偽りの愛人』1842年・・・風俗研究(私生活情景)
サン=ジェルマンのルーヴル公爵の一人娘クレマンティーヌは、アダン・ミエツィスラフ・ラジンスキと結婚した。
ラジンスキ伯爵は、ポーランドの名家出身だが、ロシアに対する叛乱で国を追われ、フランスに亡命。
パリでクレマンティーヌを見初め婚姻に至った。
ふたりの幸福な新婚生活がはじまり、両者とも互いをとても愛していたが、クレマンティーヌは、何かにつけ、夫が、
「パスに任せよう」とか
「パスならうまくやるだろう」などということを言うので、
パスが誰なのか夫に問い質してみた。
パスは、子供を抱けるヘラクレスの像のような腕を持ち、大理石のような艶やかな額と高い鼻、黒玉のような瞳を持つポーランド人であった。
タデ・パスは、ラジンスキ家と比べても遜色のない由緒ある家柄の出身だが、早くに両親を亡くしている。
パスは、アダンより6歳年上だが、戦時中、2度もアダンがパスの命を救ったこともあり、その友情と信頼の深さは忠義によって表され、ラジンスキ家の経理を任されていた。
クレマンティーヌは、夫のパスへの信頼を汲み取り、食事に招いたり、オペラ座に誘ったりしたが、どうもパスは気乗りがしない様子で、アダンとの友情はそのままに、夫婦との交流を拒みたがるのであった。
実は、パスは、クレマンティーヌを初めて見たときから恋に落ち、アダンとの友情とのはざまで苦しんでいた。
そこで、全く知りもしないサーカスの曲芸師のマラガという女に首っ丈であると装い、自分のクレマンティーヌに対する恋情をアダン夫妻に悟られないように努力する。
一方、マラガは、この見ず知らずの異国人に住居を与えられ、手も触れようとしないのに与えられる金貨に、最初は喜んでいたもののだんだん訝るようになる。
そのうち、アダンは、生死を彷徨う重病になり、パスとクレマンティーヌは献身的な看護をした。
そのかいあってアダンは快復し、確かに元気になった時、パスは、二人の元から立ち去るべく出兵する。
発ったあと、パスからクレマンティーヌに真の心情を綴った書簡が届き、クレマンティーヌはパスの気持ちを知るが、その後、パスの消息は不明だった。
三年後、クレマンティーヌは、色男のラ・パルフェリーヌに拉致されそうになった時、パスがどこからともなく現れてクレマンティーヌを救い出す。
恋してやまない女を、吾がものにしようという愛し方ではなく、その女の幸せのみを支えようとする男の生き方は、ディケンズの『二都物語』を多少想起するが、
バルザックの描くクレマンティーヌは、夫やパスの男同士の友情や、夫婦の愛情にも軽薄なところが見られ、パスを誘惑したり、3年後にはまた違う男の誘惑に乗ろうとしたりする。
よって、『二都物語』のルーシーとは全く違うキャラクターである。
自分が危機に瀕すると、白馬の王子のように颯爽と現れ、黙って救い出してくれる。
そんなロマンスを一生のうちに持つ女性はいるだろうか。
と、バルザックは文末に書く。
そんなパスを手に入れるにはどうしたらいいのだろうか。
と、巷の女性は文末に書くことだろう(笑)
本作の登場人物再登場は、ラスティニャックとトラーユ(ゴリオの長女の情夫だった)が、アダンが何者かを語るちょい役で登場。
ラスティニャックの友人でゴリオの時は医学生だったビアンションがアダンの主治医で再登場してくる。
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■小説89篇と総序を加えた90篇が「人間喜劇」の著作とされる。
■分類
・風俗研究
(私生活情景、地方生活情景、パリ生活情景、政治生活情景、軍隊生活情景、田園生活情景)
・哲学的研究
・分析的研究
■真白読了
『ふくろう党』+『ゴリオ爺さん』+『谷間の百合』+『ウジェニー・グランデ』+『Z・マルカス』+『知られざる傑作』+『砂漠の灼熱』+『エル・ヴェルデュゴ』+『恐怖政治の一挿話』+『ことづて』+『柘榴屋敷』+『セザール・ビロトー』+『戦をやめたメルモット(神と和解したメルモス)』+『偽りの愛人』+『総序』 計15篇