対訳でたのしむ紅葉狩

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  • 檜書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (26ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784827910353

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  • 素人が学ぶ能、今月はちょっと季節外れですが「紅葉狩」。

    動きがあって、派手でわかりやすい、比較的初心者向けの人気の演目です。
    世阿弥の孫世代の観世信光作です。先月読んだ『船弁慶』もこの人の作品です。
    ざっくり言ってしまうと、戸隠山の鬼退治の話なのですが、全般に意外性のある作りになっています。

    能では初めにワキと呼ばれる脇役(旅の僧など)が登場し、この人が狂言回し的な役割を果たす形が多いです。「これは○○にて候(自分はこのような者です)」などとまず名乗ります。シテと呼ばれる主役が後から出てきますが、主役がどういう人なのかをワキが聞き出し、段々と主役の素性が明らかになっていきます。主役と観客をつなぐような立ち位置ですね。

    ところがこの『紅葉狩』では、最初に出てくるのが主役の女とそのお付きの女たちです。この女は一応「これはこの辺(あたり)に住む女にて候」と名乗りますが、いやいや、後になればわかりますが、これがタダの女ではないのですね。美しい女たちは、あたりの紅葉を愛で、祝宴を始めます。
    ここに現れるのがワキの平維茂(これもち)です。維茂というのは伝説にはよく出てくるのですが、史実としては実体のよくわからない人でもあります。平貞盛の子で15番目であり、後に将軍になったことから余五将軍とも称されます。勇猛な人だったとされています。維茂は実は戸隠山の鬼を退治しに来たのですが、その前にとりあえずお楽しみということなのか、鹿狩りをしに山に入ってきています。
    で、そこで美女一行に出会います。最初は遠慮して通り過ぎようとする維茂ですが、女に引き留められ、巧みに誘われて、酒を馳走になります。ついついよい心持ちになって酒を過ごし、女の舞を見ているうちに維茂は酔いつぶれて寝てしまいます。
    女は維茂の様子を窺い、「目を覚ましなさるなよ」と言い置いて山中に姿を隠します。

    もちろん、この女こそが戸隠山の鬼なのですね。危うし、維茂! ですが、ここに文字通り、救いの神がやってきます。八幡大菩薩の末社、武内の神が夢枕に立ち、「起きろ起きろ、あの女こそ退治すべき鬼だ!」と教えてくれ、太刀を授けてくれます。
    さぁ維茂は無事に鬼を退治できるのでしょうか。

    前半の美しい紅葉の山と妖艶な女たち、後半の激しい戦いの場面と観客は息を呑んで見守ることになります。
    この女たちは誰だろう、維茂は何をしにやってきたのだろう、最後はどうなってしまうのだろうか、というのが、場面が進むにつれて観客にもだんだんにわかってくるという形になります。

    お話の中では、戸隠山の鬼がなぜ退治されなければならなかったのか、あまり詳しい経緯はわからないのですが、維茂はどうやら勅命を帯びているようであり、八幡の神というのは朝廷側の神様ですから、ある意味、中央と、それに逆らう「まつろわぬ」ものとの戦いの1つといってよいのかもしれません。
    観客の大部分は維茂に感情移入して鑑賞したのでしょうが、あるいは心ひそかに鬼の側を応援しながら見る人もあったかもしれません。
    美しい女に化けた鬼。何だかその設定だけで妖しく心魅かれるものがあるようにも思います。

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著者プロフィール

早稲田大学名誉教授、東京生まれ。
早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。文学博士。
著書に、『観阿弥・世阿弥時代の能楽』(明治書院)、『風姿花伝・三道』(角川学芸出版)他がある。

「2023年 『対訳でたのしむ百万』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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