賢者の弟子を名乗る賢者~マリアナの遠き日~ 1 (ライドコミックス)
- マイクロマガジン社 (2022年1月31日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (160ページ)
- / ISBN・EAN: 9784867162385
作品紹介・あらすじ
「実は10年ほど前、ひとりの女の子を預かったんです」。賢者を30年待ち続けたマリアナが紡ぐ、いつかの思い出。
感想・レビュー・書評
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三分の一のピリオドを待ち続ける彼女と、探し求める少女とのコントラスト。
「わし、かわいい(わしかわ)」のフレーズでもおなじみ、旅風情を楽しむ異世界転移TSファンタジー『賢者の弟子を名乗る賢者』のスピンオフ作品のひとつになります。
スピンオフも場合によりけりですが、先に大まかな評価を申し上げておくと短いながらも「すえみつぢっか」先生の本編コミカライズに次ぐ完成度です。よってファンの方にも問題なくおススメできます。
本編と干渉したり必須といえる設定が飛び出すストーリーではありません。反面齟齬や矛盾を生むわけでもなく、「あり得たかもしれない」と本編に挿し込める地続きのエピソードとして成立しています。
私個人としては本編に逆輸入されて触れられてもおかしくはないと考えますが、お墨付きを得なくても構わないかも。押さえれば奥行きが増すタイプの派生作品ですが、しっかり単独でも楽しめると思います。
さて、今回の主人公はタイトルにもある通りに本編主人公「ダンブルフ」あらため「ミラ」の奥さん役、パートナーといって間違いなく過言ではない補佐官の「マリアナ」です。
外界に出て探索や観光に大忙しな主人公が動き回るのとは反対に、彼女のホームポイントである「アルカイト王国」を動かず、主人の帰る場所と財産を三十年守り続けた人です。
主人がなぜか女の子になって帰ってきて、同衾しても問題なしな身の上になった経緯については本編をご参照いただくとして。
マリアナがミラ様相手に寝物語とばかりにしてくれた過去の話が本作となります。
構成上、本編主人公の出番は最初と幕間と最後のみですが、代わりにマリアナの奮闘をご賞味ください。
そんなマリアナは「三神国防衛戦」という作品世界における歴史的事件から間もなく、主人公たちの母国も少々被害を受けて復興の途にあるそんな折に、ひとりの女の子を一時預かった経緯について語ります。
十年前といえば、遠すぎずもせず近すぎもせずですが、それに加えて主人公が親友でもある国王「ソロモン」の命を受け動き出すことになった直接の原因が上記の事件にあったりもします。
いわば作品の前提となっておる設定年代が実際に触れられること、本編中で伝聞だけで語られたエピソードを追体験できることは大きい。本編補完というスピンオフの仕事を十全に果たしてくださっています。
アーマードジープ誕生に至る軌跡のひとつとして、国王相手にも物怖じしない彼女の勇姿をご覧あれ。
また、情報量としては一巻分とごく限られています。入り口にベターな作品ともいえるでしょう。
シナリオの流れに沿えばそのまま一巻の内容に入っていけるので主の帰還を待ち続けたマリアナの哀しみと気丈さ、そして喜びがダイレクトに伝わるのは大きい。新規読者に優しい作品だとも思いました。
というわけで、改めてストーリーの概要を説明しておきます。
任務中に行方不明になった兵士の娘で、不安を抱えながら父の帰りを待ち続ける小さな女の子「リズ」、そんな彼女を自身と重ね合わせたか、共に暮らすことになったマリアナとのふたりの交流の記録です。
で、リズは聞き分けがないかといえば、理をもって諭せばきちんと受け入れる。
無鉄砲な行動もとるけれど、年の頃合いを考えれば仕方がないし反省もしてくれる。
きちんと周囲の大人たちもフォローを入れるし、マリアナの境遇と意図的な重ね合わせを入れているのでピンチこそ演出するものの、ハッピーエンドは保証されている。基本はしっかり者で手がかからない。
以上のように、作中におけるリズの立ち位置はなかなか巧緻を極めます。
本編からして優しいように見えて、わりとシビアな現実が視界の隅に見え隠れする作品世界なんですが、上手く不快感を和らげながら、きちんと筋道を立てています。
本編からして、主人公を必ずしも完全無欠な存在として描くわけでなく、隙を多くして親しみを持たせながら調停者としての役割も担わせるなどして大きな流れに組み込んでいる巧みさが光るわけですから。
ハッピーエンドがリズが動いたからこそ掴めたバランスと演出だったのは、王道ながら悪くないです。
対するマリアナも相手を幼いながらも個人と認めて、目線を合わせて向き合っている辺りが上手いです。背伸びしがちなリズを諭す際も相手を上手く立てたりといった過程をちゃんと挟むので、見守る読者としても安心感があります。時には悩んじゃうんですけど、その辺は事情を酌めば当然ですね。
というわけで第一巻はマリアナとリズの出会い、街での交流と、同年代の子ども達との小さな冒険のはじまり――、ただし子どものやることがそうそううまく運ぶとは……といったところで〆です。
そこに至るまで奇をてらわない王道なのでいろんな意味で読みやすいと思います。基本ほのぼのですし。
なお、作画面について触れておくと安定感があります。原作の挿画を務めた「藤ちょこ」先生、続いた「すえみつぢっか」先生の作画を踏襲しており、特にケチをつけるところは見当たりません。
強いて言うなら、顔のバランスが時々ちょっと気になるかな程度ですが、この辺は個性で流せる範囲でしょう。ファンタジー世界における一般的な街角や森林、洞窟など描くべきところを外していません。
着せ替えシーンはやっぱ好きだなって思うのと、戦闘をメインに据えた作品ではありませんが、そういった場面では緊迫感はしっかり出てますねって思ったりもしました。
普通、というのが誉め言葉になるかもしれませんが、いらない減点を徹底的に避けている上に、話の骨子もしっかりしているので、結果的に本編へのリスペクトと好評が付いてくる作品といえましょう。
巻末には原作者「すえみつぢっか」先生書下ろしの短編『約束』を収録です。
内容としてはダンブルフ時代の英雄譚を思い出の品をきっかけに思い出したマリアナ目線で振り返りつつ、最後はふたりの間で結ばれたかけがえのない約束の品を前に思いを新たにするというものです。
本編で触れられたミラ視点から触れられているので情報という意味では真新しさはありませんが、問題はそこではなくマリアナ視点というだけでこの短編には価値があります。
事実はひとつでも、人によって見えてくるもの、思うものは異なります。よって、現地民であり非戦闘員であり、待つ側であるマリアナを主人公に据えるスピンオフにこの作品を置く意味は大きい。
以上。
全二巻でコンパクトにまとまっているからこそより輝きを放つ、均整の取れた作品だと思う次第です。
前日譚というにはいささか日常に寄った作品かもしれませんが、本編の良さを凝縮している部分も大いにありますし、世界を演出する上で欠かせない市井の人の生活を切り出すのもいい試みに他なりません。
続く二巻では、リズたちの小冒険が少しのうねりを起こして、幸せな結末を運んできてくれますよ。詳細をみるコメント0件をすべて表示