- Amazon.co.jp ・本 (221ページ)
- / ISBN・EAN: 9784901477055
作品紹介・あらすじ
一九二〇年代、パリの区々で、芸術・革命・数学、愛の拒絶と不幸をめぐって遍歴する、クノー初期の自伝的小説。アンドレ・ブルトン率いるシュルレアリスム運動への参加と訣別をえがいた実録的な小説としてもしられる。
感想・レビュー・書評
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『あまり遠いので、帰ってこられるかどうかわからないような町があった。ある日、ブゥ・ジュルゥからバブ・フトゥへ向かう城壁沿いの道で、僕たちの前方を見つめてじっと動かない一人のアラブ人に出会った。ここまでがプロローグだ』
文体練習のクノーを余り深く考えもなしにシュルレアリスムの人であると捉えてこの本を読み始めて随分と驚かされる。言葉が生み出す可能性を広げることがシュルレアリスムの目標の一つの方向性であるならばこの自伝的な書物は全く反対の方向に言葉が連ねられている印象を与える。それが自伝的であると知らずに読んでも何か背後に具体的なものがチラつき結果としてクノーに対する印象を改めさせられることになる。言葉がドキュメンタリーのように一つの意味だけを明確に示すように並んでいる。この本の中に並べられた意図の明確さは描写しようとする具体的な事実に思い至らず明らかとならずともその余りの攻撃性によって読むものに突き刺さる。激しい憎悪。黒々とした中傷。そんなものにうなされるような思いを抱きながら辛うじて示される光明であるタイトルの示すものを頼りに読み進める。
『「すなわち数学的無意識のようなものがあるらしい。」と僕の対話の相手は大満足で言った。そしてすぐに皆に告げた。「新たに理性は敗れ去ったぞ。あらゆる領域で無意識が勝利するだろう。」』
ここで漸くこの本が括弧付きの「シュルレアリスム」の意味を問う書であるのだなと気付かされる。そして主人公を通してクノー自身が味わったと思われる捻じ曲がった結論をむりやり引き出されてしまったことに対する違和感が明らかにされる。元の仮説を提唱する真摯な気持ちが蔑ろにされる様がをその違和感通して書き連ね静かに自分に都合のよい結論を振り回す権威を凶弾する。ここに若者の失望感がひしひしと伝わってくる。
それにしても何故数学か。数学が極めて可能性の限られた単語で構築されていながら如何に深い次元にまで言及することが出来るのかということに魅せられそれを文学に応用しようとする意図でもクノーにはあったのか。それとも曖昧な言葉の解釈をめぐる無益な論争に辟易し議論の余地のない言葉で書き下せるものを理想としたのか。皮肉なことに完全な論理体系は存在しないことは数学的に証明されてしまってはいるけれど。
『するとどういうことになるのか? インスピレーションが消滅するんだ。メタファーの巻物を繰り広げたり、地口の糸玉をほどいて見せるような連中を、辛うじてインスピレーションのある者だと考える有様だ。』
集団の力を個人の力よりも価値のあるものとすることはある意味で科学的な営みを行うものにとっては自然なことである。我々は皆先達の成し遂げた偉業の上にほんのささやかなものを積み重ねるだけであるという事実は当の本人の本心であったか否かは置いておくとしてもかのニュートンの言葉だ。しかしそれが政治的な意図と結び付き団体研究という新たな権威を纏う時必ずしも健全な方向に向かうとは限らないことは古代ギリシャのアカデミアからソビエト時代の教条主義まで数々の例のある通りでもある。クノーがそんな集団の力を信じていたというのは大いに意外だけれどインスピレーションの下りを読む限りマルクス主義とはやはり相容れないものがクノーの美意識の根底にあることは明らかなことのように思う。解説にあるシュルレアリスムの内部分裂の諍いに巻き込まれなくても早晩クノーは個人による言葉の可能性追求の旅に出ることになったに違いない。青春の蹉跌。そんな言葉が自然と浮かぶ。そんな中で蜃気楼のように描かれながら強い印象を残すオディール。若さゆえの夢遊病的な彷徨の中にクノーが見出した光明が何も説明はされていないというのに輝いていることが全編から受ける印象とはちぐはぐでありながら好もしく思えてしまうのは仕方のないことなのだろう。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
あらゆる方法的小説・詩をものしたレーモン・クノーの、あまりに素朴な自伝的小説。「孤独者」の視点から、シュルレアリスム運動との距離感を描いている。
シュルレアリスム運動の中心人物、アンドレ・ブルトンがモデルになった人物(というかほとんど本人)が登場する。
「僕」の数学に関する見解がアングラレス(ブルトン)によって「数学的無意識」なるいかがわしい言葉で歪曲されてしまう場面にひどく共感。
こういう、なんでも自分の都合のいいように相手の意見をねじ曲げる権威あるおじさんっているよね。悲しいことに、けっこう多い。