土の文明史

  • 築地書館
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  • Amazon.co.jp ・本 (368ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784806713999

作品紹介・あらすじ

文明が衰退する原因は気候変動か、戦争か、疫病か?古代文明から20世紀のアメリカまで、土から歴史を見ることで社会に大変動を引き起こす土と人類の関係を解き明かす。

感想・レビュー・書評

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  •  著者のモンゴメリー氏は地形学の専門家だが、人類学や社会学等幅広い視点から、土壌の大切さを訴えている。300ページを超える大著だが、著者の主張を一言で伝えると「土壌は有限の資源であり、消失速度が生成速度を上回れば、いずれ土壌は枯渇し、その文明は消え去る運命になる。」
     農業というと他の産業よりも環境に優しいイメージがあったが、実は有史以来自然を最も破壊した産業はこの農業だった。機械や薬剤に頼った現代の農業だけでなく、天然素材だけで行われた古代の農業も含め、土壌に対する配慮を忘れ土壌を消耗すれば後に残るのは不毛の大地だけ。メソポタミア、エジプト、ギリシャ、ローマ…古代の文明が栄えたこれらのエリアが現在、一面の砂漠や荒涼とした大地になっているのは、無秩序な農業のせいだった。古代文明は土壌の消失により衰退したが、近代の欧州では失われた土壌を補うために植民地支配へとつながった。そして、現代は経済性を重視し、機械と薬剤で土壌の消失を加速させている。土壌はただの土でなく、再生困難な希少資源であり、食糧生産や人口を通じて、経済や社会に如何に大きな影響を与えている現実を直視しなけれなならない。
     本書を通じて、著者は土壌枯渇の危険性に強い警鐘を鳴らす一方で、リスク回避のための処方箋も提案している。それは古くて新しい農法、有機農業である。有機農業では土壌を生物学、生態学的にとらえ、土壌の生産性を維持しながら作物を収穫する。正しく実践すれば、その生産性は現代の慣行農法を上回るポテンシャルがあるという。薬剤に頼らずに厩肥や被服植物を活用する有機農法は農家にとって負荷がかかるが、経済重視の米国でも有機農法が広がりつつあるという事実は、本書で述べられた数少ない安心材料である。
     著者は時間、空間的に幅広い調査を行っているが、いずれも畑作の事例が中心で、アジアで盛んな米作に関する記述はない。日本で古来から続けられている米作は地形や気象の条件等の制約はあるが、持続的な食料生産に対する別解なのかもしれない。この点については著者の今後の調査活動に期待したい。
     日本は地理的に高い土壌回復力に恵まれ、米作の文化が持続的な食糧生産を支えてきた。しかし、その恵まれた環境こそが、土壌資源が恒久であるかのような錯覚をもたらしているかもしれない。自分がそうであったように。足元の問題を再認識するためにも、是非、本書をお勧めする。

  • 雨風によって侵食され、削り取られた土壌が岩盤と風化や動植物の営みによって再生される、1000年単位の大循環プロセス。本書によれば、この土壌の浸食と再生のバランスが、有史以来の人間による急激で節操のない農地化と土壌の酷使によって大きく崩れ、土壌が次々に失われてしまっているという。

    過去の歴史を振り返っても、古代メソポタミア文明や古代ローマ帝国など、文明の悉くが、森林の開拓、灌漑によって農業生産力を高めて一時的に繁栄を謳歌しても、結局は土壌の消耗・侵食によって生産力の減少を招き、衰退を余儀なくされているのだという。

    その根本原因は、人間が増えすぎたこと。農業が集約化されて生産量が増えれば人口が増え、ますます農業生産を高めなければならない。このため、次々に森林を切り開いて農地化して土壌保全力を弱め、本来耕地化に適していない傾斜地を耕し、土壌侵食を加速させる。また、数年耕作して疲弊した土地を、保全することなく放棄して別の土地に移るやり方も、次々に侵食の進む荒れ地を増やしてしまう。

    あの産業革命についても、植民地の土壌侵食を促進しつつ「植民地帝国が安い食糧を大量に生産したおかげで、ヨーロッパ人は栄養失調と絶え間ない飢餓の脅威から逃れた。ヨーロッパは食糧生産をアウトソースしながら、工業経済を築き上げた」のだという。

    要するに、人間の節操のない営みと、後先考えずに利益を貪ろうとする強欲さが、長期的に農地を失わせ、自らの首を絞めてきている。著者は、目先の利益にとらわれずに、土壌の保全を真剣に考えなければならないと警鐘を鳴らしているし、有機農業の成功に持続可能性を見いだせる、とも言っているが…。

    有機農業、素晴らしいと思うけれども、利益第一の巨大企業が、果たして有機農業のような手間のかかる手法を導入できるのだろうか。化学肥料メーカーも強く抵抗するだろうし…。まあ、食料を輸入に頼っている我が国も、土壌酷使の片棒を担いでしまっているのたけれど。地産地消が理想だから、我が国も農業をもっともっと大切にしないとなあ。

