精神科救急を作った著者が精神科救急で何をしているかを書いた本とでも言うべきか。
病棟の設計思想なんかも書いているが、その辺は病棟看護師ではないので未評。でも、ハードがソフトを規制し、ソフトがハードを必然のものにするという発想はどこの施設にも当てはまる話ではある。
本筋は著者が行っている精神療法にあって、これは圧巻だった。時間の概念を非常に重要視していて、精神病を記憶から形成された病的体験によって現在を喪失していると見なしている。そのうえで、精神療法を過去を紐解いて現在を共有する作業と位置づける。ディテールを聞くのも気持ちを汲むのも正しくそのための所作として目標も意図も明確。ただ曖昧に聞けばいいってもんじゃないんだね。そしてこの現在を共有する作業ってのは、正しくコメディカルがやろうとしているものだったりするんじゃなかろうか、と。精神病圏のクライエントに対してここまで侵襲的な分析治療は医者が入院病棟でする以外にないだろうと思うけど…
著者は反精神医学がお嫌いみたいだけど、精神病者の心の有り様をここまで了解可能なものとして治療に臨むスタンスは明らかにそっちに親和するところがある。もっとも、薬物療法や生理学など役立つものはなんでも使うプラグマティストなので、根本的には反精神医学とは別物だろう。
あと、本筋とは離れたところで過誤記憶問題の核心にサラッと触れているのはちょっとびっくり。
11章については別著でじっくり検討されているので詳しく読みたい方は『統合失調症あるいは精神分裂病』を読まれたし。
口は悪いけど徹底してクライエント目線。名著なので広く読まれてほしい。