夜が明けたら、いちばんに君に会いにいく (スターツ出版文庫)

著者 :
  • スターツ出版
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  • Amazon.co.jp ・本 (435ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784813709107

作品紹介・あらすじ

高2の茜は、誰からも信頼される優等生。しかし、隣の席の青磁にだけは「嫌いだ」と言われてしまう。茜とは正反対に、自分の気持ちをはっきり言う青磁のことが苦手だったが、茜を救ってくれたのは、そんな彼だった。「言いたいことあるなら言っていいんだ。俺が聞いててやる」実は茜には、優等生を演じる理由があった。そして彼もまた、ある秘密を抱えていて…。青磁の秘密と、タイトルの意味を知るとき、温かな涙があふれる―。文庫オリジナルストーリーも収録!

感想・レビュー・書評

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  • 『私にとっては、マスクを外されることは、無理やり服を脱がされるのと同じようなものだ』。

    2020年に入って世界を襲った新型コロナウイルス、そして陥ったコロナ禍で日本人が当たり前のものと思っていた『マスク』もすっかり世界の人々の間に広がりました。良くも悪くも『マスク』というものが世界の人々の間でも一般化した今日。そんなコロナ禍で誰もが『マスク』で顔を覆っている姿がすっかり日常と化した今。人と人とのコミュニケーションも『マスク』をしたままの会話とならざるを得ません。しかし、私たちはコミュニケーションを取る際に、単に会話の内容だけをもって話を進めることはないと思います。こちらが語る一言ひとことを相手がどんな風に捉えるかを微妙な表情の変化をもって理解していると思います。それは、逆から見れば相手が語る一言ひとことにどんな表情をとるべきか、そんな風に緊張感をもってその場に臨む必要があるとも言えます。なんとも私たちの日常というのは気が休まらないものです。

    そんな場で一枚の『マスク』があれば状況は一変します。『マスク』に覆われた素顔を相手は見ることができません。そんな状況は『顔が引きつっていないか心配だったけれど、笑顔が上手くいかないときはたいてい、口もとや頬がおかしくなるわけで、マスクをつけていれば大丈夫だ』という安心感を生んでもいきます。人が生きる上で安心感を得るということはとても大切なことです。不安に苛まれながら生きるよりも当然に安心感の中に生きる方が幸せだとも言えます。しかし、そんな風に素顔を隠したまま生きることが本当に良いことなのでしょうか?本当に幸せなことなのでしょうか?そして、本当にコミュニケーションが取れていると言えるのでしょうか?

    ここにそんな『マスク』をずっと着けたままに生きる一人の女子高生が主人公となる物語があります。『私にとっては、マスクを外されることは、無理やり服を脱がされるのと同じようなものだ』と語るその女子高生。この作品は、そんな女子高生・茜が『マスクに依存しなければ生きていけない、弱くて醜い自分』に悩むその先に、『私は本当はあんなふうに笑えるのだ』と、気づく瞬間を見る物語です。

