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感想・レビュー・書評
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妖精さんに願うのは、お前じゃなくちゃだめなんだ。
主だったところは一巻、二巻のレビューで申し上げておきましたので省略します。
連載漫画は二巻なら打ち切りのことが多いですが、本作は三巻ですのできっちり仕上げてこられた印象です。
まず言えることとして、ラストのエピソードの完成度が非常に高かったこと。
それとタイトル回収を完璧と言っていいレベルで果たされていたこと。
これら二点が大きいので、個人的にはかなり満足できました。
二巻で指摘しておいた布石もしっかり活かされていましたのでレビューを書いておいて正解でしたね。
では、ここで改めておススメしておきましょう。
私自身が一巻のレビューで用いた言葉を引用してみるのなら。
「TSFというジャンルに対して興味を持った方にオススメする入門編に」ぜひ! といったところです。
補足すると作者の森下真央先生は作家/ゲームデザイナーの「架神恭介」先生相手に「TSF」とはなんぞや? というインタビュー記事を設ける機会に後年恵まれていたりします。
もし興味がありましたら、閲覧してみられるのもいかがでしょうか。
本作終了後の2018年の記事ということもあって、連載時からよりジャンルへの理解を深められた森下先生の教授が冴え渡りますよ。ひるがえって本作への理解も深まるのではないのではないでしょうか。
と。そんなわけで今回のレビューは余談から入って、本題の方へ段々寄っていくことにしますね。
時にTSF作品によって性転換のトリガーも色々ありにけり。ですので私の手持ち作品などを見繕ってみます。
すると水とお湯(『らんま1/2』)だったり、性的興奮(『ふたば君チェンジ』)やときめき、ほかは夜か昼かといった時間帯、それに他者からのキス、特定の場所限定、そういった疾患、そして魔法――。
比較的簡単に性別を行き来できる系統に絞ってみても、このバリエーションの豊かさでした。
本作のケースでは主人公「小山内伊織」に第三者が魔法をかけてきたというパターンですが、取り上げた前例からすると、要因は外部内部の両面あれど本人の意志ではどうしようもないことが多いですね。
なお、薬を飲ませたり呪いをかけてきたりで第三者が性転換に関わるパターンはけっこうありますが、この場合は主人公にとっては乗り越えるべき逆境であるためそうそう簡単には戻らないケースが多めでしょうね。
その点、意志次第で跳ね返せるという本作の発想はやはり素晴らしいと思います。
ですが本作はそれに加えて実のところ、主人公とコトの元凶である妖精「シルフィ」が付かず離れずの距離にいるということの方が、より大きな工夫なのではないでしょうか。
自分の意志で抵抗できるので頻繁に行ったり来たりを演出できる。
必然的に彼我の距離が近くなるので周囲の反応を含めた丁々発止のやり取りがこの際に発生する。
お約束の美学と言ってしまえばそれまでで人が悪いのは承知ですが、やはり演出上テクニカルだと思います。
その気になればシルフィに呼びかけることで能動的に性別を変えることができるという仕掛けも良いです。
主人公が男女ふたつの立場を使い分ける二重生活を送ることができて、話の幅を広げられましたし。
たとえばここ三巻収録のエピソードを取っても、娘の女友達相手に優しいよそのお父さんが男女の仲を連想させる男相手には当たりがキツくなったりします。だから女の子として接することを余儀なくされる。
この辺、なんだかんだで女体に慣れちゃってる主人公の認識の盲点を突いた話って感じで面白かったです。
あと、この作品ではわりと変化球な性転換のトリガーが用意して主人公を振り回す形式を取りましたね。
もっと言えば簡単に主人公がおのれの女体に慣れ親しむことができないよう、終始一貫あくまで振って湧いた災難という扱いにしているのが上手い。かえって全年齢向けの枠を活かしているように思えました。
作中では触れられていませんがそういうエッチなことをしてしまったら一発で女の子に体が固定されると推察できる。だから主人公から積極的にという形にならなかったというのも大きいのです。
主人公のお色気シーンが窮地に陥ることとイコールなので間延びしないようになっているのも巧みでした。
ともあれ、非日常も毎日続けば日常ということで。
TS(性転換)と限らず、慣れ親しみすぎるとどうしてもインパクトが持続しなくなくなるからなのか。それともほかに原因があってのことなのか。三巻で終了というのは名残惜しいですが悪くないタイミングでした。
人間、慣れる生き物ですから。
どんな非日常でも毎日のことなら、日常になってしまうんだなあ……ってしみじみ思います。
けれど、日常はこれからも続いていくことを示唆しつつも、クライマックスは引き締めないといけません。
というわけで冒頭で触れたラストエピソードなのですが、タイトルが「『幼なじみ』は『女の子になぁれ』」だということを思い出させてくれました。読者ですら半ば忘れていたことを思い知らされました。
二巻のレビューでも触れたTSとホラーの相性の良さもしっかり踏まえ、そこからの逆転が実に腑に落ちました。先述した通り、二巻で描かれた伏線を活かしていたので読んでいて「おっ!」となったのですよ。
あと、作品の立役者である超常存在が天使や悪魔でなく妖精だということもこの上なく効いています。
童話などに登場する「妖精」が本来残酷な存在であることを示し、その上で抵抗の意志を示し論理の矛盾を突いた人間たち+その意志を尊重し寄り添う妖精という構図に持って行ったことは実にあっぱれです。
主人公が男女ふたつの名前を持つことになったのも、このためだったのか! となりました。
以上。
表紙絵は主人公視点に立てばわりとショッキングかもしれませんが、ネタばらしをすればこれは夢オチみたいなものと思ってください。
主人公が女性になることを部分的に悪くないとは思っても、本意ではないという状況は動きません。
そもそも事の発端であるズッコケ気味な幼なじみ「刑部秀一」との未来も、関係が恋人でなく悪友で落ち着いて然るべしと言ってしまえばきっとそうです。どうも友情のその先に向かうビジョンが見えづらい。
要所でいい働きや素敵な側面を見せてくれたものの、主人公のパートナー感が薄くサブキャラ感が強い。
主人公の、詩織じゃなかった伊織の心を女の子に傾けきるにはいささか尺が足りませんでした。
ひるがえって、男であり続けたいという伊織の意思を尊重してくれる女友達の「柳瀬みゆ」さんからはなんだか不憫なオーラを感じます。こっちもこっちで秀一同様になんだか分が悪いのは否めませんでした。
この先の未来が確定されずどう転ぶかは読者のあなたのご想像次第というのは、全三巻という分量においてはベターを越えてベストなエンディングの紡ぎ方であったと思います。
完成度が高かったので当初から想定していたパターンのひとつではあるのでしょうけれどね。
最後にこれは本編とは関係のないオマケ要素なのですが、この巻収録の35話に登場した秀一の母「ひろみ」さん(出番は一コマ)が森下真央先生のインディーズ時代の短編作品『ひろみくす』の主人公「ひろみ」を踏襲したデザインというのは面白いですね。
ひろみは悪魔との賭けに敗れて女としての生を受け入れたのか、それとも顔と名前が共通するだけのパラレルワールドの別人か、もっと言えば秀一の好みの女性とは「元男性の現女性」なのか。
考察は深まるばかりなり……ですね。作者の口から明言されず、読者の想像に任されているのもこの作品の結末を示唆しているようで興味深いと思いましたが。なににしても業の深いことなのかもしれません。
さて。以上をもって『幼なじみは女の子になぁれ』全三巻のレビューをお送りしました。
願わくば、森下先生の別の作品のレビューでもお会いできましたら幸いです。詳細をみるコメント0件をすべて表示