そしてドイツは理想を見失った (角川新書) [Kindle]

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  • 一見すると、賢明なリーダーの下で政治が非常に上手く機能しているように見えるドイツ。ドイツの政治をつぶさに観察してきた著者が、実は危ういドイツの政治状況を鋭く指摘した書。2018年2月刊行。

    「人道の実践者、EUの救済者、環境保護のリーダー」。理想的なリーダーとして世界的に高く評価されているメルケル首相。著者によれば、実はその大方は虚像で、実際は、機を看るに敏で日和見の老獪な政治家なのだとか。二転三転した問題ありありの「脱原発」政策しかり、理想論だけで突っ走る「難民ようこそ政策」しかり、市場原理に反した「電気自動車シフト」しかり、とにかく失政。多い。そして、これら失政への批判を封じ込めるために言論統制を可能とする「SNS規制法」まで成立させてしまった。

    「現在のドイツのエネルギー政策では、再エネ産業は儲かるが、環境と国民経済には大いなる負担が掛かっている。要するに、一国のエネルギー政策としては失格だ。それをいまのところ、政府とメディアが、あたかもすべてが上手くいっているように宣伝しつづけている」と著者の筆致は辛辣だ。

    これら失政のツケは、今後、ドイツ国民が払っていくことになるのだろう。今はドイツ経済が好調だからいいんだろうけど、対中貿易で大コケしたりしたら、目も当てられないだろうなあ。

    まさに、他人の芝生は青い、ということなんだな。

    マスコミ報道がいかにいい加減で、またバイアスのかかったものであるか、ということも、本書を読んで改めて認識を強くした。

    著者の指摘で特に面白いなと思ったのは、日独は「似ているようで似ていないところが多い」のに対し、中独は「似ていないようで、よく似ている」日中独の比較論。

    日独は、「時間の正確さ、衛生観念、仕事の真面目さ、チームワークの巧みさ、規則に対する忠実さ」など表面的な部分では似ているが、考え方や感じ方は似ていない。何しろ「ドイツ人は、規則がある場合は必ず守るが、規則がないところでは」譲り合う精神が希薄で、「しかも、一度言い出したことはとことん主張し、自分の間違いを認めないし、人をグサグサ刺すような激しい討論は、聞くのも、するのも大好き」で、「それで傷つくことはなく、終わったら笑顔でバイバイといえる頑強な精神構造をもっている」という。おおよそ日本人とは異なるメンタリティなのだ。

    一方中独は、「両者とも、ひどく遠大な計画を立てることができ」、「しかも、必要とあらば、その最終目標を永遠に心にしまっておけ」、それでいて「短期的な利害にも、ものすごく敏感」で、「商売にかけては、両者とも、甲乙つけがたいほどのずば抜けた才能がある」という。商売上手という意味では、ユダヤ人と中国人街双璧だと思っていたが(いやいや、インド人も侮れないな)、ドイツ人もか…。

    メルケル退陣後の次の政権で、果たしてドイツはどのような道を進むのだろう。著者の「メルケル仮面の裏側」も読まなくちゃ。

  • 直近のドイツ政治情勢がわかると思うのだけど、わりと筆者の主観が強く見えるので読みづらい点があるかもしれない

  • ドイツが脱原発や移民政策を強く押し出すのはなぜか。そして、ドイツの現状はどのように作られたのかを解説する本。

    ドイツが現在の人道や省エネを強く押し出す理想国家となったのは、WW2のナチスという過去があったから。その過去によって、ボロボロになったドイツという国は、再び国際社会へ出て行くために、自らの過去を徹底的に否定した。その手段が国際協調などの価値観に重心をおく理想国家というスタイル。この系譜が、現在の観念的な理想論を前面に出すメルケル政権下のドイツにつながっている。

    しかし、理想は難民の流入によって現実と向き合うことを強要される。人道という価値観から難民を受け入れるが、受け入れ数は社会インフラの限界付近へと迫った。その結果、社会に歪みが生じる。理想と現実の溝からAfDの台頭という動きが始まるが、メディアと政府の接近やSNS規制法により、既存の政策・・・特に難民政策や脱原発政策への反発を押し進める、AfDの発言の自由が奪われていく。
    そこには、理想を追い求めるあまり「理想を否定するものを否定する」という姿が浮かび上がる。言論の自由というのも人類が求めた理想の1つだが、1つの目的の前では違う理想を求める者をコテンパンに打ちのめしても良いという、意見の統合。反対する者がいない社会を目指すメルケル政権が率いるドイツの全体主義的な性向を筆者は指摘する。

    社会が1つの方向へ向かっている、という言葉は時に美しくも聞こえるが、このドイツの例を読んだ後では、この状態がある種の危険性を持っていることが理解できる。社会が1つにまとまっているということは、違う意見への封殺であり、その社会が是とする意見から外れる発言が許されない状態でもある。

    中庸が一番。理想に燃えているだけだった時のドイツが。2000年代が一番ドイツにとってバランスが取れていた時期だったかもしれないが、難民問題がドイツの理想主義を殺してしまったのだろう。誤魔化しや方針の転換をしない場合、理想と現実の乖離はいっそう酷くなるという現代の寓話。

    社会をよくする理想に燃えれば全体主義に、社会の自由を求めれば小さな政府に。ドイツとアメリカが犬猿の仲になっているのもその意味では納得できるかな。

  • この著者はドイツのマスコミにかなり不信感でいっぱいになってる。曰くドイツのメディアはメルケルマンセーで批判的な記事を書かないと。再生エネルギー大成功の話もその文脈での宣伝のようだ。うーん、そうなのかなあ。もちろんこの本に書かれた内容を全て鵜呑みにするというのもちょっと問題がありそうだ。

    続きはブログで
    https://syousanokioku.at.webry.info/201903/article_14.html

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著者プロフィール

作家、ドイツ・ライプツィヒ在住。日本大学芸術学部卒業後、渡独。1985年、シュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。2016年、『ドイツの脱原発がよくわかる本』で第36回エネルギーフォーラム賞・普及啓発賞受、2018年に『復興の日本人論 誰も書かなかった福島』が第38回の同賞特別賞を受賞。近著に『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)、『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』(ワック)などがある。

「2022年 『左傾化するSDGs先進国ドイツで今、何が起こっているか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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