コドモはもちろんオトナだって、いくつになっても夢見ていいの。
妖怪や幻獣が存在しないとあとがきで明言されつつも、そのさみしさをそれっぽい人たちが肩代わりしてくれるにぎやかな世界へようこそ。
英題に「Monster」は入っているようですが、あまり気にしないでください。
『ヒトミ先生の保健室』、四巻目となればそろそろ桃、青、紫に黄色と、本棚に並べた際のカラーリングが際立つようですね。
一方でそろそろキャラが出揃い、その人間関係からも新たな生徒たちが紹介されていくそんな頃合いです。
例のごとくシリーズ全体の特徴については一巻のレビューをご参照ください。つづき、収録話についてもネタバレ込みで紹介していきますね。
ついでに勝手に副題を付けますが、あまりお気にされないでください。
第十八話「生徒会の日常」
三巻十二話で本格登場を果たした多眼系女子「真中三美」さん。
残念な主人公「ヒトミ先生」の大変できた妹さんですが、今度は学園で見せる顔を描きます。
「強さ」と「弱さ」が一体になってこその彼女なのだと教えられた意味で「生徒会」の勢ぞろい回であることを差し引いても大事な回のひとつかもしれません。
ところで「生徒会」と言えば、フィクションではハチャメチャな権力を持っていたりすることが多いようですが、この作品の場合は一般的な公立中学校なんですね。
下に驕らず謙虚な生徒会長の人柄もあって確かに一般生徒よりは特権は持っているけど、非常識にはなり過ぎない塩梅で落ち着いている気がします。
で、この話の肝になるのは生徒会長「真中三美」の三重人格に合わせた生徒会役員三者三様の関わり方+αですね。
二眼の「三美」と副会長「桐生院花園」とは互いに尊重し合える対等の百合的な親友として。
一眼の「天眼」と庶務「戸浦大賀」とは足蹴が似合う覇者と喜んで足下にかしずくその忠僕として。
三眼の「みぃちゃん」と書記「松代奈幸」とはマスコットの愛嬌とそれを愛でるクールビューティーとして。
それとは別に、一年生の会計「根津宙太」は気弱な若輩としてみんなの関係をおろおろしながら見つめます。
天敵の「猫」通り越して「虎」がいる上に、桐生院さんのことはお嬢様と呼び、お仕えする間柄でもあるのですからさぞ気疲れも多かろう、ですね。
ちなみに桐生院さんと戸浦くんがビジュアル的に「竜虎」なのは明らかで、さしずめ飛車角として「王」か「玉」かの生徒会長を支えながらも「手は出さない荒事要員」としては案外似た者同士なところもあって衝突しがちなところも面白いです。
我関せずと思いきや、案外目立つ松代さんも面「白」い。
生徒会長としての表の顔は「三美」にありながら、足りないところは他のふたりの人格が補い、衝突しがちな生徒会内部の人間関係をまとめていく。
この辺り、先輩後輩と役職によって上下はありつつもある意味対等だったり反転したりするのが「学園モノ」と「多重人格」を組み合わせた妙手だなあと感じました。
ついで、十八話後には関係図も出ており、「五者七様」のキャラが上下関係という軸でわかりやすくまとめられています。
よって、生徒会役員個人の話はこれから先に、また横のつながりについてはまた後日と言ったところです。
なんにせよ「生徒会」はこの作品で結構な存在感を示す、重要な組織という事も確かなようです。
きっと「真中三美」は主人公の大事な家族という観点から見逃せませんが、続いて彼ら彼女らも大事な仲間として目で追っていけるからなのでしょう。
第十九話「合成系女子:間尻煌姫」
回を重ねてクラス「2-D」のメインキャストとなる生徒たちもだいぶ揃ってきたころですが、前話ではいわゆる「子」「虎」「辰」などと獣人系の生徒が目立ちましたね。
よってか、今度スポットが当たるのは一人で十二支のどの役でもこなせそうなオモシロ体質の女子です。
どんな動物でも触れさえすれば、その特徴を体に取り込めるという特殊能力持ちな間尻さんを囲んでクラスメートがわいわいがやがやする中で、当の間尻さんは自由でした。
