模倣の経営学 [Kindle]

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  •  スターバックスでは、「ふだん着の交流」のための場所を、「第3の場所」と言い表している。第3の場所というのは、第1の場所である家庭とも、第2の場所である職場とも違う、安心して集える場所のことである。
     西フロリダ大学のレイ・オールデンバーグ名誉教授は、人は、家庭とも職場とも違う、形式張らない社交的な交流の場を求めているという。フランスではカフェが、イギリスではパブが、そしてドイツではビアガーデンがその役割を果たしてきたそうだ。アメリカでも、かつては居酒屋や床屋がそういった役割を果たしていたが、郊外での生活が一般的になり、このような場に集うことも少なくなった。それゆえ、人々は孤独に陥っているというのだ。
     この「第3の場所」という考え方に触れて、シュルツ氏は、スターバックスの店を見直すことになる。スターバックスの店は第3の場所になりつつあるが、まだ十分ではない。互いに会話を交わすことは少ないし、テイクアウトだけの客も多い。それでも、仲間で集い、待ち合わせの場所にも使われ始めていたので、新しくオープンする店には、より広いスペースとより多くの座席数が必要だと判断した。
     この判断は適切だった。その後、1990年代から発達するインターネット環境が、第3の場所へのニーズを高めることになる。在宅勤務者が増え、自宅でパソコンに向かって仕事をする人々が、時折、触れ合いを求めてスターバックスにやってくるようになったのである。
     こうして、スターバックスの店のあり方は、当初イメージしていたものから変化を遂げていく。もともとのコンセプトは、イタリアの立ち飲みスタイルのエスプレッソ・バーをアメリカで再現することだった。「待たずに済むスタンド式のカウンターを備えたテイクアウトの店をオフィス街に出すことだった」のである。
     しかしながら、イタリアで体験した「くつろぎと交流の場」をアメリカで追求すると、外見上はイタリアのエスプレッソ・バーとは少し違うものが出来上がった。

