エネルギー業界の破壊的イノベーション

  • エネルギーフォーラム
3.23
  • (0)
  • (5)
  • (6)
  • (2)
  • (0)
本棚登録 : 70
感想 : 5
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (168ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784885554919

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • I-2-2. エネルギーサービスのワンストップ化が起こる背景
    I-2-2-1. エネルギーシステムワンストップ化の構造的背景
     エネルギーサービスと、その他周辺を含めたサービスの統合化・ワンストップ化は、制度面と技術面が両輪になって進んできているといえる。ここの取り組みは、欧米では目新しいものではない。
     例えば、欧米のエネルギー供給会社は、以前より、「デュアルフュエル」という形で電気とガスを両方提供している。英国のエネルギー供給会社であるBritish Gas(Centrica)社は、エネルギーに加えてホームオートメーションなどの家庭向けの非エネルギーサービスやカーシェアリング事業への投資も行っている。
     これらの状況から、まず、市場の自由化が、サービスの統合化・ワンストップ化が起こる最も重要な要因であるといえる。市場が自由化することで、複数のサービスを統合して提供することが可能になり、さらに、事業者間の競争が起こることで自社の競争力向上のためにサービスの統合化・ワンストップ化を進めるインセンティブが高まる。供給者を限定する規制という制約が取り除かれ、事業者間の競争が起こることで、各事業者には、自社の競争力向上のためにサービスの統合化・ワンストップ化を進めるインセンティブが働く。このことから、サービスの統合化・ワンストップ化には、各事業者の競争力向上に寄与し得る一定のメリットがあるといえる。サービスの統合化・ワンストップ化によるメリットとしては、以下が挙げられる。
    〈メリット 1〉
     サービスを統合化・ワンストップ化することで、事業者は最適なソリューションを選択・組み合わせたり、サービス間の連携で新たなソリューションを見出して、顧客に提供することができ、自社のソリューションの競争力を高めることができる。
    〈メリット2〉
     複数のサービスを同一の顧客に提供することで、営業コストを下げ、利益率を高めることが見込める。今後、電力の総コストに占める燃料費の割合低下に伴い、営業コストの割合が高まることが予想されるため、このメリットの追及の重要度が高まることが想定される。
    〈メリット3〉
     顧客の視点から見て、サービスが統合化・ワンストップ化されることは、サービスごとに異なる事業者を探索し、複数の事業者と契約することにかかる手間(検索コストと契約コスト)を減らすことができる。

     一方で、必ずしもすべてのサービスが統合されていない状況から、サービスのワンストップ化には、メリットのみではなく、デメリットもあることは明らかである。主なデメリットとしては、サービスをワンストップ化することで、サービス提供、および営業活動における習熟度を高めることに多くのコストがかかるようになることが挙げられる。複数のサービスをワンストップ化して提供するためには、より多くの知見が求められる。そのため、人員のトレーニングなどにかかるコストが増大化し得る。また、そもそも他領域で深い知見を保つことが困難なことから、専業でサービスを行う場合に比べ、質の高いサービスの提供を行うことが困難となる。これらの問題を解決するために、組織ごとに専門部隊を置くような方策を採れば、サービス間のシナジーが低下して、ワンストップ化のメリットが薄れる結果につながりかねない。また、複数のサービスを提供することは、組織の肥大化を招き、管理コスト・コミュニケーションコストが上昇するリスクも想定される。
     以上の状況から、「制度的な制約が取り除かれ、かつ事業者間の競争が活性化してきた際に、複数サービスを統合することによるメリットがデメリットを上回った場合」において、サービスの統合化は起こり得るものといえる。
     それでは、なぜ先ほど述べたようなエネルギーサービスと、その他周辺を含めたサービスの統合化・ワンストップ化が起こっているのだろうか。日本に関しては、その一因として、前述のとおり、エネルギー市場の自由化(2016年:電力小売市場全面自由化、 2017年:都市ガス小売市場全面自由化)が挙げられる。しかし、1990年代後半から2000年代前半に自由化を果たした欧米市場においても、サービス統合化の動きは進んできている。
     この背景には、①ICT技術を中心とする技術の発展により統合化・ワンストップ化のメリットが向上し、デメリットが低下してきていること、および②分散化の進展などにより既存のエネルギー関連事業者がより本格的な競争を強いられるようになってきていることが挙げられる。

