「聞き書き」をはじめよう

著者 :
  • 木星舎
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感想 : 5
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  • Amazon.co.jp ・本 (145ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784901483537

感想・レビュー・書評

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  • 山内さん推薦

  • これからやろうとしていることに関してとても参考になった。昔うちの母が公民館講座でやってたのを思い出した。

  • 挿入されている聞き書きの内容に感動した!聞き書きと取材の違いがよくわかった。

  • 割と得意かもしれない
    カウンセラーの訓練を受けていると話をしてもらうことにはなれているし技術もある
    前提となる関係性によって語る内容も変わるだろう
    研究の方法として使うなら,半構造化面接が共通した話題で比較が可能になるので分がある。しかし,その人の体験の特殊性を文字化するにはその人の世界観をその人に語ってもらう方がよい。
    もう少し勉強と研究をしよう。

  • 『叡智が失われる前に/渋沢寿一』のレビューをこちらに。



    その地域にの人たちの生活の中に入っていくには、聞き書きからスタートうすることが一番早いと思うからなんです

    私たちが森を守れるかというと、ボランテイアや私たちの手もお貸しするけれど、結局そこに住んでいるその地域の人たちに、もう一回森を大切に思ってもらい、生活の中で森を守ってもらうという形に変えていかないと、なかなかそういうふうにはなっていかないだろう

    稲のいのちをもらって人間のいのちをまかなっていくという、いのちの循環、つないでいくという行為が、生きるという行為だったんだと思うんですが、すべてが儲けや品質表示だとかいう経済用語で語られている

    誰も自分たちのいのちを養うための米は作ろうとしない。いったい自分たちのいのちがどこにつながっているかが本当に見えなくなった時代だと思うんです

    地球というのは宇宙に浮いたひとつの星なんですから、外から何も入ってこないでその中だけで、ぐるぐる回っていくという状態なんです

    植物や植物プランクトンを動物、魚が食べ、その動物を私たちが食べているわけです。そして私たちが死ぬと、微生物によって分解されて、それが植物の栄養になって、ぐるぐる回る。

    自分の体と周辺の自然との中で自分を養っていくことができる。要するに自分を養うことの技術を身につけている人たち。そこには偏差値もお金もないのです

    ニューヨークの株が暴落すると、明日からの生活が困るんだとテレビで言っています。これから聞き書きに行くおじいちゃんたちは、ニューヨークの株が落ちようが、どこかの交際が悪くなろうが、自分で生きていくことは全部できる

    みんな夢があった


    それで村で力を合わせて一斉に田植えをするという光景がなくなりました

    今までは牛や馬、あるいは人間の労働力に依存していた日本という国が、石油とか地下資源に依存する国に変わったのが、昭和四十年前後

    それまでは、一年間の自然の生長量の中で自分の暮らしを成り立たせていきたんです

    基本的には全部自分の体を使って、歩いてだいたい二時間ぐらいの距離の中で、自分のとってきたものや自分で作ったもので成り立ってきた社会があったのです

    結局、環境問題を考えると、もう一回太陽のエネルギーで回る地球生態系に戻していかない限り、僕たちは生きていけない

    代々生活してきものをある意味で否定してきたのが、この五十年です。

    のこめが当たる感覚で、この年はどういう年だったか全部わかる

    こういう時はこうだよなって、ひく感覚を前の人から教わってきた。それはずっと続いてきた。だけど僕たちの代でふっと消える

    村落のコミュニティもこの時代に急激になくなって家族単位、個人単位で生きていくという社会に変わったのです。

    言葉では言い表せない感覚の微妙な部分を、自分の五感を使って全部受け継いできた人たちなのです

    その日の一番最初に射す朝日の光が、自分の田んぼにあたった時の稲の色を観て、今日はこの農作業をやろうと決めているのだと

    どれくらい自然を読み取ることができるかが、自分が生きていけるか生きていけないかの境目だった

    昔の人は一反で一年間、一人の人が食べていける量、300キロしか作らなかった

    元の時代に戻るんじゃなくても、少なくとも、自然を見られる感性と五感を僕たちに身につけていかないと、ほんとに森を守れる人にはなれないと思う。

    自然を読む感性の部分をくみ取るのは、実は聞き書きなのですよ。

    人間はモラルを作って水を守りましょうといっても、きれいにはならない

    自分のいのちが周辺の自然全部につながっているのだ、それによって自分が生きているのだ、ということを絶えず五感で認識していく。それが生きていくということ、それが社会の中で節度をつくっていきます。

