アジャストメント ディック短篇傑作選 (ハヤカワ文庫SF) [Kindle]

制作 : 大森 望 
  • 早川書房
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感想・レビュー・書評

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  • フィリップ•K•ディックの短編集は、これで2冊目だが、この独特の世界観はクセになる。

  • 傑作しかない衝撃の短編集。特に人生の10冊の一つを塗り替える作品「くずれてしまえ」に出会えたのは嬉しかった。どれ読んでも珠玉とはこのこと。SF的なワクワク感のある設定に惹かれて導入しながらもそれらは単なるきっかけでしかなく、真の魅力がドバドバと押し寄せる展開の面白さ、オチの余韻が凄まじい。

  • オーディブルはフィリップ・K・ディック『アジャストメント』を今朝から聞き始める。

    「アジャストメント(Adjustment Team)」は、世界を調整し、修正を加える権限を与えられた謎の組織と、ちょっとした手違いからその調整を逃れてしまった男の物語。そこまで未来が予測できるだけじゃなく、修正を加えて軌道修正をはかることさえできるのであれば、そんな胡乱なやりかたじゃなくて、もっと直接的に手を下したほうがいいではないかという気もするが、御大は言う。

    「これは奇妙な上に、まわえりくどいやりかたに思えるかもしれない。いや、不可解にさえ思えるかもしれない。しかし、断言してもいいが、われわれは自分の仕事をこころえているんだよ」

    いやいやいや、そんなの信じられんて(笑)。だが、巻き込まれた男エド・フレッチャーはそれを信じ、あまつさえ、御大に「ありがとう」と感謝の言葉さえ口にするようになるのだ。

    「にせもの(Impostor)」は、外惑星人のヒューマノイドロボットによるなりすましの嫌疑をかけられたスペンス・オーラムが地球の捜査機関に追いつめられていく。自分が自分であることは本人がいちばんわかっているが証明はできない、という矛盾をうまく利用して話を引っ張るが、結末は、たぶん最初からわかってた。オーラムがまちがいなくオーラム本人だという証明をオーラム自身ができないように、そのオーラムがオーラムじゃないという証明もオーラム自身にはできないのだから。

    オーディブルはフィリップ・K・ディック『アジャストメント』の続き。

    「くずれてしまえ(Pay for the Printer)」は、核戦争後に細々と生き残った人類を延命するために、おそらくケンタウルス星系からやってきたビルトングは、人工物をなんでもコピーする3Dプリンタのような役目を果たしていた。人間はコピーを受け取るだけの存在になり、自分の手で何かを創り出すことを忘れてしまう。だが、ビルトングの生命も永遠ではない。子を残せなくなり、コピーにコピーを重ねた物体の質は低下し、やがてボロボロと崩れ去る運命にあった。

    「ビルトング全体が、人類を生きのびさせようとする努力に疲れて、生殖不能になったのだ。死んだ卵、かえっても生命のない子……」

    「瀕死のビルトングの前にあるコンクリートの台の上には、コピーしてほしい品物のおオリジナルが山積みにされていた。その横には、コピー中のものが二、三あった。まだ形のない、黒い灰とビルトングの体液との混合物。自分の体液を使って、この生物はせっせとコピーを進めていたのだ。いま、ビルトングは仕事を中断し、まだ機能している偽足を苦しそうに体内へひっこめていた。休息をとっているところだ――まだ死ぬまいとして、がんばっているのだ」

    そうまでして人類に奉仕してくれる理由は定かではないが、もらえるものはもらえるだけもらって、それが当たり前だと思い込み、ビルトングになにもかも依存して自ら物を生み出すことを忘れ、利用価値がなくなったら文句を言う。そればかりか、死を前にしたビルトングを、あろうことか、襲おうとする人間のあさましさ。

    「健康なビルトングなら、これを見てすぐにコピーできる。ピッツバーグのビルトングなら、このライターと寸分ちがわないコピーを作れるよ」
    「わかってる」「それがわれわれの障害なんだ。彼らがあきらめるまで、待たなくちゃならない。いずれはそうなるよ。彼らだって、自分たちの星系へ帰っていくしかなくなる――ここに長居をすれば、種族自殺だからね」
    「じゃ、われわれの文明も、彼らといっしょになくなるのか?」
    「そのライターのことかい?」「ああ、それはなくなる――すくなくとも、かなりの時間。しかし、あんたの物の味方が正しいとは思えないな。われわれは自分自身を再教育しなくちゃならない。ひとりひとりがだ。わたしにとっても、けっしてらくじゃないんだよ」