    『高校二年になって三回目の席替え』で『新しい席に移動』し、『まさかこいつが隣になるなんて』と『隣の席に腰を下ろす男子』のことを見るのは主人公の丹羽茜(にわ あかね)。『げんなりしながら右手でマスクをつまんで引き上げ』る茜は、隣の席に座る深川青磁(ふかがわ せいじ)のことが『世界でいちばん大嫌いな人間だ』と感じています。一方で、『わあ、茜の近くだ。嬉しいな』と反対側から声をかけるのは『仲良しの沙耶香』。そんな沙耶香に『あ、茜のお隣、青磁なんだ。うるさくなりそうだねー』と言われ『ほんと』と笑う茜。そんな時、『あ?なに、俺の話してる?』と左側からの声に『マスクの中でひっそりと深呼吸をして』、『笑顔を貼りつけたまま』振り返った茜は『青磁が隣だと、うるさくなりそうだね、って言ってたの』と言葉を絞り出します。そんな茜の言葉に『俺だって茜の横なんか嫌だっつうの』と言い返す青磁の大きな言葉に教室の『空気が凍』ります。そして、『うぜえ』と吐き捨てて教室を出て行った青磁。そんな青磁とは『今年から同じクラスになり、四月に初めて言葉を交わした』という茜。一方で青磁は『同学年の全員』、『他学年のほとんどの生徒にも、顔と名前を知られている』という存在でした。『ほとんど白といってもいい銀髪』で、『感情と行動が直結している』その性格、そして『いくつもの絵画コンクールで受賞』するほど絵が上手いという青磁。そんな風に有名な青磁のことを『あんなに嫌味なやつなのに。みんな、どうかしている』と感じる茜。一方の茜は、自分のことを『私は、”優等生”』と感じています。『真面目』で『勉強は抜かりなく』、『みんなと交流』も欠かさない『学級委員長として『我ながら絵に描いたような優等生だ』と改めて思う茜。そんな中、『文化祭の出し物』を準備する季節となりました。『うちのクラスは劇をやることになっている』ため、学級委員長の茜は、配役を決めていきます。『王子役は青磁がいいんじゃね?』と盛り上がる声にも『頬杖をついて』空を見ている青磁に『聞こえてたでしょ。王子様役は青磁がいいって…やってくれる?』と訊くも『はあ?嫌だよ、なんで俺が』と返す青磁。そんな青磁に粘って頼むも『うるさい、黙れよ』と遮られます。結局、他の男子が名乗りを上げてくれて決着した配役。そして、下校時『もう少しクラスのことに協力的になってくれたら…』と言うも『はあ?なんだそれ…』と反発する青磁に戸惑う茜。そんな青磁は『絵を描く時間をとられるのは我慢できない… 邪魔されないんだったら、いくらでもやるよ』と言い残して去っていきました。そして、そんな風に険悪だった二人の間にまさかのきっかけで繋がりが生まれていく物語が描かれていきます。

    『高校二年になって三回目の席替え』という何気ない学校生活のワンシーンの描写から始まるこの作品。そんな時代を遠くに過ぎ去った私でも、そんな場面でドキドキした思いというのは今も残っています。思えば高校時代というのは、思った以上に狭い世界の中で生きていく時代です。一日の大半を同じ教室で、同じ面々と、同じ空気を吸いながら同じ時間を過ごしていく学校生活。そんな狭い世界では隣席が誰かということはある意味死活問題とも言えます。この作品はそんな席替えで『世界でいちばん大嫌いな人間だ』と思う男子と隣り合わせになってしまった主人公・茜の視点で隣席の男子・青磁との関係が描かれていきます。