    とにかく、増え続ける人類の存在のあり方について深く考えさせられた一冊でした。それにしても、翻訳ものということもあって読みにくかった。

  • 面白かったけど、後半に向かうにつれてちょっとタレた。先に『文明崩壊』を読んでいて、巻末の参考文献リストから飛んできて手に取った本でしたが、この本における主要なエッセンスはがっつり『文明崩壊』の方で要約されてしまっていたということが読み進めるごとに明らかに。

    つまるところ、程度の差こそあれ、過去に崩壊した様々な文明や、現在進行形で消滅の危機にある地域の疲弊の原因は良質な土壌の流出によるものなんですよ、ということを一冊を費やして何度も何度も繰り返し論じている、というのがこの本の軸です。中盤あたりでそれが読み取れてしまうので、あとは章ごとに新たに出てくる各地の事例を各論として読むだけ、となってしまいます。

    土のことだけ抜き出して詳しく知りたい、という方にとっては良質な参考書となるでしょう。土以外の要素も含めて文明の疲弊や崩壊について知りたいのなら、包括論になっている『文明崩壊』を読んだほうが参考になります。

  • 地質学者が論じる土壌開拓、農業の歴史を記述した本。土壌は有限の資源であり、文明の存続可否は土壌を再生可能な状態で維持できるか否かにかかっているという。思えばアルキメデスの示した四元素のひとつでもあり、先人は遥か昔からそのことに気づいていたのではないだろうか?にもかかわらず、人口は爆発的に増加の一途を辿り、土壌の汚染、崩壊は止まるどころか加速しているようにも見受けられる。人間視点ではなく地球視点、宇宙視点で農業のあり方、人類のあり方を見つめなおさなければならないように思う。

  • 現在では森や木に恵まれているのは日本をはじめ少数の国しかありませんが、かつては地球上の殆どの地域は緑に覆われていたことでしょう。

    砂漠や禿山となってしまったのは、気候変動によるものもあるかもしれませんが、基本的には人間の活動(農業革命)による土壌の酷使にあるのでは、というのが私がこの本から受け取ったメッセージです。

    ローマ帝国を初め、各文明の盛衰のカギを握ってきた「土」について興味深い話が多くありました。特に驚いたのは、単位面積当たりの栽培量は、小規模農家の方が大規模農家よりも高い(p216)という事実でした。

    以下は気になったポイントです。

    ・1年で1エーカあたり、ミミズは10-20トンの土を押し上げいることに、ダーウィンは気づいた、これは1年に3-6ミリ程度堆積することを意味していて、ローマ時代の廃墟が埋もれたことを説明する(p13)

    ・ミミズはわずか2-3世紀で、土を完全に耕したことを近年の研究は証明した(p16)

    ・皮膚は、私たちの身体と重要な臓器を紫外線で守っている一方で、健康な骨を作るために必要なビタミンDの生成のために、日光を通す必要がある、この両者の綱引きにより、肌の色が変わった(p36)

    ・殆どの家畜は、紀元前1万年から6000年の間に家畜化された、例外は2万年以上前からの犬(p45)

    ・ヨルダン中部の表土の浸食と土壌の生産性低下は、集約的農業とヤギの放牧が引き起こした(p47)

    ・シュメール文明の農業が塩類化に弱かったのに対して、ナイル文明は強かった、ナイルの洪水が毎年川沿いの農地に新しい土壌を運んできた(p53)

    ・ローマの農業が衰退(浸食を促進した)理由として、都市に住む地主が広い農場を奴隷監督に任せたため、プランテーション所有者も同じ(p81、182)

    ・北アフリカの属州は可能な限り穀物を生産する圧力にさらされていた、政治的配慮から帝国は穀物を無料でローマ全市民に供給することを強いられていたから(p85)

    ・農場の奴隷を働いている土地から引き離すことを禁じるローマ法が制定され、これが農奴と土地を所有する中世の農奴制の基礎になった(p89)

    ・マヤの農民は丘斜面を段にして作物を植える平らな地面を作り、地表を流れる水による浸食を遅らせると同時に、水を畑に導いた(p101)

    ・ヨーロッパの壊滅的な打撃を与えた1315-17年の飢饉は、人工が農業システムの支えられる限界に近づいたときに天候不良が影響すればどうなるかを示している(p122)

    ・アイルランドはジャガイモのみに依存していた(牛肉、豚肉、青果はほとんどがイギリスへ輸出)、1845-46年のジャガイモの収穫が壊滅的となり、100万人が死亡、100万人がその間に移住、さらに300万人が50年間でアメリカに向かった、1900年の人口は1845年の半分程度(p145)

    ・欧州は繰り返される飢餓問題を人間の輸出(移民)で解決した、1820-1930年にかけて、5000万人が移住した(p148)

    ・アマゾンの移民は、一度に広い範囲を伐採し、過放牧で浸食を加速させて土地から生命力を搾り取っている(p157)

    ・アメリカでは圧倒的な利益をタバコが生むので、多様な作物を栽培することはなかった(p160)