     スターバックスもドトールも、ヨーロッパのコーヒー文化に触れて新しいビジネスを立ち上げたのだが、まったく違うストアコンセプトのものが生まれたのは興味深い。
     スターバックスの場合、ゆったりくつろげるカフェを実現している。これは、一説によればシアトルは雨が全米一多く、ゆったりとくつろげる場所が必要だったからだとも言える。
     一方のドトールはというと、オーソドックスなフランスのカフェをモデルにしたにもかかわらず、回転率の速い立ち飲みスタイルを実現している。日本人の忙しさを顧みれば納得のいく話だ。
     ともに、遠いところから本質的な部分を倣いつつ、自らの国の脈絡に合わせて変更を加えていき、独自性を生み出した。
     倣うべき本質を見抜いたということは重要である。この章の冒頭で紹介した、シェンカー教授の「あなたは、トヨタから何を倣う?」という問いに、優れた経営者であればすぐさま答えを出すことができたのかもしれない。少なくとも、倣うべき本質は感じとれたはずだ。
     スターバックスのシュルツ氏は、個性豊かで多様なイタリアのエスプレッソ・バーをいくつも観察して、バリスタの存在感と客どうしの仲間意識が大切であることを見抜いた。はじめてイタリアのコーヒー文化に触れたその日であっても、適切に単純化して、骨子となる部分を抜き出しているわけだ。
     一方のドトールの鳥羽氏も、短い視察機関で「立ち飲みスタイルこそ最終形になる」と予見している。ドトールは、フランスのカフェから立ち飲みのヒントを得て、ドイツのチボーからコーヒーの挽き売りを学び、スイスの工場から働く環境の大切さを学んだ。ヨーロッパで視察した複数のモデルを組み合わせて、独自性の高いビジネスに仕立てていったのである。
     しかし、実際にそのイメージを適応させて事業の仕組みづくりをするのは容易なことではなかった。最初から、最適な要素を全て取捨選択できたわけではない。
     もとをただせばスターバックスもドトールも、純粋に模倣しようというところからスタートしている。
     スターバックスのシュルツ氏は、本場イタリアの500軒近いエスプレッソ・バーを徹底的に視察して、ノートや写真や動画に記録し、「どうやって本物のイタリアふうコーヒースタンドを再現するか話し合った」という。
     ところが、イタリアのエスプレッソ・バーを忠実に再現するための細かな配慮はあまり役に立たなかった。立ち飲みスタイル、BGMとしてのオペラ、イタリア語のメニュー、蝶ネクタイなど、いずれも顧客からは支持されなかったのである。
     ドトールについても、そのままというわけにはいかなかった。フランスでは、支払いは、テーブルで飲み物を給仕されると同時に済ませるのが普通だが、日本ではそういうわけにもいかない。また、低価格を実現するために、ドトールでは、機械化とセルフサービスを導入した。立ち飲みスタイルを実現するためのオペレーションはフランスのそれとはまったく異なる。要するに、単純なコピーでは済まなかったのである。
     結果的には、創造的模倣をしたことになったとしても、最初から何を模倣すべきかを達観していたわけではないのかもしれない。むしろ、その過程では徹底的に模倣し、その模倣の成功や失敗から、いろいろなことを学んだように思える。
     ドトールの鳥羽氏は、「優れた人物、優れたものがあったら、恥じることなく大いに見倣って勉強すべき」だという考えをもっている。
    「要は他の人から学びとることだ。つまり、見倣う、真似るというところから出発することが何よりも手っ取り早い方法だと考える。自分より優れた人物を捜して、その人から徹底して学び取る。学び取って、もう学び取るものがないようにしてしまうのだ」
     これまで議論してきたように、一般的には、模倣は効率の良い学習方式と考えられている。
     しかし考えてみれば、模倣というのは、忠実に再現しようとすると、実は、とても大変なことなのかもしれない。きわめて高い能力が必要とされるからだ。
     たとえば、製品にしても仕組みにしても、外から解析するといっても試行錯誤が必要とされる。100のノウハウを模倣しようと試行錯誤を重ねているうちに、200ぐらいの能力が蓄積されるようになることもあるだろう。こうして能力を高めることができれば、次のステップでオリジナリティを発揮することができる。とても負荷のかかる作業ともいえる。だとすれば、その負荷こそが成功の鍵だという、逆の見方もできる。試行錯誤と、そのプロセスにおける学びが大切だということになる。
     しんどさを嫌うと、模倣によるイノベーションは決して引き起こせない。
     創造性が生まれるロジックについて、ドトールの鳥羽氏は、次のように語っている。
    「徹底してその人に見倣い、研究し、模倣する。その過程で個人の能力は相当高まるだろう。そして、その高まった能力によって個人のオリジナリティというものが生み出されることになると思う」
     日本の古来からの舞台芸術の世界、能楽においても、自らの芸を高めるために徹底的な物学(ものまね)が推奨されている。女になる、老人になる、そして物狂いになる。その人となりに成りきることで、理解できる境地があるようだ。ビジネスの世界においても、その道を究める経営者ほど、倣うことについての姿勢ができており、模倣の鍛錬を積んでいるような気がしてならない。

     運良く、社外にも社内にも、成功事例と失敗事例が見つかったとしよう。それは、良いお手本と悪いお手本のようなものだ。ここで、もし、その中から1つ選んで学ぶことができるとしたら、あなたは、どの事例から学ぶだろうか。
    ・社外の成功(単純模倣)
    ・社外の失敗(反面教師)
    ・社内の成功(横展開)
    ・社内の失敗(自己否定)
     模範教師から倣うのか、あるいは、反面教師から学ぶのか、あるいは、社外のモデルか。
     その成功なり失敗なりが、自社のものでも他社のものでも同じなのだろうか。自分の体験と他人の経験とでは、どちらのほうが学びは深いのだろうか。
     他人の言動を観察して学ぶというのが、専門的にいうと、代理学習(Vicarious Learning)と言われる。一方、自分の成功や失敗は経験学習(Experiential Learning)と言われる。
     代理学習には少なくとも2つのメリットがある。1つは、それによってリスクを軽減できるという点だ。もし、自分ですべて試行錯誤しなければならないとしたら、そのコストは計り知れないものになる。ビジネスにおいても、たった1つの試行が致命傷になることも少なくはない。リスクが高い事業であればあるほど代理学習が有効である。
     もう1つのメリットは、代理学習によって学習時間を短縮できる点である。先人たちの行動とその結果をみれば、自分自身は時間をかけずに学ぶことができる。状況さえ類似していれば同様の結果を短期間で導くことができるし、その結果を仮の出発点として踏み台にもできる。アイザック・ニュートンの「私がさらに遠くを見ることができたとしたら、それはたんに私が巨人の肩に乗っていたからです」という言葉はあまりに有名である。
     ビジネスの世界でも、ニトリの似鳥昭雄社長は「我流はだめだ、生きている時間が少ないから。先例から教訓を学ぶ」と言う。やはり、代理学習が上手な会社は、イノベーションを引き起こすチャンスをつかむのも上手なようだ。

