- Amazon.co.jp ・本 (394ページ)
- / ISBN・EAN: 9784862650832
作品紹介・あらすじ
永井荷風に憧れ慶應義塾に入学するも、その思い届かず、人知れず葛藤した小島政二郎。大正から昭和の文壇を隅々まで知りつくした彼ならではの、荷風の実像に迫った幻の書。
感想・レビュー・書評
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「断腸亭日乗」を読んでからそれまでの永井荷風のイメージが根底から変わってしまったのは私だけでしょうか。
もちろん傑作「墨東綺譚」にすでにその兆しはありましたけれど、大正6年9月16日36歳から亡くなる前日まで42年間書かれたこの著作によって(ぼくの最大の業績は荷風日記かもしれないよ、と本人も述懐)よりいっそう、私はこのいやみな助平で無責任な男に、ぞっこんほれ込んでしまったものでした。
その荷風の、またまた伝記ではなく小説と銘打たれたこの本で、久しぶりに小島政二郎に再会しました。
今ではもうほとんど読まれることがない作家になってしまったかも知れないけれど、小島政二郎といえば落語と芥川龍之介でお馴染みでしたが、もうひとつ、きっちり100歳を生きたダンディなハンサムな人として私の中に生きています。
荷風存命時に、尊敬の念を込めて書いた荷風論で10のうち9まで礼讃してホンの一つ批判したら、終生恨みを招いたという記述は、とても奥が深い。
論争や相互批評などというものがなくなって久しい今の文学界ですが、少し前に(あの!)高橋源一郎にして、小説は小説家にしかわからない発言で極限に達したと思いますが、荷風のこの時の反応は、自らの転換を果たすかも知れない機会を永遠に逃してしまった、誤判断だった気もします。
小島政二郎が何者なのか、を、この時の荷風はほとんど認識できていなかったのだと思います。2、3冊読んだだけでも彼の文学の造詣の深さ・分析力の先鋭さが際立っているのが判りますが、荷風は頑固に判ろうとしなかった。
彼は、本当に誰よりも永井荷風を愛し尊敬して、そしてその可能性を信じていたのですが・・・・
いわく「荷風は日本には珍しい血の冷たいエゴイストである」
「あのエゴイズムを剥き出しにして現実を生活しなかったことを私はかえすがえすも、彼のためにも、日本文壇のためにも、大きな損失だったと思う」
「彼自身のエゴイズムがいかに現実生活と悪戦苦闘したかを書かせたら、日本にたった一人の特異な小説家が生まれ出たと思うのだ」
「財産があったばかりに、彼独特のエゴイズムを直接現実生活に接触する機会をなからしめ、逃避の、一人よがりの、隠居のような、趣味の生活に一生を終わらせたことは、一生を誤ったとしか思えず、あたら才能を完全に発揮させず一生を終わらせたことは、幾ら考えても残念で残念で仕方がない」・・・
だがしかし、・・残念で残念で、と繰り返し嘆くしかない情けない小説家が、その結果とてつもなく哀愁に満ちた稀有な貴重な存在として、私たちの前に生きているのです。詳細をみるコメント0件をすべて表示