聞書水俣民衆史 第一巻: 明治の村

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  • Amazon.co.jp ・本 (292ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784883230303

作品紹介・あらすじ

第一巻「明治の村」1870〜1910年頃
▼肥後と薩摩の藩境。山並が海にせまり、二筋の小河川が、申し訳なさそうに僅かな沖積地を形作っている。その谷間と平地が、水俣村である。細川藩は、藩境警備のため、多数の士族をこの小村に配備した。苛酷な年貢と士族の支配。農民は、幕藩時代長く軛につながれていた。
▼聞書は、民衆のはるかな記憶をたどり、暗雲の切れ間のような明治維新から始まる。村は、たちまち西南の役の激戦地となる。その後、この村のたどつた激動の運命を暗示するかのようにー。ともあれ、明治の水俣村は、新生の日本資本主義と共に、歩みを始める。地租−金納制に対し、自然経済下にあった農民は、途方に暮れる。作る米麦は、売るどころか食うに足りず、村の産業は、ささやかな塩田のみ。あるいは、山に道路がつき、原始林に斧が入るにつれ山仕事のみ。農民には、金の作りようがなく、博打が流行る。そこに金貸しが登場する。農民の狭隘な田畑は、たちまち取り上げられ、金貸しは地主に、農民は小作人になる。明治末には、村は疲弊の極に達し、村人は一村流亡の淵に立つ。間書は、縦糸として、その歴史の経緯を追う。
▼一方、明泊の水俣村は、草深い共同体の村であった。狐狸妖怪は人間と共存し、乞食や瞽女、浪花節語りなどが村を訪れ、疫病は村に満ちていた。女の子は、子守から娘になった。男の子は、百姓の下男から青年になり、一五才になると同時に青年組に入った。娘は形式的にこそ青年組に従属したが、実質的には自由であり、青年と対等であった。一東洋的共同体とは、われわれになつかしい言葉である。その共同体の論理は、資本主義の論理とは異なり、独自の世界を形成していた。聞書は、横糸として、人々に東洋の片隅、日本の南九州の共同体の物語を聞く。
▼話を聞いた村の古老たち一かつての村の青年と娘たちは、今日では全て鬼籍に入った。墓場寸前で、民衆が語り残した明治の村、それが本巻である。

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