- Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
- / ISBN・EAN: 9784906846849
感想・レビュー・書評
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陸軍桟橋とここを呼ばれて還らぬ死に兵ら発ちにき記憶をば継げ
近藤芳美
戦後を代表する歌人の1人、近藤芳美。「アララギ」から出発し、後続世代に影響を与えた彼の思想の核は何であったのか。40年以上も交流のあった大島史洋の近著で、その手掛かりを得ることができた。
高校時代に作歌を始めた近藤は、じめじめした日本文化を嫌い、西洋の文化や建築を生涯愛したという。合理的な発想の持ち主で、科学技術などの人間の英知を重んじていた。妻への相聞歌も有名だが、歌材の多くは、太平洋戦争末期に一兵卒だった体験、被占領下を誠実に生き抜いた知識人のまなざし、そして社会主義幻想などである。
罪あらぬもののみ罪の自責ありこの行く群集の従順を見よ
「自責」の念がなく他人任せで「従順」な愚衆の時代には、近藤短歌は読まれなくなる―そう危惧する大島の言には背筋を正される思いだ。今が、そうではないか。
そんな近藤作品に頻出する命令形にも、大島は注目している。たとえば掲出歌。結句の「継げ」は、誰が誰に向けた命令なのか。近藤が自身に言い聞かせた言葉でもあるが、より大きな、天なる声が、戦後の私たちに向けた言葉でもあるはずだ。
さて、近藤に召集令状が届いた1940年、新妻のとし子は、短歌形式のこんな電報を打っていた。「コノジダイニ ワカクイキレバ オソヒカカル イカナルコトモ ワラヒテウケム イノリツツ トシコ」。湿り気のない見事な包容力。近藤を支えたのは、この強き、かつ情愛に満ちた妻の存在だったのだ。2006年没。享年93。
(2013年9月22日掲載)詳細をみるコメント0件をすべて表示