- Amazon.co.jp ・本 (364ページ)
- / ISBN・EAN: 9784901019880
感想・レビュー・書評
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「時調(シジョ)」は、3行45字内外を基本形とするハングルで書かれた定型詩歌。
時調の起源については諸説あるが、高麗歌謡変容説が有力であり、12世紀から14世紀末期にかけて定着した。作者が王室から妓女に至るまで、あらゆる階級の国民であった時調は、長久なる歴史と連綿たる伝統をもって今日まで存続している。
朝鮮王朝時代の詩歌について書物を探していたところ、時調というものに出合うことができた。わたしは本書を読むまでは、時調はハングル(1443年に第4代国王 世宗が「訓民正音」の名で公布)が誕生する以前から存在した詩歌なので、疑うことなく漢字で書かれたものだと思っていた。だから時調がハングルで書かれているのを初めて見たときは大変驚いた。
じゃあ、ハングルが公になる前の時調はどうしていたのだろう。
この本には、その辺りの説明がなかったので、ネットなどで自分なり調べてみた。
たとえば高麗時代に「丹心歌」という漢訳された時調があるのだけれど、これを漢字音で詠むと時調の音節を持つ定型詩歌とは程遠いものになる。ということは、ハングルが誕生する以前の時調は、漢訳で書かれた詩ではあるけれど、漢字音で詠んだものではないはずだ。
ではこの漢訳詩は何を元に書かれたのだろう。
その答えは口伝であった。時調は郷歌のように自国語で歌われ、口伝されてきたものだった。
つまり朝鮮語でうたわれていた時調→漢訳→ハングル創製以降、口伝どおりハングルで表記、という具合になる。
この本には現存する古時調約4500首のなかから443首を抜粋して、注釈・翻訳・解説が加えられた作品が掲載されている。
それぞれの作者紹介については簡単にではあるけれど、なかなか興味深い説明となっている。また❲挿話❳や❲背景❳、❲余談❳も随所にちりばめられていて面白い。まるでドラマの登場人物のような、ドラマチックな人生を歩んでいる人たちばかりだ。
そのなかのひとり、第11代国王 中宗時代の女流作家 黄真伊(ファン・ジニ)はとても気になる人物。才色兼備の名妓で、四書五経に通じ、漢詩、時調で文才を輝かせ、文人、大學者らと詩酒で交遊した女性。
黄真伊が妓生になったのは、ある青年が彼女に恋をしてしまうものの、身分の違いから叶わないことを悟り自殺した……と、いうことがあったからとも言われている。
10年のあいだ天馬山で修行して、生き仏と言われていた知足禅師を誘惑して破戒させ、また女性を遠ざけ、謹厳な性格であった王族の碧渓守をも恋の虜にした美妓、そして権力には決してなびかなかったという凛とした女性、それが黄真伊。
そんな彼女が、大學者 徐敬徳を誘惑しようとして失敗、それを期に師弟関係を結んだといわれている。黄真伊は徐敬徳を慕いやまず、彼との間に相聞歌とみられる時調が残っている。
心愚かなれば 為すこと愚かなり
万重の雲山に いかで君の訪れん
散る葉 吹く風に もしや其の人かと
徐敬徳
──心が愚かだから、することが愚かだ。
万重の雲山(比喩)に、どうして君が訪れようものか。
散る葉、吹く風の音に、もしやその人かと思うのだ。──
我いつ信無くも 君をいつ裏切りし
月沈み三更にも 訪れし様はなく
秋風に 散る葉の音よ 我とて如何せん
黄真伊
──私がいつ誠が無くて、君を裏切ったでしょうか。
月の沈んだ真夜中にも、来られた様子はなく、
秋風に散る葉の音よ、私とて、どうすることもできないのです。──
黄真伊は数え31歳の最も美しい頃に亡くなる。
彼女の時調や漢詩には恋情を詠んだものが多く、男性の作品が多いなかで、ひときわ美しく輝き、その世界観はとても色彩豊かだなと思った。そんな彼女の詩歌を、彼女の人生とともにもっと深く知りたいと思っている。詳細をみるコメント0件をすべて表示