    「コピーという言葉はよくないね――創作、といってほしい。われわれは道具を創作し、品物をこしらえているんだ」「コピーというのは、たんなる模写だ。創作というのがどんなことか、それは口では説明できない。あんたが自分でやって、さとるしかない。創作とコピーとは、まったくべつべつのものなんだよ」
    「これがむかしの品物だ」「いつかは、またそんな品物ができるようになる……だが、われわれはそこへたどりつくのに、正しい道を――困難な道を――一歩一歩上っていくんだ」
    「(粗末な手製の木のコップを指して)いまのわれわれは、まだこの段階だ。しかし、これを笑っちゃいけない。こんなものは文明じゃない、といっちゃいけない。これだって文明さ――単純で粗末であっても、とにかく本物だ。われわれはここから出発するんだよ」

    オーディブルはフィリップ・K・ディック『アジャストメント』の続き。

    「おお! ブローベルとなりて(Oh, to Be a Blobel!)」は、アメーバ状の異星人ブローベルとの戦争で、スパイに仕立て上げられた地球人ジョージ・マンスターは戦後、1日の半分を人間、もう半分をブローベル状態で過ごさざるを得なくなり、逆の立場でブローベル側のスパイだったヴィヴィアン・アラスミス(1日の3/4が人間、1/4がブローベル状態)と結婚することを勧められる。2人には4人の子どもが生まれ、メンデルの法則に従って1人は24時間ブローベル、2人は混血(半分人間、半分ブブローベル)、1人は24時間人間だった。

    だが、ジョージの浮気と事業の成功によって2人にすれ違いが生じ、ジョージは工場建設の許可証がほしくて、あれほど忌み嫌っていたブローベル状態に24時間固定される道を選び、ヴィヴィアンはジョージの愛を取り戻すために、あれほど恥ずかしがっていた人間状態に24時間固定される道を選ぶ。

    結論:おのれの欲望に忠実であるためなら、見てくれの問題などいくらでも乗り越えられる。え、そうじゃないって? 

    「ぶざまなオルフェウス(Orpheus with Clay Feet)」は、クリエイティブな才能を持ち合わせないごく普通の人物が、時間旅行によって過去の人間に霊感(というか、未来にいたら誰でも持ち合わせている知識)を与え、その人物のミューズとなれることをうたった商用サービスの物語。

    「スレート、きみは――はっきりいおう――きみは創造的な人間じゃない。だからこそ、退屈した気分、みたされない気分になる。きみは絵を描くかね? 作曲するかね? 宇宙船の船体や、ローン・チェアーの廃物を溶接して、鉄の彫刻をこさえたりするかね? いや、しない。きみはなにもしない。まったくの受け身だ。そうだろう?」
    「図星ですよ、マンヴィルさん」
    「図星でもなんでもない」「きみはわかってないんだ、スレード。どんなことをしても、きみは創造的にはなれん。もともとそんな才能を持ちあわせていないからだ。あまりにも平凡すぎる。だから、フィンガー・ペインティングやバスケット編みをすすめるつもりはない。わたしはユング派の分析医じゃないから、芸術の効用を認めたりはしない」「いいかね、スレード。われわれはきみの力になれる。だが、まず自分の努力が必要だ。創造的な人間でない以上、きみが望める最高の目標は――ここでわが社がきみの力になれるんだが――創造的な人間に霊感をさずけることだ」

    インスピレーションの源はどこに転がっているかわからないし、たまたまそのタイミングで、その人物の心のなかで、あれとこれが結びついて発火した結果が、発明や発見、創作、着想につながるののだとして、その「たまたま」度を上げるために、当該人物の近くでささやく人を配置しようという試みはわからんでもない。だが、「きみがいなければ、そうした著作は存在しなかったわけだ」というのは言い過ぎだ。ネットワークの構成要素のひとつかもしれないが、そのアイデアを発火させたノード(結節点)の存在を超えるものではない。そもそも、自分のすでに知っている知識をさずけて、それが歴史上の発見につながったからといって、何がうれしいのか。知ってることが、知ってるとおりに実現されただけじゃないか。それで満足してしまうような人には、たしかにクリエイティブな才能はないかもしれないけどね。知らなかったこと、想像を超えた出来事に遭遇するからこそ、おもしろいと思えない人とは友だちになれる気がしない。

    オーディブルはフィリップ・K・ディック『アジャストメント』の続き。

    「父祖の信仰(Faith of Our Fathers)」は、ベトナム戦争?で米帝に勝利した共産党による支配が確立された世界の物語。すべての人民が絶対服従を義務付けられ、そのテレビ演説を見ていないことがバレると即座に建物の管理人を通じてクレームが入る「人民の絶対の恩人」とは誰なのか? 足の引っ張りあいが横行する官僚機構で出世を目論む菫(トン)に、上司から司令が下る。