    「どの教師がよいか」という単純な比較は、実はそもそもの問いかけ方として問題がある。これまで紹介してきた事業創造化のケースを見ると、教師の役割を果たすお手本というのは、たった1つには限られないからである。むしろ、いくつかのタイプのお手本が組み合わさって、明確な青写真が描き出されている。
     たとえば、ヨーロッパのカフェを模倣したスターバックスは、少なくとも2つのタイプの教師から倣っていた。1つは、ヨーロッパの模範教師である。シュルツ氏は、イタリアのエスプレッソ・バーを見て、「これをアメリカに伝えるのは私の使命だ」と感じた。もう1つは、自国にある2つの反面教師である。その1つは、たんにコーヒー豆を焙煎し、農産物として販売する小売業者としてのスターバックス自身である。シュルツ氏は、自分たちがヨーロッパで培われたコーヒー文化を十分に伝えきれていないことを悟り、店でコーヒーを飲んでもらえるようにする。もう1つの反面教師は、従業員を道具のように扱うアメリカの経営である。父親が職場で苦労している様子を見て、シュルツ氏は、株主ばかりを重んじ、懸命に働いても報われないという経営はあるべき姿ではないと考えた。
     ドトールの場合も同じで、2つのタイプの教師がいた。模範となったモデルは、フランスの「立ち飲みスタイル」のカフェと、店頭で挽きたてのコーヒーを販売していたドイツのチボーである。そして反面教師となったのは、日本の喫茶店の荒廃した姿だった。「このままでは日本の喫茶店は本当にダメになってしまう」。鳥羽氏がヨーロッパへの視察に参加したのは、このような問題意識を持っていたからである。
     ヤマト運輸にも良いお手本があった。ヤマトの場合は、模範となるビジネスが、吉野家、UPS、ジャルパックと3つもあった。一方、悪いお手本というのは低い利益率で大口荷物の長距離運送をしていた自分自身であり、ヤマトはこれを自己否定した。
     また、J&Jにも2つのタイプの「お手本」がある。1つは自らの生業としての使い捨てのビジネスであり、これを模範教師とした。もう1つのお手本は、反面教師としての既存のコンタクトレンズメーカーである。既存のレンズメーカーが提供する高品質レンズは、確かに目に優しいのだが、値段が高く、手入れが面倒で破損のリスクもあった。
     このように、お手本となる模範教師だけではなく、反面教師がともなって、その青写真が明らかになる。双方のモデルが揃って、「これだ!」という確信が持てるようになる。
     それではなぜ、模範教師と反面教師の双方が必要なのだろうか。それは、良い先生にしても悪い先生にしても、どちらか一方だと判断がつき難いからである。

