- Amazon.co.jp ・電子書籍 (212ページ)
感想・レビュー・書評
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早いインターネットは、ボールが飛んできたら反射で打ち返す。今のSNSのこと。
1章が期間限定で読めるから読んでから買うのもあり。
https://slowinternet.jp/article/slowinternet/ -
トランプ政権誕生やブレグジットの成立から、グローバル資本主義のプレーヤー(シリコンバレーなど anywhere)とローカルな旧態生活者(ラストベルトの自動車産業 somewhere)との分断を分析し、解決策を模索する本。
著者の語彙の豊富さと、比喩の的確さはなかなか凄い。
エニとサムは収入や仕事などの違いがあるが、決定的に違うのは「世界に素手で触れられる」か出来ているかどうかだ。自分の企業した会社が世界を変えていく人と、工場主から給料を貰う人42
サムは投票することしか世界に触れられない。そこで昔に戻るや、グローバルから壁を作る幻想を語ったトランプを当選させた。インターネット時代の民主主義こそが世界を分断する45
エニの自由をサムにも獲得させなければならない。そうすることでサムが承認欲求の捌け口として政治を利用するインセンティブを下げるしかない48
既に多くの国家にとって政治とは富の再分配であると同等か、それ以上に「承認の再分配の装置」である134
20世紀は報道やテレビなど「他人の物語」を生きてきた。だが21世紀の今日はその「非日常」の「他人の物語」を、どうやって「日常」の「自分の物語」としていくかだ170
憲法9条の有無と戦後70年余の国内の平和実現は完全に無関係だ。実質的にそれを担保したのはアメリカの核の傘によるパワーバランスだ185 -
文章をきちんと読む込んで、深く考える。今の時代はそれが出来なくなってしまった。考える力が弱っている。
インターネットは便利だが、次々に流れてくる情報を流し読みするだけで、きちんと読み込んでいない。
これは私自身にも思い当たることだ。
電車の中で次々とニュースサイトをスワイプしていく。
見出しだけ読んで読んだ気になっている。
映像ですら、今は2倍速で見る人が多いという。
タイトル通り著者は「遅いインターネット」を提唱している。
「もっとゆっくり読もう。そしてみんなで深く考えよう。さらに出来れば議論してさらに良い解を求めよう」
そういうことを言っているのだと思うが、本当に心から賛成だ。
今のインターネットは便利になり過ぎている。
スピードはドンドンと速くなるし、情報量は増えていくばかりなので、どうしても効率よくスワイプして画面を送ってしまう。
自分だけが急いでいるが、実際はそんなに急ぐ必要ないのに。
食べ物を栄養分だけ摂取しているような生き方だ。(そういう人も現実的に存在する)
食物のありがたみを感じて、そして美味しく調理して、時間をかけてゆっくり、たまには友人たちと会話しながら食事して。
そういう生き方の方がより人間的ではないだろうか。
インターネットとの接し方もそれと同じなのだろう。
便利だからと言って、要点だけを摂取していては、物事の本質はいつまでたっても見えてこないと思う。
インターネットの進化が、それまでに人々がゆっくり培ったきたものを、一気に変えてしまっている。
その変化に付いていける一部の人はそれでいい。
本書では「Anywhereな人」と言っているが、ネットがあればどこででも暮らしていける人。
すでに国家という枠組みも必要なく、ある程度仕事でも成功している人だろう。
お金もそこそこあれば場所に限定される必要がない。
プログラミングのような主にネットで完結できる仕事であれば、それこそ世界のどこにいても仕事は出来る訳だ。
そういう人が増えているのは事実であるが、そうでない人はそれこそどうするのか。
本書では「Somewhereな人」と言っているが、「どこか」という場所に限定されてしまう人。
私自身も日本と言う国に限定されていると感じるが、そういう人にとって開かれ過ぎた今のインターネット・グローバル化は逆に恐ろしさを感じてしまう。
この辺がいまの社会制度の限界を表しているのかもしれない。
インターネットが国家という壁を壊してしまえば、まさに世界バトルロワイヤル状態に突入しているとも言える。
強い人はいい。世界バトルロワイヤルでも生き残れる自信があるのだろうから。
ただ、そうでない人は、ある程度の枠組みで守られたいと思うのは当然だと思う。