    そんな物語で、読者が間違いなく、えっ?と感じることになるのが全編に渡って登場する『マスク』だと思います。今までに400数十冊の小説を読んできて、その文中に『マスク』という言葉を見た記憶はありません。もしかしたら、どこかにあったのかもしれませんが、あったとしてもそれはあくまで何かしらの演出の一環でのワンシーンにすぎないと思います。それがこの作品では、なんと
    ・『マスク』: 158回登場
    と、文庫435ページの実に3ページに一回という高い割合でこの言葉が登場します。そんな『マスク』を常時着けているのが主人公の茜です。そんな茜は『私にとっては、マスクを外されることは、無理やり服を脱がされるのと同じようなものだ』と感じて常時『マスク』を装着しています。『たまたま風邪を引いてしま』い、『毎日マスクをつけて登校』する中で風邪が治っても『マスクは外さなかった。外せなかった』と『マスク』装着が常態化した茜。そんな茜はその理由を『顔を、表情を隠せるという安心感を手離せなくなっていた』と語ります。『夏になってどんなに暑くなっても、体育の授業のときも、お弁当を食べるときも』ずっと『マスク』を外さない茜。そんな風に『マスク』がずっと手放せないという状況について『マスク依存性』という言葉があるかと思います。『自分の脆い部分や触れられたくない部分を覆い隠してくれて、まるで毛布に包まれているような安心感を与えてくれ』る『マスク』、そんな『マスク』に依存する生活にかつて『思い悩んでいた』ことがあったと語る汐見夏衛さん。そんな汐見さんは、『マスク』依存の人生から『卒業したいのだけれどなかなかできない』という人に向けてメッセージをこの作品で届けたかったとおっしゃいます。『私だって、好きでマスクをつけているわけじゃない。好きでマスクを外せなくなったわけじゃない』と語り、『これはもう私の一部だから。素顔は誰にも見られたくないし、自分でも見たくない』とも語る茜。昨今、コロナ禍により、他人の素顔を見る機会が極端に減っている状況があります。人は相手とコミュニケーションを取る時、その言葉の内容だけでなく、相手の表情の些細な変化にも気を留めます。逆に言えば、相手にも自分の表情の細かい変化を見られていると思うと、そんなコミュニケーションの場面は確かにある種の緊張感と共にあると言えないこともありません。しかし、一方でそんな風に『素顔』を見せない、『素顔』を見れないという中では、お互いの関係性の深まりが薄いようにも感じます。『マスク』をすることで一種の鎧で武装している、相手の侵入を許さないかのように心を守り続けている、『マスク』にはそんな印象を受け、また与えもする様にも感じます。そんな中で『私がマスクから解放される日は来るのだろうか』と答えを見つけられない茜。今のコロナ禍による『マスク』前提の日常が、やがて『マスク』不要となった未来に、果たしてどの程度の人が『マスク』を取ることができるのか。また、『マスク』によってコミュニケーションの感覚に変化が生じた今の時代だからこそ、この作品は一つの問題提起をしてくれているように感じました。これから読まれる方には汐見さんがどのようにそんな茜の悩みを決着させるかにも期待いただきたいと思います。

    そんなこの作品は視点の主である主人公の丹羽茜と深川青磁の二人の関係性がその中心に描かれていきます。茜の家族や二人のクラスメイトなど、もちろん他にも多くの人物は登場しますが、彼らは極端に脇役です。あくまで二人の関係性に絞ったストーリー展開で物語は進みます。そんな主人公の茜は『誰かと一緒にいると、私はいつも相手の顔色を読み、自分が不快な思いをさせていないかということばかり考えて、疲れてしまう』という生き方をしてきました。中盤で語られるそんな生き方になった起点の出来事以来、『ちゃんとみんなの前で”私”を演じる』ことを常に意識し、『笑顔』を無理して作り続けてきた茜。『腹が立ったからといって不機嫌な顔をしてはいけないし、誰かが間違ったことをしたからといって怒ってはいけない』と、周囲の目を常に意識しながら、緊張感の中で毎日の生活を送る茜。そんな茜に上記した『マスク』がなくてはならないものになるのはある意味必然でした。しかし、席替えによって図らずも隣に座ることになった青磁の生き方は全くの正反対です。『誰からも好かれてるやつも、世界中から嫌われてるやつも、生きてることには変わりない。嫌われてようが好かれてようが、人は生きていける。生きてるならそれでいい。だから、どうだっていいんだよ』という生き方の青磁。そんな青磁は、『思ったことはすぐに言葉にするし、行動に移す』という生き方を貫いています。茜からすると『感情と行動が直結している』、まさしく正反対の性格の主である青磁を毛嫌いするのは当然のこととも言えます。世の中生きていればいろんな考え方を持つ人がいるのは当然で、なかなかにその中の誰が正解で、ということを言い切ることは難しいと思います。しかし、この作品の主人公である茜は自分のことを『優等生』だと思い、その理想の姿を演じながら生きています。そんな人生は、それが正しいかどうか以前に生きづらい思いをするのは当然のこととも言えます。この作品では、そんな両極端な二人の生き方の丁寧な描写によって、鎧の下に隠されていた茜の感情の変化が、緩やかに、でも大胆に、そして確実に変わっていく様が描かれていました。『誰が側にいようが気にせずに、まるでひとりでいるかのように気ままに振る舞う彼の隣は、とても楽な居場所だった』と青磁の隣に居場所を見つけていく茜。『誰にもなんにも気を使わなくていい、という解放感』に包まれていく茜。物語は、そんな二人の間に恋の感情が芽生えていく様子が描かれていきます。そんな恋の物語は、あまりに清純でキュンとするような描写に満ち溢れています。そう、そこに描かれるのは高校生のひたむきで真摯な眼差しの先に見る恋愛物語、そんな言葉にピンとくる方にも是非読んでいただきたい作品だと思いました。

