2011年 日本 144分
監督:園子温
出演:水野美紀/冨樫真/神楽坂恵/津田寛治
渋谷区円山町のラブホテル街にある廃墟アパートで、バラバラに切断されマネキンと組み合わされた凄惨な女性の遺体が発見される。壁には血で書かれた「城」の文字。刑事の和子(水野美紀)は、不倫相手との逢瀬中に呼び出され現場にかけつける。優しい夫と娘がいて、バリバリ働きながらも、彼女は夫の後輩との異常な関係がやめられない。映画はこの和子の日常&捜査と、事件が起こるにいたるまでの関係者たちの足取りを交互に描いていく。
人気作家・菊池由紀夫(津田寛治)の妻・いずみ(神楽坂恵)は、友人たちからは玉の輿を羨ましがられていたが、夫は潔癖すぎてモラハラ気味、いずみは鬱屈を抱えている。気晴らしにパートに出るが、そこで偶然知り合ったスカウトの女の誘いに軽い気持ちで乗ったことから、AV撮影されてしまう。しかし彼女は、自分の容姿を褒められたりチヤホヤされたりしたことで自己肯定感を高め、次第に繁華街で男漁りをするように。円山町で街娼をする美津子(冨樫真)と出会ったいずみは、彼女の不思議な魅力に惹かれ弟子入りするが…。
のっけから水野美紀がヘア見せ全裸で驚いた。しかしあそこまで見せる必要はストーリー上全然なかったので、いい加減脱いだら本格女優みたいな刷り込み利用は勘弁してほしい。そんなことしなくても水野美紀は素晴らしい女優さんだ。あとその不倫相手が、アンジャッシュの児島さんというのが、ほぼギャグ。児島さん、ドラマの脇役などで良い芝居をされているが、水野美紀を奴隷よばわりしているドS不倫相手としてはキャラが合わなすぎて、途端にコントだった。あとこの二人に限らず、男女のそういうシーンで男のいうセリフがやっすいAVじみててアホみたいだった。
というのはさておき、前半は結構面白かった。作家の妻いずみの、モラハラ夫の抑圧による自己肯定感の低さが、性的な満足や肯定感によってどんどん払拭され、自信に満ち溢れた態度になっていく。ケバケバしいメイクの街娼・美津子は実は昼間は大学の助教授。父親も大学教授の家柄で、生活に困っているわけではないので売春は完全に趣味であり彼女のアイデンティティ。廃墟アパートで安いお金で自分を売っている美津子はしかし、愛のないセックスには金額の多寡に関係なく必ずお金を介在させなければならないという哲学を持っており、いずみはそれに感化される。
この映画は90年代に起こった、エリートOLが夜ごと売春していて惨殺された「東電OL殺人事件」を題材にしているので、その時点で被害者は、美津子だとわかってしまう。美津子の実家にいずみと女衒のカオルが訪れる場面があるが、美津子の母は完全に毒親で、上品な言葉遣いでものすごくエグイことを言う。この場面はなかなか傑作だった。同時に、美津子は父親と近親相姦的関係にあったことも匂わされる。
美津子が講義で朗読する田村隆一の有名な詩「帰途」言葉なんかおぼえるんじゃなかった~で始まる一連のフレーズを彼女らは何度も繰り返す。城のまわりをぐるぐるまわっているだけで決して中には入れないというカフカの『城』の引用など、使われているモチーフは良かった。音楽もクラシックを多用するなど、文学的な空気を醸し出している。
ただ後半の展開がいただけない。あれほどいずみに売春哲学を説いていた美津子が、結局、女衒のカオルを通して「魔女っ娘くらぶ」なるデリヘルにいずみを紹介する。え、中間搾取は良いの?とモヤモヤしてるうちに、最初の客がなんと、いずみの夫という偶然で途端にチープに。そして夫はもともと美津子を何度も買っていたことも判明、美津子はいずみの夫が誰かを知っていて、いずみをもてあそんでいただけだった。いずみの殺意が爆発、さらに美津子の毒母までやってきて、ついに美津子を…。
動機もチープながら、この動機なら、冒頭のあの猟奇的な遺体は一体なんでああなったんだっていう矛盾も生じる。こじつけっぽく毒母の狂気を出してたけど、それだけであんな状態にはできないだろう。この真相のせいで、中盤までのスリルや人間ドラマの掘り下げが全部台無しになってしまった。監督の奥様・神楽坂恵の棒読み演技も、まあこのシロウトくささも味なのかなと許容してたけど、殺人にいたるまで追い詰められる場面ではさすがに力不足が過ぎた。
ラストシーンだけはとても良かった。序盤で、ゴミ収集車を追いかけてそのまま失踪してしまう主婦のエピソードを後輩刑事が話すが、そのままのことが水野美紀に起こる。自分がどこにいるかわからなくなってしまうあの感じ、そこに映画のテーマが集約されていて、他のエピソードがすべて蛇足に思えたほど。別に全裸になったりしなくても、この場面だけで十分、和子の抱えた闇は伝わる。
最後に余談ですが、水曜日のカンパネラの『ミツコ』(https://www.youtube.com/watch?v=CpLgEQig1AE)という曲が、この映画の美津子をモチーフにしているそうです。なるほど、映画そのままの歌詞でした。