     守破離モデリングというのは、その上で「お手本」の教えを破り、しかる後に自らのモデルを確立するというものである。いわば、「お手本」の肯定から始まり、それを否定しながらも、最終的には最初の「お手本」と矛盾することなく調和された青写真を描くということである。
     このモデリングの由来は、言うまでもなく、守破離にある。守破離というのは、禅の考え方をベースに、能楽から茶道、そして武道へと波及した学び方の作法・思想である。一般には、まず師匠の教えを忠実に守り(守)、次にあえてその教えを破り(破)、最後に独自に発展させていく(離)という3つのステップから独自の境地にたどり着くという考え方のことを指す。18世紀の日本の茶人である川上不白の言葉を借りれば、「師が守を教え、弟子がこれを破り、両者がこれを離れてあらたに合わせあう」ということになる。
     守破離モデリングの典型として、第4章で取り上げたスターバックスを考えてみよう。シュルツ氏は、当初、イタリアでのエスプレッソ・バー体験を、アメリカで再現しようとした。全席立ち飲み、メニューはイタリア語、店内の装飾もイタリア風、そして働くバリスタにも蝶ネクタイをつけさせた。まさに「守」の姿勢を徹底させている。
     確かに、イタリアではこのような場所が望まれるのかもしれない。しかし、客からはオペラがうるさいと言われてしまう。ゆっくりできるときには椅子が欲しいし、メニューも英語に直して欲しいという要望が寄せられた。シュルツ氏は、妥協し過ぎないように注意しながらも、過ちはすぐに正したという。テイクアウト用に紙コップを準備するなどして、「破」の段階に入っていく。
     そして、コーヒーを提供していくうちに、スターバックスの店に独特の味わいがあることを自覚し、大切なことは何であるかを悟る。それは、アメリカ人にとって居心地の良い場所を作るということである。それが、「第3の場所」というコンセプトである。
     このように言い表せるようになってから、自らのアイデンティティが明確になると同時に、経営課題も明らかになった。新規に出店するときは、スペースを広くとって多くの席を用意しなければならない。第3の場所でコーヒーのロマンスを感じてもらうためには、従業員たちに喜んで働いてもらう必要がある。顧客との関係を維持するために、フランチャイズ展開は避けるべきである。
     シュルツ氏は、利害関係者を説得して、これらの課題を解決していった。こうしてスターバックスは「離」の段階に到達したのである。

     日本で初めての家庭用ビデオゲームは、1982年に発売された任天堂のファミリーコンピューター(以下、ファミコン)である。任天堂のファミコンがユーザーから支持された理由は2つある。1つは、ハードとソフトを分離し、1つのハードでいくつものゲームを楽しめるようにしたこと。もう1つは、ゲームセンターなどで人気のあるゲームを、家庭でも楽しめるように移植したことである。
     もっとも、これらは、いずれもアメリカのアタリ社から模倣したことにすぎない。アタリは、1977年にアタリ2600を発売し、ハードとソフトを分離して、スペースインベーダーなどのソフトをアーケードから移植して売り上げを伸ばしていたのである。
     アタリの凄かったところは、ハードの仕様をゲームソフトメーカーにオープンにして、自由にソフトを開発させていた点だ。そのおかげで多種多様なソフトが市場に投入され、ユーザー数も順調に伸びていった。しかし、このオープン政策が極端すぎた。まったく自由に作らせたため、ソフトの品質管理ができず、動作しないような不良品まで市場に出回るようになってしまったのである。
     ゲームというのは購入して、遊んでみなければその価値がわからない。買ってみて面白くなければ、がっかりするし、動作不良でも起こそうものなら、2度と買う気になれなくなる。粗悪品のソフトが出回ると、それが中古として売りに出され値崩れを起こし、新品ソフトが売れなくなる。アタリも、1982年のクリスマス商戦以降、とうとう大幅な値崩れを引き起こして立ち行かなくなった。
     任天堂は、アタリの優れたところを「お手本」にしつつ、この失敗からも学んだ。ゲームセンターの人気ソフトを移植する点については素直に見倣った。
     その一方で、ソフトの品質を維持するために、ソフト開発体制をよりクローズドな体制へと逆転させたのである。
     初年度の1983年中に発売したタイトルは9つあるが、いずれも任天堂自身が開発したタイトルばかりである。その中には、ゲームセンターから移植した「ドンキーコング」や後の大黒柱となる「マリオブラザーズ」も含まれる。ビデオゲームという市場が、まだ立ち上がっていない段階であるからこそ、買えば必ず面白いという「一発必中」でなければならないと考えたわけだ。
     もちろん、すべてを自社開発するわけにもいかない。無理をして面白くないソフトを出すようなことになれば、それはまさに本末転倒である。
     そこで、翌1984年からは徐々にオープンして、ライセンスを与えてソフトの数を増やしていった。しかも一気に数を増やすのではなく、開発力のあるソフトメーカーを対象に徐々に増やすことにした。ソフトの内容について任天堂が審査できるという契約とし、年間に開発できるソフトの本数においても1本から5本という制限を設けた。アタリとは対照的に、少数精鋭を徹底させたのである。
     もっとも、いくらタイトルが少数精鋭でも、それが供給過剰になると値崩れを起こしてしまう。カセットカートリッジは生産に2、3カ月もかかるので、ソフトメーカーは、クリスマス・正月商戦で品切れしないように多めに作ろうとする。
     そこで任天堂は供給過剰を避けるために、ソフトの生産を任天堂に委託してもらうことにした。任天堂が生産すれば不良品が出回ることもない。生産量についても事前にソフトメーカーと協議して、市場に出回るソフトの数をコントロールした。なお、生産したソフトの在庫リスクはソフトメーカーが負うことになっているので、過剰な発注になり難い。
     以上が、任天堂の逆転のモデリングである。ファミコンは類を見ない大ヒットを収め、日本のみならず世界に広がって1つの業界を生み出した。
     任天堂は、ビデオゲーム産業の生成期に、巧みに代理学習を行っていることがわかる。有効に機能しているところと問題を引き起こしているところとを切り分け、問題を引き越している部分について逆を行くという対応を行った。とくに、アタリの失敗については、自分のことであるかのように向き合い、そこから多くを学んでいる。これが、部分逆転のモデリングなのである。
    「失敗からのほうが学べることは多い」と言われる。大切なのは、失敗しなければ学べないような経験でも、他人の失敗を通じて学べるということである。逆転の発想によるモデリングの本質は、失敗事例の代理学習にある。代理学習が上手であれば、ライバルの失敗を自らの知識として蓄積して、イノベーションを引き起こすことができるのである。