    『常に人の顔色を窺って、その人が言葉の裏にどんな気持ちを隠しているのか、自分のことをどう思っているのか読み取ろうと必死になっている私』が全く正反対の生き方をしている青磁との出会いを経て、そんな感情に変化が生まれていくのを感じるこの作品。思えばこの国では、”空気を読む”ということが非常に重要視されています。私たちはそれを当たり前に感じています。一方で、2021年のノーベル物理学賞を受賞された真鍋淑郎さんが、自分には”周囲に同調して生きる能力がない”ので日本には戻りたくない、と語られたことが話題になりました。この国に普通に存在する”空気を読む”という感覚は必ずしも世界の標準ではないのだろうと思います。そして、そんなこの国では”マスク依存性”ということが問題となってもいます。素顔を隠して生きていくことに安心感を得る社会の存在。この作品では、そんな感覚に高校生の主人公の生き方を重ね合わせることで一つの問題提起がなされていたように感じました。

    『私は本当はあんなふうに笑えるのだ。自然な笑顔を、そして心から嬉しそうな笑顔を、浮かべることができるのだ』と顔を上げる茜の姿を垣間見るこの作品。高校生の眩しい青春の輝きの中に、素顔に生きる人の美しさを見た、そんな作品でした。

  • 面白かった。最後は意外な結末だったし、文庫版その後の短編もあった。

  • 周りの人に嫌われないように愛想をふりまき、その反動でマスク依存症となっていた茜、言いたい事をすぐに言って自由な青磁。そんな二人が一枚の絵をきっかけに距離が縮まり、茜は本当の笑顔を取り戻していく青春ストーリー。夕日や朝日を一緒に綺麗と思ってくれる人と見れたら素敵だなと思いました。

  • 私は人に合わせてばっかりだったのでこの本を読んで、自分らしく生きれるようになった。

  • この作家の小説を読むのは、これで2作目だが、情景の表現、心理描写に長けていると思う。
    つい、引き込まれて、感情移入してしまう。
    素晴らしい作家だと思う。
    しばらく目が離せない。 この作家の他の作品も読んでみたくなった。

  • 展開がスムーズでとても読みやすかったです。印象が悪かった青磁のことも、なかなか本音を吐き出さない茜のことも最後には大好きになっていました。なにより世界観が好きでした。Another Storiesも読もうと思います。

  • あっという間に読み終えてしまった。生徒にお薦めされて読んだ本だが、3時間で面白くて一気読み。きゅんきゅんした。夜明けに会いたいと思う人が、自分にとって1番大切な人というフレーズに妙に納得してしまった。

  • 良かった…
    キツイ印象から始まったけど、それがいいかも。
    途中のいきなりの拒絶は解るかなぁ
    その理由はなんとなく想像出来た。
    一番の見どころはなんと言っても[外す]シーンですネ! 勝手に想像してニンマリしてしまった。
    追伸
    やっぱり本は一気読みですねー
    入り方が違う

  • 主人公に感情移入してしまった。
    男女問わず、読んで欲しい。

  • とても読みやすい

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著者プロフィール

鹿児島県出身、愛知県在住。高校国語教師としての経験をもとに、悩み疲れた心を解きほぐす作品を目指して、日々執筆活動をしている。代表作となった『夜が明けたら、いちばんに君に会いにいく』(スターツ出版)が、様々な年代の共感を呼び、現在最も注目される作家。他に『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』『ないものねだりの君に光の花束を』などがある。

「2023年 『たとえ祈りが届かなくても君に伝えたいことがあるんだ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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