- Amazon.co.jp ・本 (237ページ)
- / ISBN・EAN: 9784837920663
感想・レビュー・書評
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題名の大げさには、驚き、このような本を読むことはなじめない気がする。
しかし、かかれているテーマは、いまの私の問題意識にあっている。
力の差とは、力そのものの差であるよりは、自分自身で持っている力の引き出しかたの差なのである。「考える力」とは、ものごとの細部にわたって、積極的に意識して行動する力なのだろう。
考えたことは、考えたように実行しなければ、考えた意味がない。
「人間としての自分の時間」「仕事というものが、否応なしに押しつけてくる時間」
「弥生人よりも古い縄文人は、未開で荒々しい人たちであったように想像されている。
しかし、狩猟をし、木の実を採集していきた縄文人は、ケンカや小規模な争いはしたけれど、弥生人よりずっと穏やかに生きていた。定着し、稲作などによって富の蓄積のはじまった弥生人の時代になって、大規模な戦争が起こるようになった。」
「現代とは分類のしにくい時代」「分類しにくい資料こそ重要である。」
世界と日本をみるとき、同質性の一方で、異質性をも十分に認識しておくことが、とても重要だと思う。
8月15日 日本では敗戦記念日であるが、韓国では、「光復節」である。有馬稲子の思い出では、
その日は、白いチョゴリで街はいっぱいだった。
「漱石ほど近代日本の持っていた矛盾と措く懊悩を自らのものとして苦しんだ作家を私は知りません。」丸山真男
考えるということ広辞苑によれば、「①実情を調べただす。吟味する。②糺明して罰する。勘当する。③思考をめぐらす。あれこれと思量し、事を明らかにする。思案する。④易などによって事を判断する。⑤学ぶ。学習する。」ということである。
その中でしていることは、
③であり、思考をめぐらすということであろう。
「考える心というやつ、もともと4分の1は知恵で、残りの4分の3は臆病にすぎないのだ。」
シェークスピア ハムレット 第4幕
考えていることの4分の3は臆病なこと、つまり決断ができないままにウジウジしている状態を指す。考えている行為が好きなのは、臆病者で、ウジウジしている状態が好きということになるのであろうか。「魂というものを手の上に取り出して、しみじみ観察する。」
「書くこと」は、「思うこと」や「考えること」をさらに深化させる、自分自身の心の奥への小さな旅なのである。自分の「考え」を深いところまで探り、とぎすましていくこと。
「書いていると自分の中でなにかが、変わってゆくような気がしてくる。」
「日誌をかけるように一日を暮らすことができない」ことが問題である。
「書くように行動する。」
「花を美しいと思う人間の心があってはじめて「美しい花」を存在することになるのだろうか。
しかし、人間なんていたっていなくなって、「美しい花」はそこに、厳として存在するのかもしれない。人類が誕生する以前から、宇宙も地球もあったように。」
「目にうつるものが まことに美しいから」旧約聖書 知恵の書
「なにごとかに感動したとき、人はその心の動きを他の人に伝えたくなる。」
前のものを否定したり肯定する中からオリジナルが生まれる。
考える力を養うとは、日々の積み重ねなのだろう。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
よく憶えてません
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「考える力」とは、常に意識することかも知れない。著者は、まず観察することを前提に、実感や直感、それに「なぜ」という問いの大切さを説く。
また、考えたことを表現する力をつけるために詩を読むことを薦める。
そして、その気にならなければ取れないのが「情報」であり、他の人とはちょっと違う「行動」を意識的に「演出」することが皆と同じ流れから抜け出す上で必要だという。
逆に言えば、普段、私たちは何も考えずに、いかに無意識に
動いていたかを考えさせられてしまった。