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感想・レビュー・書評
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「権力は腐敗する。絶対的権力は絶対的に腐敗する。」と喝破したアクトン卿のひそみに倣えば、本書で猪木氏が提示した命題はさしずめ「革命は独裁化する。独裁的権力は必然的に暴政化する。」といったところだろうか。言うまでもなくこの命題の前半はマルクス・レーニン主義の公式である。(もっともそれは事実命題ではなく、当為命題=なければならない、である。) 猪木氏の独創は、スターリン独裁とヒトラー独裁を例に、左右を問わず革命(乃至反革命)勢力が権力を奪取した後に直面する権力の弛緩を克服するプロセスを歴史的に辿り、それが不可避的に暴政に至ることを明らかにしたことである。門弟の一人木村汎氏は、猪木氏のこの独創は英文にして世界の学界に紹介するに値すると述べている(文庫版解説)。実現しなかったが猪木氏自身それを企図していたようでもある。
独裁が正当化されるのはそれが革命が成就するまでの一時的なものである限りにおいである。だが独裁的権力は革命が一定の成果を収め対外的な危機を乗り切った後も、革命の未完成を理由に決して独裁を緩めようとはしない。それどころか、革命の初期の成果に満足して現状維持を図る穏健派と、初期の成果に満足しない急進派の離反に直面し、権力基盤の遠心化を阻止するために、大衆を動員しつつより一層独裁を強化し、やがて凄惨な粛正にのめり込んで暴政化していく。革命的権力をスタティックな構造として把握するのではなく、権力構造の形成と変容を諸勢力の動員と排除に着目し、ダイナミックな過程と捉えることで得られた歴史的洞察である。
本書は猪木氏が京都大学に提出した博士論文の増補改訂版だか、革命的権力の魔性と陥穽を見事に解明した名著である。資本主義がもたらす人間疎外を暴くマルクスの問題提起の意義を認めながらも、気骨のリベラリスト河合栄治郎の薫陶を受けた氏は、暴力革命とプロレタリア独裁という処方箋の誤謬をいち早く指摘していた。本書はその理論的かつ実証的バックボーンと言ってよい。マルクス・レーニン主義が名実ともに崩壊した今日から見れば、本書の結論はもはや常識とさえ言えるが、本書初版が出た60年代は多くの知識人が革命を夢見ていたことを忘れるべきでない。加えて政治変動過程の一般理論としての価値は今も失われていない。氏の今一つの名著「共産主義の系譜」と合わせて読みたい。詳細をみるコメント0件をすべて表示