    「その答案の片方は、筋金入りの信念を持った、献身的で、進歩的で忠実な党員の書いたもの。もう片方は、堕落したプチブル帝国主義思想をひそかに抱いているらしいとわれわれが疑っている、ある若い太陽族(スチュリヤーギ)の書いたものです。そのどっちがどっちであるかを、あなたに判定していただきたい」

    上辺だけのお追従と本音を見分けることは、そもそも不可能に近いのに、締め付けと監視が強すぎると、誰もが平気でウソをつくようになって、誰も信用できなくなり、人を疑うコストが高くなりすぎて、旧東ドイツの監視国家のように破綻せざるを得なくなる。言論の自由というのは確実に民衆のガス抜きとしても機能していて、言いたいことを言って、あとはきれいさっぱり忘れるか、そこまでいかなくとも、テロやクーデターを企てるほど鬱屈した気持ちをためることなく、日常生活を送れるようになるという意味で、人を疑い、監視するためのコストは、実は、かなり割安ですむ。ところが、独裁者ほど、心に後ろ暗い思いがあるからか、人の評判を気にするし、人の心をコントロール下に置こうとして、無駄なコストをかけてしまう。民主主義とか自由主義には、うろんなところがたしかにあるけど、社会生活の維持コストという意味では、かなり優秀なのではないかと思う。

    オーディブルはフィリップ・K・ディック『アジャストメント』の続き。

    「電気蟻(The Electric Ant)」は、人工的に造られた有機ロボットが自分に埋め込まれたプログラムからの解放を目指して、自分の体で人体(?)実験をする話。コンピュータがパンチカードシステムだった時代の産物だから、その古さはいかんともしがたいが、テープの穴を塞ぐと現実認識の一部が欠落する→テープをなくせば現実そのものをなくすことができる、というのは、認識できないものは存在しない的な、野心的な人間が抱きがちな度を越した万能感、ではなかろうか。

    プールが自らの命を断ったとき、それまでプールに親切にしてきたように見えた人間たちは「われわれはやっとあれから解放されたわけか」「ええ。すてきじゃありません?」と言った。だが、それはぬか喜びにすぎず、自分たちの存在感が逆に希薄になっていく……というところはいかにもディックらしい現実崩壊だけど、解放されたのは人間か、それとも電気蟻か、というのはもっと考えてみたいテーマである。

    オーディブルはフィリップ・K・ディック『アジャストメント』が今朝でおしまい。

    「凍った旅(Frozen Journey)」は、移住先の惑星に航行中の宇宙船で、冷凍睡眠カプセルの故障で意識だけ目覚めてしまった男の悲劇。空気も食料もないから起こすわけにはいかない、到着までの10年間夢を見ててくれ、悪いようにはしないから、と宇宙船にいわれて、過去の思い出に浸るヴィクター・ケミングズだったが、魔の悪いことに、ヴィクターは筋金入りのネガティブ思考、うつ病気質の持ち主だった。過去のどんなによかった思い出を呼び出しても、幼いころに自分が犯した罪の意識によって上書きし、どんどん落ち込み、精神を病んでいってしまう主人公に手を焼いた宇宙船(のコンピュータ)は、ついに、主人公に同じ夢(宇宙船が目的地につくところ)をくり返し見せ、彼が「こいつはウソだ、宇宙船のさしがねだ」と見破った瞬間、強制リセットして、もう一度はじめからやり直すという解決策(というか暴挙?)を見出す。ヴィクターの精神を心配した宇宙船は、ヴィクターがかつて別れ、別れたことを後悔していた元妻を探し当て、宇宙船が本当に目的地に到着したときに、ヴィクターを元妻と再会させた。だが、10年間、何度も何度も同じ夢を見せられ、そのたびに宇宙船のウソを見破ってきたヴィクターにとって、目の前の現実はもはや現実ではなく、これまで繰り返されてきたニセの夢と区別がつかなくなっていた。

    この話、映画「インセプション」でコブが、夢の世界にとじこもり、現実世界に戻りたがらない妻のモルに「この世界は現実じゃない」という観念を植えつけ(インセプション)、ようやく現実に戻すことに成功するが、モルは「この世界は現実じゃない」という観念に取り憑かれ、現実世界を受け入れられずにダイブしたこととかなり重なる。というか、インセプションのアイデアの1つになっているのかも、と感じた。

    「人間とアンドロイドと機械(Man, Android, and Machine)」は、フィクションではなく、ディックが過去の自作に言及したエッセイ。未読の作品が多数あるので、もっとあとに読み返したい。

  • SF短篇といったらフィリップ・K・ディック。彼の一連の作品世界に通底するテーマがすべて詰まっているといっても過言ではないのが収録作の『にせもの』。現実が一気に崩れ落ちる「ディック感覚」をまずは本作で味わってほしいです。

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