人は食べなくても生きられる: 不食 但し「使用上の注意をよく守って正しくお使いください」
- 三五館 (2004年10月1日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (204ページ)
- / ISBN・EAN: 9784883203055
感想・レビュー・書評
-
著者の知性に好感を持ちました。
私は不食ではありませんが、少食で、一日1.5食で十分と思って暮らしている人ですが、著者の考えと共通するものも多々感じました。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
怪書というか奇書というか、著者の「個性」がにじみ出た本だ。表紙をめくると、下着姿で立つ著者の全身写真にちょっと引いてしまった。
ただ、内容はいたって真面目で、断食による自らの体の変化を克明に記録している。食べないことが健康につながるというのは医学的にもある程度納得できるし、真摯な態度には好感が持てる。心身ともに強靭な感じのする人だ。
「不食」の次は「不眠」を試すそうだから、その結果を注目したい。それにしても、この山田さんという人、実際に会ったらどんな人なのだろう? -
不食の記録。
-
断食ではなく、食べない 不食である。
その論理的構成力と編集力がなんとも言えず、
微笑ましいのだ。
不食になると ウンチをしなくてもいいのだろうか?
などと 下世話な話になるが、
このかたは いたって マジメで淡々と 語るのである。
不食の根拠
①ドリーの可能性
乳腺細胞が受精卵細胞に復帰した。
②クラゲの逆成長;エサがないと発生初期の胚になる。
③青汁断食の驚異;甲田光男
④不食の聖女 テレーゼの奇跡
⑤川魚はエサなしで何日生きるのか? ミジンコはみえない。
⑥植物の不食実験。
食べないで生きることが快感となる。
腐ったものを食べる。
発酵と腐敗の区別ができていない。
食べないでいると『精妙体』となる。
太った勇者はいない。
進化とは 個体の中で起こることではないのだが
個体での進化を 考察する。
じつに 論理的なように見えて
飛躍しているところが 気持ちいい。
まぁ。
食べなくて生きることができるのは、
なんらかの 途中のブレーキみたいなものだろう。
余力と慣性で生きる。
食べなくても生きられると思うことが
なによりも 重要なことだ。
観念論的実践家。
眠らなくても生きることができる
という本も つくれそうだ。 -
出来の悪い翻訳かと思うほどに日本語がくどくて読み辛い。こりゃあタイトル・目次以上の発見はなさそうかも…とレビューをチェックしたら、案の定そんな臭いのコメントが多いので、読むのをやめた。
-
著者は、仙道・ヨーガ・気功などの修行者ではなく、長南年恵や丁静さんのような色々な能力を発揮している訳でもない、ただの50過ぎのオジさんのようです。
それでいて、タイトルのようなことを考え、3年程実践しているとのこと。
ただ、残念ながら、絶食ではなく、時々微食とのこと。
素人らしく、文章の構成や論旨のまとめ方などに劣り、かなり読み難い。
編集者よ、ちったー校正・助言しろよ!!と言いたい所。(笑)
また、実際の微食への進め方などの具体例が載っておらず、余り役に立たない。
我々仙道修行者は、修行の結果絶食に至ると考えているが、この著者は、絶食により、仙人のような身体を目指す、という所が新鮮。
まあ、「列仙伝」の毛女なんかは、松の葉だけを食べて仙人になった、とかいう話しだし。
試してみてもいいのだが、食わないと陽気が発生し難いんだよねー。 -
本のタイトルからして、普通ではない感じ。
そして、そのタイトルの下に写っている
著者の山田鷹夫さん、スキンヘッドで、
これまた普通ではない感じ。
そういうことで、数年前にこの本を手にした時は、
そのまま本棚に戻したのだったが・・・。
それ以来、自分なりに「食」のことを勉強してきて、
これはもしかして、真理の一部をついているのかも、
という思いに駆られて、買って読むことに・・・。
そして、読んだ感想は、山田さんの「実践」を
一笑に付すということは、もちろん出来ない、
何かを感じたのだった。
本をまとめ終わって、私は自然に笑ってしまった、
やっぱり、この山田さんはすごい人で、
学ぶべき何かは必ずあるということの確信で。
「本から」
「食べないということはなによりも歓びである!」
目指す頂点は不食にあるが、その過程では減食・
微食を通る。
不食に至った要因として、小倉重成著の『一日一食健康法』
という本があった。
消化は身体に負担を強いる以外の何ものでもない。
分かることは身体と精神が透明であれば、食欲は
湧いてこない。身体と心が、濁っているとその濁りが
食欲となって現れる。食べない人間は澄んでいる。
食べる必要のない人間の身体は美しい。心も精神も
澄み渡っている、とだれも言わないけれど僕は言う。 -
少食に興味があって読んだ本です。
内容は独特で面白いのですが、
自分で実践するにはまだハードルが高いなぁという気がしました。 -
人間の根本となる食事を根底から見直すという示唆に富んでいる。
著者は全く食べないわけではないのだが『食べない』ことを基本においているので不食と言っても差し支えないのではないだろうか。