土地を治めるときの心得を説く
    後を継ぐ者は創業者の苦労を決して忘れてはいけない
    食べるものがない状況で人間のあるべき姿を説いても聞く者はいない
    いつも根本を相手にしていく立派な人間を「君子」と言う
    「修身」の四つのチェックポイントー怒り・恐れ•楽しみ・憂い
    人間は「偏る」ものであると知らなくてはいけない
    比較論が心を危うくする
    第4講 規範を持つ意義
    「修己」とは周囲を感化するような自分をつくること
    親が子どもに慈愛をふるうと「愛」と「敬」の関係が生まれる
    問題の対処にあたるとき「誠心誠意」ほど強いものはない
    一国の興亡は秒単位の機を捉えるか逃すかで決まる
    上と下が同じ心にならなければ何事も治めることはできない
    国を治める原点は家庭の中の人間関係にある
    基準を示す物差しがないと正しい行為はできない
    立派なリーダーは「先憂後楽」でなくてはいけな
    リーダーは高く聳え立つ岩山のように孤独に耐えなければならな
    規範がなければ正しい生き方はできな
    制度化された規範が人間の社会生活の連続性・一貫性を保証する
    江戸時代の規範形成教育から学ぶべきこと
    「側隠.羞恥・辞譲・是非」を六歳までに身につけさせた江戸の教育
    第5講 根本を見据える
    リーダーが徳を慎まなければ良い国にはならない
    本末を間違えれば国は決して豊かにならない
    傲慢・不善な振る舞いをするトップは天命を失
    世話焼き人のいる組織にはチャンスがたくさん転がってい
    君子の大道とは悪を憎んで駆逐し、善を引き上げて増加させること
    人をなぜ教育するかという理由と方針を述べた『大学』
    「清掃・応対・進退の節」を子どもに教える意
    教育とは物事の道理を窮めることを言う
    理想の社会には理想の教育がある
    孔子の時代に「大学』が成立した背景
    『大学』の衰退と復活
    自分の意見を加えた『大学』をまとめ、その判断を後世に委ねた朱子
    第6講 財政・経営の要諦
    お金に対する扱い方を見れば修身の度合いがわかる
    財をため込むのではなく、どうやって有用に使うかを考える
    上が仁をふるえば、下は義によって返す
    上位の者は庶民の生活を侵害するようなことをしてはいけない
    リーダーは利を利とせず、義を利としなくてはいけない
    『大学』には立派な人間になるために学ぶべきことが順序よく書かれている
    人間の生き方の根本を表す「大学之道」「在明明徳」
    「至善に止まる」ことがわかると人生の目標が定まってくる
    始める順番を間違えると何も得ることはできない
    人間の根っこの部分を強固なものにしていくことが大事
    朱子の労苦に感謝する
    自らの内にある明徳と四徳に気づき、自らに目覚める
    三つの危機に対応するために『大学j から学ぶ

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著者プロフィール

田口佳史(たぐち・よしふみ)
1942年、東京生まれ。東洋思想研究家。イメージプラン代表取締役会長。新進の映画監督としてバンコク郊外で撮影中、水牛2頭に襲われ瀕死の重傷を負い入院。生死の狭間で「老子」と運命的に出会い、「天命」を確信する。「東洋思想」を基盤とする経営思想体系「タオ・マネジメント」を構築・実践、延べ1万人超の企業経営者・社会人・政治家を育て上げてきた。第一人者として政財界からの信任は厚い。東洋と西洋の叡智を融合させ「人類に真の調和」をもたらすべく精力的に活動中。配信中のニュースレターは海外でも注目を集めている。
著書に『超訳 孫子の兵法「最後に勝つ人」の絶対ルール』『超訳 論語「人生巧者」はみな孔子に学ぶ』『超訳 老子の言葉「穏やかに」「したたかに」生きる極意』(以上、三笠書房)など、ベストセラー、ロングセラーが多数ある。

「2022年 『仕事で一生悩まないための菜根譚の教え』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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