「能力バトル」なら色々活躍が見込めそうですし、この作品が「ホラー」だったら自己の境界線があやふやになっていく恐怖を描けそうですが、当の本人は全くもって自由です。
自分の能力の可能性を探ろうと色々変身していく試みはいいのかもしれませんが、我関せずとばかりに冷静でポーカーフェイスを貫く姿勢がなんというかシュール。
それはそれ。
ボケまくる変人を前に大多数を占める押しが弱めの普通人が流されたり悪ノリする中、ひとりそれは違うって強烈なツッコミを入れられる日蔭さんが実に貴重です。
「馬(ウマ)」にまつわる故事成語、言葉遊びが乱舞する中で煙に巻かれてしまった感がありますが、なにより冷静に受け止められて空回りしてしまうのがなんとも愛おしい。
しかし、実際の話を見ればわかりやすいですが、「人」と「馬」の組み合わせだけでいくつも「想像上の生き物」が成立していることを考えれば、先人には頭が下がります。
新たな幻獣というか妖怪の絵姿は、間尻さんの想像力にかかっているのかもしれないと思いつつ、次の話に移ります。
第二十話「おひるごはんと恋人の距離」
こちらも前話と同様に短めの話。
今度は新生徒の登場はなく、二巻十話から登場した田部ちゃんと絶妙に恋人未満になった二林くんの距離を、お昼時を使って微妙に縮めていきます。
物理的な距離と心理的なキョリはまた違うもんなんだなあって思いつつ、田部ちゃんが食べる姿が可愛いのです。
小悪魔チックに二人の仲を揺さぶろうとするお昼メイトの矢尾ちゃんですが、それが功を奏したか否かは実際の話をご覧ください。
ところで「食べる」「寝る」、共に性的な意味での隠語に用いられている通り、三大欲求は意外と近接気味な概念だったりします。
それはそれと、二林くんは危険な妄想に囚われているようですが。
なんでも美味しくいただけるカノジョと、食べられてもなくならないカレ。
愛する他者と一体になりたいという願望は「究極の愛」のひとつに挙げられるそうですが、アブノーマルというか犯罪的というかカバリズムというか……。
でも、一線は早々越えさせない。たぶん越えない。
その代わりとばかりに二林くんは煩悶とした思いを繰り広げるわけです。男子中学生の特権というべきか、二林くんの食べられる妄想は、実にエロチックです。
この辺で恐ろしさや危うさでなく、ふしぎな感覚が味わえるのがこの漫画の複雑な味わいと言えるのかもしれません。
第二十一話&二十一.五話「裏表があるのは新聞だけで十分です」
マスメディアは「第四の権力」という呼ばれ方もされたようで、ここ「学園モノ」でも「新聞部」は「生徒会」に続く独自の立ち位置を確保していることは確かなようです。
そこで今回は新聞部の活動について「ヒトミ先生」を題材に取りつつ、表裏の二回に渡って描きます。
ヒトミ先生のひみつがちょっと明らかになったり、相変わらず目からビームだったりします。
「蝙耳系女子:小森稀喜」。
コウモリの耳、黒のセーラー服で逆さ吊りが集中法。
曲者と言えば糸目ですが、牙もあり。よくぞここまで多くの属性を詰め込めたものだなぁと思う新聞部員さんです。
こう言った小娘じみてるけど侮れない職業婦人には長い歴史がありそうですが、その辺は後々への宿題に取っておきましょうか
小森さん、慇懃な態度の中にデリカシー皆無な質問をぶつけつつ、遠慮のない記事にまとめてくれちゃいます。
実際の記事がおまけで読めますが、嘘はついていないもの地味に筆致がひどいのがまた徹底しています。
人によっては絶妙に嫌われつつも、その立場を甘んじて受けるアウトローなスタンスはまさにコウモリ。
とは言え、アシスタント役の後輩ちゃんが押しは弱めですがフォローしてくれます。
彼女がメインを務める回も続刊で存在します。
当のヒトミ先生も天然気味にほんの一匙の悪意をスルーしてくれているので、あまり嫌味になっていません。
けものとトリの間を渡り歩くコウモリのバランス感覚と言ってしまえば、ほめ過ぎでしょうか?
