出来るとしてもやり方を知らない子供たちと、大人たちの寄り添い方。
モノアイという単語はジオンのモビルスーツで触れたくらいの認識でしたが、人間にくっつけても魅力的に描けるのだなあと思いを新たにするこの頃。
そして、色々な変化を迎えている生徒たちはもちろん、裏では先生たちも色々と悩みも抱えていることが明らかになる『ヒトミ先生の保健室』第二巻です。
大まかなところにつきましては一巻のレビューで触れさせていただいたので今回は省略して早々に各話の感想に移っていきたいと思います。
ネタバレ前提の記述でお送りしますのでどうかご注意ください。
第七話「鳥翼系女子:鳶田陽菜」
これまでの、そしてこれからの生徒教師が大集合するカラー口絵に続いて、ゴーグルをズラして着地体勢に入ろうとする鳶田さんが実に目を引く二巻のはじまりです。
実のところ、ここのコマ運びと色遣いと擬音その他諸々が私がこの漫画に惚れた理由のひとつだったりします。
ちなみにこの漫画は単話完結方式と言えど、基本裏表紙で触れられている生徒にスポットを当てた回と、今までの登場人物の総覧的回の両方が存在します。この回はそのうち前者ですね。
飛行機が飛び回っているご時世でも、人は身体一つで、自らの意志で空を飛びたいと願う生き物であって。
でも、その夢を自前で叶えている鳶田さんは悠々自適なのかと思いきや、反抗期真っただ中でかと言って行き場所がなく大空を逃避の場所の場所として選びます。
けれど、空はあまりにも遠すぎて、自分の翼ではあまり遠くに行けなかったのかもしれません。
作中で触れられているダジャレには触れませんが、この辺の言葉選びとかも面白いけど、少し寂しかったり。
言葉遊びの楽しさが冴え渡る一方で、言葉にならない思いの描き方も本当に上手いんです。
なお、彼女のケースでは少々捨て鉢気味になっているところを心配している多毛系体育教諭「門司勇輝」との関係が主となります。
主人公のヒトミ先生は門司先生の同僚として相談に乗り、大きな目が気になる一方でフォロー役に回ります。
飛び出せ青春ではありませんが、思春期群像劇な作品中で不良少女と包容力溢れる体育教師の関係はやはり王道です。
受け皿と言うより、鳥の巣(直喩)として彼女を受け止め、空だけではない歩き方を教えてくれたと考えれば、ちょっとポエマーになり過ぎかもしれませんが、なんにせよ好きです。
鳥は自由に空を飛び回っているようでいて、軽量化のために相当に身を削っていることを今更ながらに思い出したりと、自由なようで制約だらけな彼女の身が愛おしく思えてきます。
わかりやす過ぎるツンデレというか、素直になれないけど赤面しがちな性格がストレートに良いというのもありますが。
ところでこれまでの話の終わりにもカルテもしくは報告書のような形で生徒/教師の健康記録が掲載されていることが多かったわけですが。
簡潔な文章の中に、時には相当に重いものが垣間見えるのだと実感させられた回でもあります。
第八話「女乳系男子:埴生大助」
八話にして初の男子にスポットを当てた回です。
男の子はみんなだいたい「おっぱい」が好きという、身も蓋も無さすぎる真実をいろんな側面から見てみようという結構深い話かもしれません。
メインとなる埴生くんのキャラがいわゆるクラスのお調子者で男子生徒の中心になっていることもあって、これまで描かれていた女子の文化圏と「彼」の衝突、そして新たな発見が謎の感動を生んだりそうでなかったり。
あと、スポット回が回ってくるのは相当後になるんですが、今後も賑やかし役として出番がある男子生徒陣が多く登場するという事もあって、全体を把握する上では意外と重要な回かもしれません。
ところで二次性徴を迎えるに当たって男女の差は大きく、同じ「人類」の中でも違う存在であるとしか思えないってのはままあることだと思うんです。
男子より女子の方が早熟かもしれないってのは私の経験則からすると間違いないと思うんですが、その辺も相まって何も考えてない蛮人と嫌味な貴族みたいな対立も発生するというか。
個人の差異が大きすぎるこの世界においても、やはりある程度共通するからこそ男女の差異は気になるのかもしれません。
と言うか、なんだかんだで生物としての枷からは人間みんな逃れられないのかも。
「男にしか出来ないこと、それは女装だ」という謎の名言じゃないですが、「おっぱい」大好きな自分がいざ巨乳になってみたら出てきた悩みと周囲の嫌な視線を前に、コペルニクス転回の発想を見せた埴生くんの劇的ビフォーアフターにビックリしました。
野暮ったい三白眼男子が化粧と服装でここまで化けるかーって、世の女性の努力を目の当たりにしましたね。
受け入れられているかは微妙なんですが、埴生くん自ら女装して男の子としてのアイデンティティーを保ちつつ、異なる世界に歩み寄っていこうという姿勢は尊敬できると思います。
自分の巨乳を活かすならセーラー服着てみるしかないよねってのは色々置いとけば理に適ってますし、正しく「おっぱい」を愛してなきゃできません。
結局、最後に出た結論は謎としか言いようがないんですが、それでもなんとなく理解できないことはないのはなぜでしょう。おそらく永遠の謎かもしれません。
ちなみに話の中で一コマだけ触れられている「性転換系男子」のエピソードについては単行本九巻に収録されています。
思春期で最も身近な問題のひとつ「性差」については、多少の変種がありつつ、バリエーションは結構多いです。加えて名作が多いように見受けられます。