    ①ICT技術を中心とする技術の発展の影響
     ICT技術の発展により、データ取得・処理コストが下がり、 分析能力が向上してきたことで、データを活用して、各サービスのレベルを高めること、および複数のサービスを最適に組み合わせることが容易になってきた。また、各サービスが自動化することで、複数サービスの提供にかかるコスト(教育コストを含む人的な負担)が下がってきている。
     例えば、ICT技術を活用して、エネルギー使用データを収集・分析し、より精度の高い省エネルギー提案や、改修につながる設備機器提案をできるようになってきた。また、省エネルギー提案などをする際に、エネルギーデータを分析し、省エネルギー提案内容を策定するための人的な負担が低下してきている。
     さらに、例えば従来は、警備会社がエネルギーサービス提供を考える際に、営業コストを共通化できる<メリット2>顧客に対する窓口を一本化できる<メリット3>といったメリットしか想定されなかった。しかし、ICT技術を用い、安価にエネルギーデータを集め、それらを分析するサービスを実現することで、在宅状況などを把握して、警備サービスの競争力を高めるといったソリューションを生み出すことができる<メリット1>ようになってきている。

    ②分散化の進展などによる影響
     既存のエネルギー事業者は、世界的に再生可能エネルギーが増え、エネルギーシステムの分散化が進むことで、従来の事業領域内での競争に従事しているのみでは、現在の事業規模を維持できないという危機感を持っている。そのため、新たな収益源として、従来の領域を出て、他業界においても本格的な競争に挑むインセンティブが高まってきている
     例えば、前述のTotal社がSunPower社を買収した背景には、最終エネルギー消費に占める電力比率が高まっており、かつ発電に占める再生可能エネルギーの比率も高まっていることを受け、オイル&ガス業界のプレーヤーとして、総合エネルギー企業としての競争を本格的に行うことが必須となってきていることがある。


    ■資源開発・生産、 (集中型) 発電
     まず、資源開発・生産に関わる運転制御および資産保有・保全に関わる付加価値、および集中型の大型発電設備の運転・制御に関する付加価値は、大きく減少することが想定される。これは、再生可能エネルギー(分散電源)が普及拡大することで、大型の火力発電をはじめとする従来型の設備への依存度が大きく減少することに起因する。需要を満たすために、燃料を使うことや大型発電設備に依存することが少なくなっていくものと想定される。
     一方で、集中型の大型発電設備の資産保有・保全に関する付加価値は、短・中期的には増大することが想定される。これは、太陽光発電や風力発といった不安定な発電設備の普及拡大に伴い、系統の需給調整(同時同量)に対するニーズが増大し、結果として柔軟な運用ができる発電設備に対する需要が高まるからである。
     このことは、換言すれば、 「電力供給に関わる電力量価値 (kWh価値)が下がり、容量価値や調整力価値(kW価値)が上がる」ということもできる。すなわち、限界費用の低い再生可能エネルギーが増えることで、発電電力量に対する価値は下がるが、それらを活用し、需給バランスを取るための機能に対する価値は高まっていくのである。
     この現象は、すでに再生可能エネルギー導入量が多い地域で顕在化している。図14は、ドイツでの電力量取引価格の推移を示したものである。同図より、ドイツのkWh価値(電力量価値)が2006年から2016年の10年間で大きく低下したことが見て取れる。
     一方で、kW価値に相当するドイツ国内の調整力需要は、再生可能エネルギーの増加に伴って、2033年には2011年比で最大90%増加すると試算されている。このため、今後はkW(調整量価値) が高まること が想定され得る。
     しかし、長期的に見れば、このkW価値(容量価値・調整力価値)も減少していくことが想定される。これは、電池などの調整に資するリソースの価格が下がって普及することで、集中型の大型発電により給調整を行う必要がなくなってくるためである。また、ICT技術の発展により、再生可能エネルギーの予測精度が上がったり、をより高度かつ安価に制御できるようになってきたりすることも、集中型の大型発電による需給調整の必要性を低下させるといえる。そのため、資源開発・生産、燃料輸送、集中型発電といった電力供給の上流に関わる付加価値は、長期的には総じて減少していくことが想定される。


