高坂正堯―戦後日本と現実主義 (中公新書) [Kindle]

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  • 政治家の評伝では定評のある著者の手になる高坂正堯の初の本格的評伝である。高坂の学者やオピニオンリーダーとしての業績のみならず、歴代政権のブレーンとしての活動に比較的多くの頁を割いているのが特徴であり、高坂入門には格好の労作である。だが既に高坂の著作にある程度親しみ、高坂節三氏の『昭和の宿命を見つめた眼』や五百旗頭真氏らの『高坂正堯と戦後日本』を知る者にとっては、知られざるエピソードや裏話は確かに興味深いのだが、厳しい言い方をすれば物足りない。政治学者という器には到底おさまりきらない高坂のような知性の魅力をあますところなく伝えるのはたやすいことではない。高坂の生涯と業績にバランスよく目配せするのが評伝であってみれば、この物足りなさは必ずしも本書の欠陥ではない。

    高坂の傑出したタレントを理解することの難しさは二人の弟子が証言している。

    高坂正堯という存在は、過去の様々なすぐれた知的資産をもっぱら自分一人の眼で取捨選択して吸収し、外からはいたって見えにくい彼独自のやり方でそれらを総合し、いわばその内側で「たった一人で完結している体系」だから、これに安易に追随しようとすると、必ず「自分の学問」を見失うことになる。(中西輝政)

    確かなことは、高坂政治学は一代限りで終わりということである。それは、先生の知性の一番肝心な部分がまるで伝達不可能だからである。(田所昌幸)

    高坂正堯のとてつもなさをこれほど端的に言い当てた言葉を知らない。高坂の魅力をアカデミックな手続きに則して論じることには、一定の意義があるにせよ、それが単なる概念的な整序にとどまり、「たった一人で完結している体系」や「伝達不可能性」に肉迫するのでなければ、要するにつまらないのだ。それは高坂と同等以上に深い教養と卓抜なセンス、高坂のように「自分一人の眼」で歴史や人間を語れる知性を持ってして初めて為し得ることかも知れない。

    外交を「技」であると喝破した高坂は政治を一種の「アート」とみていたように思う。規範性をもった虚構と言ってもいい。それはゲーム理論でいうゲームとは全く異なる意味での「遊び」としての「ゲーム」だ。高坂が心血を注いだウィーン体制も、外交が共通の文化的基盤をもった貴族の「遊び」であったからこそ、それがむき出しのリアルポリティークと化すのを防いでいた。外交に「遊び」が失われウィーン体制を頂点とする古典外交は崩壊した。現代の国際政治をみるとき「遊び」に代わってそれを制御するのは何だろうか。「力」なのか「利益」なのか「価値」なのか。高坂は晩年にナイのソフト・パワーに着目したが、ソフト・パワーがワード・ポリティックスに過ぎないならば、決して「価値」を代替するものではなく、形を変えた「力」でしかない。著者は高坂の遺作に込められた最後のメッセージを「静かな外交」と「ストレート・トーク」に見出すが、外交において「遊び」も「技」も欠いた「ストレート・トーク」が可能であると高坂は本当に考えていたのだろうか。死を前に敢えてドン・キホーテを演じてみせたのか。単純には物事を割り切れない微妙なニュアンスが文明だと考えた高坂に「遊び」か「ストレート」かという二者択一は愚問であり野暮であろう。現代には現代にふさわしい「遊び」があり「ストレート」があるはずで、その融合のカタチがなければならない。それがどのようなものか、ついに高坂自身も明確な言葉で語ることはできなかった。それはまさしく高坂が日本外交、そして21世紀の国際政治に投げかけた最後の問いではなかったか。

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著者プロフィール

中央大学総合政策学部教授
1968年生まれ 神戸大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得退学 博士(政治学)
〔主要業績〕
『増補版 幣原喜重郎──外交と民主主義』(吉田書店、2017年)、『外交を記録し、公開する――なぜ公文書管理が重要なのか』(東京大学出版会、2020年)、Eisaku Sato, Japanese Prime Minister, 1964-72: Okinawa, Foreign Relations, Domestic Politics and the Nobel Prize (translated by Graham B. Leonard, London: Routledge, 2020)

「2020年 『外交回想録 竹下外交・ペルー日本大使公邸占拠事件・朝鮮半島問題』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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