ついでに言うと女性陣は裸体を晒しても乳首の描き込みはされていないのですが、埴生くんの場合はしっかり見せています。
この辺は文化的な面とか、生物的な面とか、あと過度にエロに傾かせない配慮とかいろいろあると思うのですが、また後日触れる機会があれば考察してみようかなと思います。
第九話
こちらは思春期の変化を取り扱った話ではなく、既に変容を迎えた後の生徒&教師を一名ずつ紹介した日常話となっております。
触髪系国語教諭「神永乙女」。
生徒相手に流麗たる姿を魅せる授業風景を展開するその一方、ヒトミ先生相手には同性ゆえの遠慮のないスキンシップを秘め事のように披露するフリーダムなお人でした。
流水のようにも絡みつく蔦のようにも見せ、相当作画の上で線に気を遣ってるんだろうなあって思います。
それはそれ。髪の美しい人はなんとやら。俗説は置いといて、アピールポイントが同じ妙齢の女性でも全く被ってないってのは大きいかと。
押しの弱いヒトミ先生とイケイケドンドン、フリーダムなところはいつどこにあっても変わらないってのは実に魅力的ですよね。
理想の女性像って意味では前の話から引き継ぎ語っていただいたようにも思います。
それと、両の腕より器用で束ねれば強いという髪の持ち主って、できることが多くて常人より見える世界観の方が広がってそうですね。
なんにせよ一巻六話で初登場した多腕系理科教諭「多々良拳四郎」先生と前述の門司先生と合わせてヒトミ先生と親交の深い同僚教師陣はこれで揃い踏みのようです。
暗影系女子「日蔭彩魅」。
文学少女系の子なんですが、暗鬱とした雰囲気を纏うことと言い趣向と言い結構珍しいタイプかもしれません。
バトル漫画に出てきそうな超自然的な性質の持ち主なのに、自ら出張ることなく微妙に世を斜に見ていてひねくれているようであり、っと。
「百合」に傾倒してるってのは結構信頼できるポイントだと思います。
先の話の先取りになってしまいますが、単独では輝かない分相方を得て真価を発揮する子ですね。
第十話「総食系女子:田部つくし」
お昼、お弁当を囲みつつ女子トーク花盛りな最中に、食い気より色気を地でいく子、ここにあり。
なんでも食べられておいしいおいしいって言ってくれる子はそりゃあ魅力的ですが、その楽しさはみんなで共有してこそってもっともな理屈と、言葉にせずに絵に代えた心情描写が冴え渡ります。
「恋」の行方と、在処と捕まえ方ってのは前話で示唆された話ですが、ここで回収してバトンタッチしたと言いますか、豪快なようで結構繊細な話でした。
その辺は多くの話で共通するのですが。
言葉にならない孤独感を、胸にぽっかり空いた空白を、おなかに空いた空腹感として混同しちゃってるってのは言葉にすればすごく単純なようで、言葉にすればよくわからないかもしれません。
で。
ここでまさかの愛の告白ですよ。
たぶん考える中では最高のシナジーで、ゆっくりと恋を育んでいけることが確信できる相手だったりします。
ところで田部ちゃん、漫画的に言えばアヒル口だと思うんですが、その中で食べることのよろこびとたのしみはもちろん、憂いをもったかなしみとあやうさが同居することが読者としては非常に気になったりもしています。
ちなみに肝心のお相手の詳細については後日続刊のレビューで語るとします。
微妙にアブノーマルでありながら相当に根源的な「愛」を含んだ関係性だと思うんで、そっちでじっくり語った方がいいでしょう。
第十一話。
ふとしたことから合流した同僚教師陣と親睦を深めることになりました。
第七話における門司先生の怪我にも触れ、教師としてあるべき姿を話し合うことで思いを深め、悩みを分かち合っていく回です。
ある意味まとめ的な回であり、メインストリームのひとつでもあるヒトミ先生の家庭事情その他について進めていく回でもあります。
というわけで、一巻で示唆されていたヒトミ先生の妹「三美」が満を持して顔見せします。
それと会話の中では離別をどことなく匂わせているのですが、その後にしんみりだけでは終わらないよというほのめかしと遊び心はしっかり入っています。
それこそがこの漫画であると、ちゃんと教えていただいているようで頼もしいです。
一生懸命だけど、どっか抜けてて微妙に子供っぽいヒトミ先生の作品全体への貢献度はやはり大きいですね。
余談ですが、目からビームは確かにロマンですがヒトミ先生の場合は光学的な意味で目からレーザーならワンチャンありそうです。
どっちにしても目を傷めそうですし、この漫画はバトル漫画ではないので望みは薄そうですが。
それでは最後にまとめです。
ここまで読んだ限りでは、生徒と教師という関係性・テーマをしっかり書き上げてらっしゃるという印象です。
ぱっと見の個性から生まれる年頃の悩みは学術的に分析して言語化できる知識と、言葉にできずにじっくり向き合う心情との二本立てになっているようですが。特に後者を漫画ならではの表現で深みあるものに仕上げています。
言葉にもできて理解はできるけど受け止めきれない思いとか、暴走して目に映るものを塗り替えてさえいる感情とか……。
と、などと長々と語ってはみましたが、その辺は絵の魔力も含んでいるので文章で語るだけでは片手落ちなのが少々もどかしい気もします。
ただ、感じ方受け取り方は人それぞれ。まだまだ面白い意見が聞けそうですね。
なにせまだ二巻なので急ぐ必要もなさそうです。きっと、彼ら彼女らはそれぞれ答えを探していくのでしょう。
だって結論を急がずとも、その過程だけで青春という時代は楽しいものだと決まっているのですから。