     GE社は、分散電源の拡大に対応するためのソフトウェア開発に積極的である一方で、分散電源のハードウェア製造からは距離を置きつつあるようにも見受けられる。例えば、GE社は、独自技術の蓄電池である「Durathon Battery」を開発・製造していたが、近年その規模を縮小している。同書電池は、放電できる出力に対して充電できる容量の大きいタイプの蓄電池であり、米国内でも風力発電所や米軍基地などに導入されていた。しかし、2015年1月にニューヨーク州の工場を400人体制から50人体制に大幅に縮小した。2011年に工場が開業したときには、当時のCEO(最高経営責任者)であったジェフ・イメルトは2016年までに売上高5億ドル、2020年までに10億ドルを目指すとしていたが、結果として同氏が期待していたほどには需要が伸びず、蓄電池の製造から一歩引いている。また、GE社は、EV充電器の製造・運用も行っており、商業向けに1800カ所、家庭向けに8000カ所のネットワークを有していた。しかし、2017年6月に同事業を前出のChargePoint社に売却し、EV充電の事業から撤退している。
     これらの動きからGE社は、分散電源のハードウェア製造からソフトウェア開発へと、注力する領域を変えてきているように見受けられる。これは、エネルギーシステムの分散化が進展するなかにあっても、分散電源の開発製造よりも、それらを制御するソフトウェアに付加価値が移っていると見ているためと想定される。特に製造業からソフトウェア企業への変を狙うGE社にとって、変革しつつあるエネルギーシステムのなかで、分散電源の制御ソフトウェアの分野で地位を築くことを狙って、事業の選択と集中やベンチャー企業への出資などを進めているものと見られる。ただし、先述のとおり、GE社の2017年の業績は、発電部門の収益低下に伴って悪化しており、こうしたソフトウェア事業強化の取り組みが、実を結ぶかどうかは意見が分かれるところである。実際にGE社は、新社長のもとで事業構造改革に取り組んでいる。一方で、着目すべきは、GE社が大手の製造業事業者の中で、いち早く市場変化に対応し、収益の源泉をシフトするためのチャレンジを実行している、という点である。その意味でGE社の取り組みは、日本の機器メーカーにとっても示唆に富んでいるといえるだろう。


    ■獲得していくべき付加価値
    短中期 (図34):
     分散電源やワンストップ化の事業機会が先進地域で拡大し、日本でも顕在化する。先進地域では、再生可能エネルギーが増加することでkWhの価値が低下し、大規模発電の収益性が低下するものの、容量価値や調整力価値(kW価値)は増加する。加えて、再生可能エネルギーの増加とともに送配電の設備投資が進む。特に配電系統は、増加する分散型電源を適切に制御することでDERMSの導入が進む。小売領域は、特に自由化が進展する地域において、分散電源を用いて定額料金で電力供給を行うサービスやホームオートメーションを活用した利便性を追及するサービスが提供される。
     付加価値が高まる領域は、下記の領域となる。
     集中型発電は、総じて付加価値が低下するものの、容量価値やkW価値は増加する。
     送電は、再生可能エネルギーの普及拡大により、地域間での電力融通による需給調整がさらに重要となるため、設備保有・保全の付加価値が増加する。
     配電は、分散電源の増加により、設備の保有・保全と運転制御の双方の付加価値が増加する。配電システムを管理する事業者は、分散電源を増加させるために配電システムの増強、もしくは配電システムの制約を踏まえたうえでの分散電源の導入と制御を行うことが求められる。すなわち、分散電源が増加することにより、データ収集・設備制約や系統制約を踏まえた設備管理、最適な分散電源制御をDERMSにより、運用することになる。
     小売は、分散電源を組み合わせた小売サービス(太陽光発電、BESS、EV、マイクログリッドなど)、分散電源を活用した定額料金メニューなど、新たな料金メニューによる差別化や、エネルギーサービスのパフォーマンスコントラクトによる差別化で付加価値獲得が想定される。関連サービスは、ホームオートメーションやホームサービスなど、一部の非エネルギー分野のサービスを組み合わせた付加価値獲得が考えられる。