     目的を意識するという意味で、もう1つ重要なのがイノベーションである。イノベーション目的の模倣においては、模倣の範囲は製品・サービスにとどまらないことが多い。「新しい葡萄酒は新しい革袋に入れよ」と言うが、真にイノベーティブな製品であれば、それを最大限に生かす仕組みが必要なのである。それゆえ、革袋としての事業の仕組みこそが模倣すべきなのである。
     ただし、仕組みというのは模倣が困難なものでもある。それゆえ、それをモデリングして自分のものにするためには、それなりの工夫が必要とされる。
     イノベーションのための模倣については、前章までの説明で、何をどのように参照すべきかの大枠はわかっていただけたと思う。基本は、遠い世界の良いお手本か、近い世界の反面教師のいずれかをモデリングするのである。
     しかし、たとえモデルを正しく選べたとしても、模倣の作法における肝となる部分がわかっていないと、かえって混乱を招く。最後に、肝に銘じておくべきポイントを3つだけ述べておく。
    1 大きな潮流を見極めて対象を選ぶ(業界)
    2 対象に棲み込むことで模倣すべき部分がわかる(対象)
    3 経験を積み、常に意識していれば、一部を見て全体がわかる(自分)
     1つ目のポイントは、流れをつかむということで、業界観察の心得である。観察者は、自分を取り巻く環境について高所大局から理解し、大きな潮流を見極めてから、モデルとして参照する対象を選ぶ必要がある。創造的模倣の場合、異業種でも自社と同じような脈絡に置かれていたところが参考になる。一方、逆転の発想の場合、逆転させる方向が、自社が選ぶべき方向と適合しているか否かが大切である。業界における大きな流れを理解し、逆は逆でも正しい方向に舵を切らなければならないのである。
     あるアパレル会社が、ビジネスモデルを探索するときに、ある歴史観をもっていた。それは、業界の主導権が、川上の繊維メーカーから川中の製造卸、そして川下の小売というように、消費者に近づいていくという考えであった。このアパレル会社はもともと製造卸であったのだが、この歴史観から、次代のモデルは、小売業で市場調査をうまく扱っていく必要があると考えた。そこで、セブン-イレブンをはじめとする先進的な小売業を参照モデルとして、製造小売りとしてのSPA型の事業に仕組みをつくり上げていった。
     また、ある人材派遣会社は、人材派遣がこの先もっと活発になると考えて事業を起こした。その背景にあったのは、産業における長い歴史の中で、人を人として扱うか、人をモノのように扱うか、という対立であった。その起業家は、時代時代によって揺り戻しがあり、少なくとも向こう10年間は、人をモノのように扱う傾向にシフトすると考え、業界の常識とは逆の発想でビジネスモデルを思い描いた。
     次代のビジネスモデルを見極めるために、このような潮流を歴史観として見極め、提案内容がその潮流に沿っているかを確認しておく必要がある。
     2つめのポイントは、うちなる声に耳を傾けることである。これは、参照対象となるモデルへの接し方にかかわる心得で、どのレベルで模倣すれば意味があるのかという問題である。
     アートの世界では、平凡なアーティストは、外から眺めるようにして他の作品を真似るが、優れたアーティストは、中に入っていく感覚で他の作品を盗むと言われる。そのレベルに達するためには、対象となるモデルに入れ込んで、そこに「棲み込む」必要がある。
     それはなぜか。事業の創造や変革というのは一大事である。投資が必要な上に、失敗すれば事業の基盤を揺るがすというリスクも伴う。一定の成果を収めたとしても、事業の仕組みが変われば、仕事の進め方が根本から変わってしまう。
     それゆえ、単に「面白そうだから」という発想で進めることはできない。模倣からイノベーションを引き起こした経営者たちをみても、心の底から信じられるもの、あるいは、自分だけの気づきをもっていた。
     そして、このような気づきを得るためには、彼らは、決して外から眺めるようなことはしない。当事者の立場でそのモデルを深く理解している。「これだ」と心の底から思えるほどの閃きが、内面からわき上がってくるのはそのためであろう。
     われわれも、模倣する場合、形だけ、上辺だけをなぞるような猿真似に終わってはならない。逆転させるにしても、単純に、外から眺めて、面白い発想をすれば良いというものではない。
     3つめのポイントは、常に自分の問題を意識することである。これは、モデルを参照する自分自身についての心得であり、経験を積み、常に、自身のフィールドを意識することが大切なのである。