    コミュニケーションの原点は、相手の話を聞くところからスタートしている相手の話を聞くということは、ただ言葉を聞くだけじゃなくて、相手の動き、目の光り、あるいは場が醸し出している雰囲気、におい、すべてを聞いて相手のことを受け止めることで、それがコミュニケーションの原点なんです

    日本人が言葉だけでコミュニケーションをとるようになったのは、ものすごく最近のことなのです

    昭和の一桁だいの人のボキャブラリーはだいたい500語くらい。つまり言葉だけではなくその時の場の雰囲気だとか、相手の表情とか、それから相手の動作から、相手のすべてを理解していく。言葉はわずかの部分でしかなかった。コミュニケーションってのは五感全部でやっていた。

    おじいちゃんの部屋のにおいだとか表情とか、言葉の揺れを瞬時にくみとる。その瞬間感情と感情がポンとぶつかるときがあって、「あっ、この人はこういう人間なんだ」ってわかる。ある瞬間に感情移入がすっとされるのですね。聞き書きの面白さっていうのはその瞬間をつかまえていくことなのです。

    ほんとキレそうになった子たちがものすごく落ち着いてきて、人と人の目を見て対等に話が出来るようになる。

    その高校生たちが変わっていく姿を私たちが見て、感激して目を潤ませるわけです。聞き書きという行為から抜けられなくなっていくというのは、今の私たちのこと

    世代をつなぐというのは価値観をつなぐということ

    人性を聞くということは、相手の人生をそのまま受け入れるということです。受け入れるといことがどれだけコミュニケーションを高めるか。

    聞き書きは相手の方を尊敬して人生の一部に触らせていただくという行為なのです

    言わせなきゃいけないということは、相手にしゃべらせる質問を用意しなくてはいけないし、用意した質問でも全然違う答えが出た時にその場で新しい質問を考えないといけない

    会話をつなぐときには、こちらが聞きたいことだけをつなぐんじゃなくて、天気の話もある。お孫さんはどうしているんですかもある。昔のお嫁時代のこともある。

    話し手の関心事を対話でひっぱりだしてくるのは聴き手

    一歩突っ込んだ質問を。そういう引き方をしないとどうなるんですか?
    ひっぱかれた時、悔しかったですか?

    一番困ることは、会話が途切れること。特定のことを聞こうとすると、会話が途切れる。その時には世間話に会話を振ったり、お孫さんの話に振ったりする。

    何も聞き書きをする目的の話だけを引き出すんじゃない。うまく対話をしていくということ

    村人の謙遜の部分につきあうと、ほんとの聞き書きはできません。

    何にもないよで終わっちゃうと、何にもないんですけど、そこで聴きだすすべを考える。じゃあおばあちゃん、子どものとき一番おいしかったもの何?

    人間が一番悲しいの無視をされること、自分がいきてきたことが何にも残らない

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著者プロフィール

小田豊二(おだ・とよじ)
1945年、旧満州ハルビン生まれ。早稲田大学第一政経学部卒業。出版社、デザイン会社勤務を経て、故井上ひさし率いる劇団「こまつ座」創立に参加。機関誌「the座」元編集長。著書に『フォートンの国』(そしえて)、『聞く技術・書く技術』(PHP研究所)、『日曜日のハローワーク』(東京書籍)、『鉱山(ヤマ)のビックバンド』『初代「君が代」』(以上白水社)など。聞き書き作品に『勘九郎芝居ばなし』(朝日新聞社)、『のり平のパーッといきましょう』(小学館)、『どこかで誰かが見ていてくれる 日本一の斬られ役・福本清三』(集英社)など。

「2019年 『歌舞伎さんぽ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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