    長期 (図35):
     分散電源の普及がさらに進み、需要家側に設置された太陽光発電、定置善電池、EVを利用したマイクログリッドやZEH、ZEBが増加する。また、ブロックチェーンを活用したプロシューマー間でのP2Pの電力取引が、配電系統にて実施される可能性がある。需要家や配電系統に閉じた電力システムの運用の割合が高まることで、大規模発電や送電設備は、調整力や非常時のバックアップとしての位置付けが強くなり、付加価値が減少する。
     一方で、DERMSなどの配電系統運用プラットフォームやブロックチェーン技術を活用したP2Pのプラットフォームを提供する特定の事業者の付加価値が高まる可能性がある。また、関連サービスのなかでも、顧客との接点を保有し、エネルギーに留まらない関連サービスを提供する事業者の付加価値が高まることが想定される。関連サービスとして、セキュリティやホームオートメーション、ホームサービス、EV、CATV、インターネット、携帯電話、設備管理、保険、各種ポイントサービスなどが想定される。この際にパフォーマンスコントラクトの利用拡大も進む。

  • 少し前に読んだ似たテーマの「欧米先進事例に学ぶデジタル時代の電力イノベーション戦略」の方が少し古いが内容は充実していた。
    今後日本で起こる電力業界の変化について学びにはなるが、比較すると内容に重複が多くやや浅い。


    以下個人的に参考になったことのメモ

    ・EVの充電スタンドは電事法の規制対象外と判断されている。kWhで販売する場合は必要だが時間単位なら不要とのこと。しかし出力により値段が変わるためわかりにくい。

    ・Green mountain power マイクログリッドを電力系統に連携させ、周波数調整サービスで、運用コスト低減を図っている。非常用に活躍もできるため、政府の補助金含めると10年で投資回収。
    米国では40%のマイクログリッドがPPA

    パフォーマンスコントラスト
    ・ESPC 省エネルギー関連サービス、米国では16年時点で年間数千億円規模の市場、
    ・PEA 需要家向け蓄電池ソリューション

  • 海外のエネルギー事業の動向がまとめられている。
    再生可能エネルギーの増加に伴い、分散型発電による「エネルギーシステムの分散化」と、様々な販売サービスが統合されて、1つのサービスとして提供される「エネルギーサービスのワンストップ化」が進んでいるとのこと。
    日本でも、電力・ガスの小売事業自由化の次は、このような変化が起こり得ることを感じた。

  • エネルギー業界の環境変化を主に、海外の事例をもとに解説した書籍である。
    ページ数にして165ページ程度の内容なので、概略ではあるが各社の戦略が透けて見える部分もあり、初学者にとっては読みやすい内容と思う。
    個人的にはエネルギー業界のバリューチェーンに関する付加価値がどのように変化するか論じた部分が特に参考になった。 配電、送電、小売という分類と短期、長期という時系列別に分けて論じているのでわかりやすい。
    また、海外の事例としては自由化が進むイギリス、規制を残したまま分散化が進むカリフォルニアなど地域による特色も見えてくる。

全5件中 1 - 5件を表示

著者プロフィール

サステナビリティ事業コンサルティング部カーボンニュートラル戦略グループマネージャーの稲垣彰徳氏を中心に執筆。

「2022年 『カーボンニュートラル』 で使われていた紹介文から引用しています。」

野村総合研究所の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×