    ・フランクリン・ルーズベルトは、移民開始から20年程度で砂漠化していることに直面し、1934年11月に残った公有地への入植を停止して、開拓移民の時代を終わらせた(p207)

    ・1992年の報告で小規模農家は、大規模農家に比べて単位面積あたり、2-10倍の作物を栽培していることが判明した(p216)

    ・稲作は当初は乾燥地農業であったが、2500年程前に水田での栽培が始まることで、悩みの種であった「窒素の減少」を解決、よどんだ水が窒素固定作用を持つ藻を育て、それが肥料として機能した(p245)

    ・リン鉱石を硫酸で処理すると、すぐに食物が利用できる水溶性のリンが生成される、これば肥料の始まり(p250)

    ・1838年に肥料以外では、マメ科植物を栽培すると土壌窒素を保持するが、麦類には無いことを発見した(p251)

    ・1850年代には、アメリカとイギリスは肥料として、ペルー産のグアノを年間100万トン輸入した(p252)

    ・1881年にボリビアはグアノの島への経路をめぐる戦争に敗れてチリに太平洋岸を奪われた(p254)

    ・草刈をした後は、その草は腐るにまかせている、1週間としないうちにミミズの穴に引き込まれるので(p276)

    ・産業革命以降、大気中に蓄積した二酸化炭素の3分の1は、化石燃料ではなく土壌有機物の分解に由来する(p292)

    ・キューバは農業を現地の条件に適用させることで、生物学的な堆肥と害虫駆除の手法を開発、砂糖の輸出をやめて、食糧を輸入せず、農業用化学製品を使用せずに食生活は10年で戻った(p317)

    ・文明の寿命は、最初の土壌の厚さと、土壌が失われる正味の速度の比率によって決まる(p323)

    2012年6月10日作成

  • ・気候変動が今後どのような影響を人類に及ぼすかという疑問から手に取った一冊であったが、私にはいささか難しいすぎ、また自分の知りたかった部分の記述は意外と少なく流し読みになった。

    ・しかし学びは幾つかあった。土地が支えられる以上に養うべき人間が増えた時、社会的政治的紛争が繰り返され、社会を衰退させた。
    ・肥沃な谷床での農業によって人口が増え、それがある点に達すると傾斜地での耕作に頼るようになる。植物が切り払われ、継続的に耕起することでむき出しの土壌が雨と流水にさらされるようになると、急速な斜面の土壌侵食が起きる。その後の数世紀で農業はますます集約化しそのために養分不足や土壌の喪失が発生すると収量が低下して人口を支えるには不十分となり、文明全体が破綻へと向かう。

    ・人口統計学によると2050年までは世界人口は増え続け、人口が増えると経済活動は活発になるという。経済活動は環境への影響のみを考えるとマイナスに働く。
    ・つまり環境難民は今後もっと増加するだろう。世界は人口を減らすための方策を分からないように取るだろう。そうなった時の今後の自分の身の振り方を考えなければいけないと思わされた一冊であった。

  • 2023.02.17 社内読書部で紹介を受ける。農業に向く土は有限。耕して流されて減る。砂漠はその結果。化学により窒素を土に還元することができるようになった。ハーバーボッシュ法。肥料にも火薬にもなる。

  • 原題は「Dirt:The Erosion of civilization」=「泥:文明の浸食」。その名の通り、文明がいかに表土を侵食し、貴重な資源を食いつぶしてきたかという歴史である。人類が農耕を始め、鋤を使って土を耕起するようになってから表土の流出が始まった。それは、ローマ帝国やマヤ文明を滅ぼし、今もアフリカの飢餓を招き、アメリカや中国を衰退させようとしている。それに拍車をかけたのが、石油から生み出した肥料を土に施して収量を増やす「緑の革命」だった。しかし、遺伝子操作と農業化学による収穫増は、もはや限界に来ている。有限の資源である土を、いかに保全し持続させてゆくか。そこに人類の未来がかかっている。

  • ミミズの力、過放牧による土壌侵食で農業崩壊

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著者プロフィール

ワシントン大学地形学教授。
地形の発達、および地質学的プロセスが生態系と人間社会に及ぼす影響の研究で、
国際的に認められた地質学者である。
天才賞と呼ばれるマッカーサーフェローに2008 年に選ばれる。
ポピュラーサイエンス関連でKing of Fish: The Thousand ─ year Run of Salmon(未訳2003 年)、
『土の文明史─ローマ帝国、マヤ文明を滅ぼし、米国、中国を衰退させる土の話』(築地書館 2010 年)、
『土と内臓─微生物がつくる世界』(アン・ビクレーと共著 築地書館 2016 年)、
『岩は嘘をつかない─地質学が読み解くノアの洪水と地球の歴史』(白揚社 2015 年)の3冊の著作がある。
また、ダム撤去を追った『ダムネーション』(2014 年)などのドキュメンタリー映画ほか、
テレビ、ラジオ番組にも出演している。
執筆と研究以外の時間は、バンド「ビッグ・ダート」でギターを担当する。

「2018年 『土・牛・微生物』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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