ちなみに裏側となる二十一.五話では事前取材が行われ、今まで相談に乗ってきた生徒たちからの口から裏が取られます。
入れ代わり立ち代わり個性豊かな生徒たちが再登場する回は、読者が今までの話を振り返る上で重要です。
また外から見たヒトミ先生の姿を再確認できたこと、加えて別視点を加えたことによる奥行きが今一度生まれたことは大きいです。
生徒たちの性格に合わせて硬軟いろんな意見があって、また先生とはなにか? というメッセージも伝わってくるのでここも外せない回ですね。
第二十二話「地に足を着けても翼の居場所はあるのです」
この巻から登場した「雪白系女子:松代さん」なのですが、陰影の利いたこの漫画で「白い」ってのがわかります。何度も言うようですが、面「白い」です。
輪郭線と陰影も描きつつ、周囲の生徒たちとの白黒配分を比べ見るとなおさらです。しっかり真っ白けに見えるのだから見事なもの。
白と黒の配分を変えて心象次第を表すこの漫画において、いつもフラットに振る舞い、それなのにかわいいものには目がない。
色白なだけに紅潮がわかりやすく表されているってのもあえて省いたからこその漫画的技法と考えれば趣きがあってさらに好きです。
で、上の話を踏まえて見ると今回は表情も感情も動きまくり、ついでに翼も描き込まないといけない、つまりは情報量の多い「鳶田さん」に彼女が接していくのは納得でした。
そう。逃避行ならぬ逃飛行を止めて普通に登校するようになり、ついでに恩師にデレた鳶田さんです。
けれど、まだまだ空中ではなくクラスの雰囲気の中飛び回るための空気抵抗は大きいようで……。
門司先生(のモフモフさ)に惹かれて近づいていった女子たちに向けて啖呵(?)を切ったはいいものの、今度は慣れてないスキンシップに赤面です。かわいい。
ここで「翼」が空を飛ぶだけの道具じゃなくて、彼女のアイデンティティーでもあるってのが再確認できたのは大きいですね。
もみくちゃにされつつも、なんだかんだで彼女の輪郭の多くを占めています。誇りに思ってもおかしくありません。
その結果、言われてみれば、確かにそうな称号も与えられちゃいました。
ところでこの話は冒頭と末尾のナレーションが本当にいい味出してます。
まだまだ彼女の学生生活に波乱なり乱気流なりは待っているのかもしれませんが、学園の日常を送る分にはもう大丈夫でしょう、と確信させてくれました。
二十三話「追憶と、これから」
四巻の最後を飾るのは恒例となったヒトミ先生の家族話です。
今回は真中家と家族ぐるみの付き合いをしている多々良先生を介して、真中三美が心境を語ります。
一者にして三様の目を呈する「真中三美」が解する自分というものがこの作品のテーマにも似通った答えに思えて、これは大丈夫だなと思えました。
教職と生徒の立場の違いと、共に思い出を育んだ気の置けない仲が一緒になってナチュラルに打ち明けてくれる、そんな関係っていいですよね。
そして、三美生徒会長の新しい仲間である桐生院副会長が物陰からハラハラと見守ると。
あと、多々良先生がここで思い出すのはかつての日常風景もそうなんですが、真中家の母親がいない理由も、決定的場面として出されます。
具体的な説明がされるわけではないんですが、なんとなく察することができるのが実に切ない。
「真中一美」と「真中三美」、「多々良拳四郎」。
あとは一巻から語られ、また三巻から語り始められた三人の距離関係が、読者の危惧するようなものではありませんよ、と明言された点が大きいでしょうか。
さしずめ。ここが一旦の区切りですよ、でもまだまだ続いていきますよって言われたようなものです。
三巻の最後に続き、理想の〆と言えるでしょうか。
それでは各話について語りが尽きたようなので、おおまかなところについて述べていきます。
今回は個々のお悩み相談というより人間関係、掛け合い、人と他の生き物が合わさったことによる可能性などなど、応用的なエピソードが主でした。
学園モノ路線がいよいよ確立したということで、生徒が「主」となり先生は「従」となる都合上、主人公のヒトミ先生の出番は半々というところで落ち着いています。
一方でインパクト抜群なモノアイできちんと存在感を保ち、話の基礎を担ってくれているので安心感があります。繰り返すようですが、急ぐことはないと何度も諭してくれるのは頼りになりますね。
さらに言えば、その中でも特に夢と童心の「おさなごころ」はいくつになっても持っていていいというメッセージは後々まで効いてくると思います。
この辺は妹の三眼人格「みぃちゃん」の存在が主張を補完してくれているのでわかりやすいかと。
つづき、生徒会が「真中三美」の日常を請け負いますよと言わんばかりに大きな存在感を示してくれたのも大きいです。
ほか、クラスや部活動など学校という大集団の中の小集団も、回を重ねることによって段々意識できるになってきましたし、話の引き出しはきっとまだまだ増えていくのでしょう。
劇的な変容がなくていい、そこにいるだけ日々を営むだけでも物語は生まれていくのですね。
けれど、このなんでもなさを演出することができている、その時点でたった今が人生の中で「特別」な時間帯と言えるのかもしれません。
そんな寂しさをどこか抱えつつ、次なるは五巻。
少し先のネタバレになってしまいますが、卒業までは暇があり過ぎます。大丈夫です、安心してください。
この巻に引き続き、あの人のちょっとした謎が明らかになったり、違った側面が見えてきたりするのでしょう。
ただそれに加えて、違った楽しみ方も見えてくるのだと、そう私は信じています。