     まず、常に自分の事業を意識していれば、普段の生活においても、意外なものでも模範モデルとなる。新商品開発の担当者が、家族でショッピングしていて目にしたものや、観劇して感じたものを、すべて自社の商品と結びつけるというのはよく耳にする話である。かけ離れたものからヒントを得ると「さすが目のつけどころが違う」などと言われるが、本人としてはいつもそのことを考えているので案外当然のことなのである。
     さらに、自分の事業を深く理解していれば、模範となるモデルの一部を見ることで、その事業に仕組みの全体を感じ取れるようにもなる。2つめのポイントとして、対象に入り込まないと自分のものにできないと述べたが、実は、入り込むためには、自らが実践する場としてのフィールドと経験が必要とされる。
     フィールドを持っていると、同じような事業について、できること、難しいこと、できないことが体感できるようになる。ヤマト運輸の小倉昌男氏は、ニューヨークの交差点でUPS(ユナイテッド・パーセル・サービス)の車が4台停まっているのに気がついて、集配密度を基軸とする宅配便のビジネスモデルの可能性を確信した。鈴木敏文氏も、米国に視察に行ってセブン-イレブンの看板をみたときに、地域の零細小売店を救う業態は「これだ」と直感したという。
     ヤマト運輸にしてもセブン-イレブンにしても、ある種のモデリング、すなわち、一部を見て全体をイメージするというモデリングを行なっている。何かのきっかけで、他社の仕組みの一部を見たとき、その全体が眼前に浮上する。うちなる声として出てきたものが「閃き」である。これは、機械的に逆転させたり組み合わせたりするものではない。これまで体験したものが深いレベルでパターン化されて、血となり肉となっているからこそ、成し得ることなのである。
     仮に、友人に「起業して、新しい事業を立ち上げようと思う」、「あるいは「社内で新事業を創造するつもりだ」と相談を持ちかけられたら、あなたはどのように助言するだろうか。その友人がそれなりに有能であっても、背中を押してあげることをためらうのではないだろうか。「よほどの才能か運がない限り難しい」と助言するかもしれない。
     もちろん、友人のためを思っての助言ではあるが、その前提には、想像とは無から有をつくることで、従来にないものを創り出すことだという固定観念があるのではないか。
     むしろ、0から1が作れなくても創造はできる。まったく新しいビジネスでなくても、事業として立ち上げることはできる。そう考えると、天才にしか起業できない、という考えこそが神話であるようにも思える。「ぴったりのモデルを見つけて、うまく模倣することが大切じゃないかな」と言ってあげてもいいのではないか。
     確かに、模倣するにしても、対象を間違えたり、その骨格を捉えきれなかったりすると失敗するであろう。また、ときには、模倣対象の事業の仕組みを1つひとつの要素に還元して、原理を抽出しなければモデルを構築できないという場合もあるはずだ。誰もが要素還元アプローチができるとは限らない。
     しかし、ここではあえて誇張して、創造の基本は模倣であり、天才でなくても起業はできると言っておきたい。そのとき決定的に重要なのは、良いモデルを探すことである。良いモデルを見つけることができれば、成功の確率を上げることができる。
     楽観的に考えれば、必ずどこかに自分が参照すべき対象があり、ぴったりのモデルさえ見つけることができれば、全体のシステムをモデリングできるということである。ユニクロを作った柳井正氏も次のように語っている。
    「ユニクロは斬新なモデルといわれますが、私のアイデアは別に斬新なわけではありません。事実、1980年代に、米国ではリミテッドやギャップ、英国ではネクストのような、新しい形態の衣料事業が台頭してきており、それを見て日本でも同じようなことを考えた人はたくさんいたのではないでしょうか。でも、私だけが実現できたのは“実行力”の差でしょう」
     もちろん、そっくりそのままの模倣が通用するとは限らない。しかしその場合でも、良いモデルを見つけることができれば、そこを一応の出発点にしてビジネスモデルを思い描くことができる。1を2にするような肯定や、あるいは、マイナス1をプラス1にするようは反転ができれば、1つひとつの要素に還元してモデルを組み合わせる手間もなく、有効なモデルを描けるわけである。
     ビジネスモデル発想における模倣は、単純な模倣にとどまるものではないし、競争戦略論における模倣戦略とも異なる。モデリングをベースにした学習戦略であり、創造のための模倣である。

