昭和陸軍全史 3 太平洋戦争 (講談社現代新書) [Kindle]

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  •  最終巻はいかにして日中戦争から太平洋戦争へと発展したか。おもしろいと感じた論点は2つ。

     1つ目の論点は開戦まで日米主戦論と回避論で角を突き合せた、武藤と田中について。どちらも戦争は不可避の立場でありながら、どの戦争が不可避なのかで立場が異なっていた。武藤は永田の薫陶から、ドイツ発端の今次大戦が不可避(中立ではいられない)と考えて英米側との妥協を図ろうとした。一方田中は石原の思想の影響から、将来の対米最終戦争が不可避であると想定し、英米との妥協は大東亜共栄圏(日本のブロック経済)を諦めることを意味し、すなわち次に控える最終戦争に至るまでに日本の道は詰んでしまうと考え開戦を支持した。

     2つ目は情勢の読み違い。独ソ関係、英米関係で致命定期な読み違いをしている。
     武藤、田中ともに大戦の主役は英対独であるとの共通認識をもっていた。これを東アジアにおける日本のブロック経済(大東亜共栄圏)確立を目指す両者は一致して英国の中国・東南アジア利権を奪うチャンスだとみる。 この状況下で独ソ関係は衆目周知の通り、ソ連を枢軸国側に寄せることで米国をけん制した上で英国を屈服させようとした日本に対して、独の政策上の敵は英国ではなくソ連であったこと。独ソ戦の開始により枢軸国側の勝利は薄くないり日本は対米でジリ貧に陥っていく。
     英米関係については仏印進駐の外交的失敗から顕在化していく。日本は進駐を外交により推し進めなかったことにより、英米の警戒を招いてしまう。中国・東南アジアの物資は戦力としては対独を一国で担っていた英国の死活問題へとつながることを、「独を支援できる」という観点から認識していたにもかかわらず、英存続を死活問題と考える米国動きを「米国は東アジアに関心をもたない」として甘く捉えている。確かに米は中国にも大きな関心をもっていなかったが、「英国の存続問題」を通して大きな利害があったのである。現代ではシステム思考の欠如とでもいうのであろうか。
     この認識の相違は、最終局面のハルノートにも致命的な影響を及ぼす。チャーチルから蒋介石を気にかけるようにアドバイスが送られた(つまり、英国としては中国にいてもらわないと困る)上に、英国と戦線を分け合うソ連の戦意を挫く懸念をもった故に米国は強硬な態度をとったのである。ここでも米国が気にかけているのは英国の存続である。
     独ソ関係、英米関係ともに戦略というより政略の次元で読み誤ったために進退窮して太平洋戦争へと進んだことがわかる。

     読んだ感想として、3つの疑問が浮かぶ。
     1つ目は経済ブロック圏(大東亜共栄圏)を必須のものとして理由。自由貿易の恩恵を享受する現代からすれば、資源、工場、市場を抱え込もうとする当時の思想はすんなりとは受け入れがたい。軍事衝突が当たり前の世界では自給自足でないと外交が縛られるという問題意識が強かったと先の2巻から読み取れるが、当時の日本からすれば大恐慌時に欧米の各ブロックから除外されたトラウマがあったのであろうか。

     2つ目は権力構造の曖昧さである。石原に対する武藤、武藤に対する田中、とどちらも階級でいえば同輩ではなく格下の将校からの突き上げで自身の政策履行に失敗している。これは、広く見渡せば関東軍の辻・服部にも当てはまるが、下克上的ヒエラルキーを実現させた根本的な仕組みは何だったのだろうか。中堅が実質的な権限をもつ日系企業の組織構造の理解に有用である。

     3つ目は疑問というよりは興味だが、松岡外相の仏印進駐を迫る姿勢や東条陸軍大臣の中国駐留に対する頑なな態度など、本人の面子や影響力を気にした交渉態度の結果が、相手の誤解を招いて破滅の道へと至っている。組織統治と対外活動の折衝が難しいことの現れであろうか。

  • 日本陸軍という日本の歴史上、特異な性質を持った組織がいかに形成され、ついには日本を敗戦という破滅に引きずり込みながら自らも崩壊に至ったのか? 日中戦争未解決のまま勝算なき対米戦へ突入、リーダーなき陸軍は迷走を続け、膨大な数の犠牲者を出し日本は無条件降伏する。

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著者プロフィール

1947年生まれ。名古屋大学大学院法学研究科博士課程単位取得。現在、日本福祉大学教授、名古屋大学名誉教授。法学博士。専門は政治外交史、政治思想史。『原敬 転換期の構造』(未来社)、『浜口雄幸』(ミネルヴァ書房)、『浜口雄幸と永田鉄山』、『満州事変と政党政治』(ともに講談社選書メチエ)、『昭和陸軍全史1~3』(講談社現代新書)、『石原莞爾の世界戦略構想』(祥伝社新書)など著書多数。

「2017年 『永田鉄山軍事戦略論集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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