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感想・レビュー・書評
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今日で高坂さんが亡くなって二十年になる。大学に入って様々な書物や先生方に出会い、目から鱗が落ちる経験をいくつもしたが、中でも高坂さんは別格だった。冷徹な現実認識、幅広くかつ深い教養、卓抜なユーモア、どれをとっても政治学というフィールドには到底収まりきらないスケールの大きさに圧倒された。だがその講義は国際政治の基礎的な枠組みの話が多く意外に退屈だった。だから受けた学恩はもっぱら著書を通じてだ。論壇を瞠目させた処女作『 海洋国家日本の構想 (中公クラシックス) 』 、理論的な主著『 国際政治―恐怖と希望 (中公新書 (108)) 』、ヨーロッパ外交史の金字塔『 古典外交の成熟と崩壊 (中公クラシックス) 』等々いずれも捨てがたいが、僭越ながら高坂さんの持ち味が最もよく出ていたと思うのは、歴史的洞察に満ちた含蓄深い文明論として名高い本書である。
本書の6年後にP・ケネディの『大国の興亡』(1987年)が出た。邦訳は高坂が解説を執筆し、ベストセラーになったが、その論旨は大国は軍事力の重圧に耐えかねて衰退するという機械的で単純なもので、本書の複雑な陰翳と奥行きには及ぶべくもない。本書の冒頭で高坂は言う。「衰亡の過程は一直線ではない。衰えを見せた文明がまた活力を取り戻すことは何回もある・・・だから衰亡論は我々に運命の移ろい易さを教えるけれども、決して我々を諦めの気分に陥れることはなく、かえって運命に立ち向かうようにさせる。」
高坂は現実主義者だと言われるが、高坂の現実主義はシニシズムとは無縁だ。人間の悪と弱さへのリアルな認識を持ち、勢力均衡というパワー・ゲームを国際政治の基本に据えながら、他方で「理念」の意義を決して軽視しない。歴史のマクロ的・構造的把握を目指しつつも、あくまでそれを人間の営みとして理解しようとする。そこには人間というこの複雑な動物へのこの上ない好奇心と愛着、そして偉大さへの畏敬が横たわっている。それは本書も同じだ。ベトナム戦争の傷から癒えず、アメリカの力に陰りが出始めた1980年代初頭に本書は書かれたが、ローマをローマならしめたものが衰え始めた後も、ローマが長命であったように、アメリカもこのまま衰退しないであろうと高坂は予想していた。今のところ歴史はその通りに動いている。
そして通商国家ヴェネチアの浮沈に日本の未来を重ね合わせる。E・ボーゲルの『ジャパン・アズ・ナンバーワン』が出たのが1979年、本書の2年前である。まだまだ日本が上り調子の時代である。繁栄の絶頂にこそ衰退の種子が潜んいる。成功ゆえの奢り、進取の精神の喪失を戒める高坂の透徹した史眼と批評精神には今更ながら脱帽する。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
塩野七生や苅谷剛彦の本で、高坂氏のことが触れられていたので、関心を持って読む気になった。昭和の文化人というか、少し前の時代の人というイメージで読み始めたんだけど、読みながらいつの間にか同時代の人という感覚で読んでいることに気がついた。日本が今よりも経済的に強く、自信がある程度あった時代の本だとは思うんだけどさ。パワーベースを持たない日本の危うさが、過去に存在したローマ帝国、ヴェネツィア、オランダ、そして現在のアメリカ合衆国まで、国際関係と対比させて語られている。通商で生き残りをはかる国って、好かれないとかね。いろいろ考えさせられるなぁ。刺激的で面白かった。