    『トヨタ生産方式』大野耐一
    『小倉昌男 経営学』小倉昌男
    『「勝つか死ぬか」の創業記』鳥羽博道
    『スターバックス成功物語』ハワード・シュルツ
    『ムハマド・ユヌス自伝』※グラミン銀行創設者
    『セブン-イレブン 創業の奇蹟』緒方知行
    『寺子屋グローバリゼーション』木下玲子
    『マネー・ボール』マイケル・ルイス
    『破天荒!』フライバーグ夫妻 ※サウスウエスト航空

  • 先行者から部分的にでも倣う強み。

  • 我流はダメだ、生きてる時間が少ないから、先例から教訓を学ぶ

    今、標準化に携わろうとしています。正直、まだ何もわかっていません。ISOやIECって何なのって感じです。

    というわけで、先人の知恵を徹底的にお借りしようと思います。まずは手始めに、昔興味本位で買って少し読んで放置してしまった標準化の本の読み直し、ネット記事や社内イントラ記事の読み漁り、から始めようと思います。あと、製品に関連するバリューチェーン全ての情報も必要みたいです。

    勉強だけで1年が終わりそうな予感、なんて言ってる暇もないので、徹底的に勉強したいと思います。今年はこれづくしになりそう。

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著者プロフィール

早稲田大学教授

「2022年 『キャリアで語る経営組織〔第2版〕』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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