グローバル化に付いて行けない人たちがトランプを支持したり、ブレグジットに賛成したのは非常に理解できる。
そんな副反応もありながら、それでもグローバル化へ進む流れは変わらない。
本書で吉本隆明の「共同幻想論」について触れていたが、ここでその話が出ると思わなかった。
自分自身は高校生の頃に読んだ記憶があるが、難解過ぎて理解できなかったことを覚えている。
(「理解できないこと」を「覚えている」というのも可笑しな話だ)
「自己幻想」「対幻想」「共同幻想」については、「確かにそんなことが書いてあった」と微かな記憶があるのだが、本書での解説で合点がいった。
確かに今のインターネットで当てはめると、これらは理解しやすい。
「自己幻想」がSNSのプロフィール上の幻想こと。
「対幻想」がLINEなどメッセンジャーでのやり取りの中での幻想のこと。
「共同幻想」がTwitterなどタイムライン上での幻想のこと。
人間はもしかしたら「幻想」があるから、特別な生物なのかもしれない。
「サピエンス全史」では「認知革命」と言っていたが、もしかするとこれも同義かもしれない。
社会とか、お金とか、国家とかは、共同幻想で認知されるものだ。
そして、著者がTwitterタイムラインを共同幻想と位置付けたのは、非常にユニークな視点だ。
SNS上の人たちは、フォローフォロワーという関係で、自分たちを仲間という関係値に位置付ける。(まさに共同幻想だ)
その中では多様な意見を持ち寄って議論することはあり得ない。
もし少しでも異なる意見を言うものが現れれば、そのコミュニティの中で叩き出す。
壁の向こう、安全な場所から石を投げつけ、完膚なきまで叩きのめす。
異物は排除され、そのコミュニティは同じ意見の人々で安定安全が維持される。
一見安全なようでいて、実は同調圧力が最大限に発揮され、そのコミュニティ内の人々は日々空気を読みながら窮屈に暮らしている。
つまりタイムラインが「壁」の内にいることでの安心感を醸成しているが、一方で窮屈さを生み出しているということだ。
この辺がSNSの難しいところなのだろうと思うのだ。
インターネットは便利だし、今後も政治や選挙でも利用されるかもしれないが、本当に難しさを感じてしまう。
本書で英国元首相チャーチル氏の名言も引用されていた。
「民主主義は最悪の政治形態らしい。ただし、これまでに試されたすべての形態を別にすればの話であるが。」
当面民主主義に置き換わるものは出てこないと思うが、インターネットも、SNSも同様だ。
確かに便利なものであるが、また最善とは言えない。
この先の世界がどうなっていくのか。
間違いなくインターネットは更に進化していくだろう。
この不完全な状態のままで、いずれメタバース空間のような拡張された世界となり、その中で人々は今よりも広くつながっていく。
(それをSNSというのかどうかは分からないが)
メタバースこそ究極の「幻想」と思うのだが、その世界でも「自己幻想」「対幻想」「共同幻想」は保たれるだろう。
スピードが益々速くなっていく世の中で、果たして我々は最先端に付いていく必要があるのだろうか。
改めて「遅いインターネット」とは「立ち止まって深く考えよう」という提案だ。
「共感(フォロー)、いいね」の外側にこそ、実は世界の見方を変えるモノがあるはずだ。
価値の転換、発想の転換をするためには、深く考えなければいけない。
それを思い付きでタイムラインにポストしてはいけない。
じっくりと書き込んでみる。書いたもので、他人とじっくりと議論してみる。
世界をより良くしていくために「インターネットとゆっくり付き合う」ことが大切なのだろう。
実は私自身、ほんの数年前から書くことを意識し出した。
これは短文でなく、出来るだけ長文で読書感想文を書いてみようと思って続けている行為だ。
まさにこう書いている行為がそのものなのだが、誰かが読むものでもなく、実は自分自身に向けて書いていたりする。(ということに最近気が付いた)
本は読んでも100%内容を覚えていられることはない。
しかしその時の感情や感覚はこうして長文で残すことで、ある程度保存が出来ると思ったのだ。
数年前の自分の感想文を読むと、その時の感覚が思い出されたりして心地が良い。
まさに古い写真を見るような感覚である。
ゆっくりと味わうというのはこういう事なのかもしれない。
良本と出会えた。もっとゆっくりとじっくりと物事を考えてみたいと思う。
そして出来るだけ長文でアウトプットしてみたいと思う。そんなことを感じたのだ。
(2022/9/19) -
インターネット、スマホ、SNSの普及によって読むことよりも書くことの方が簡単になり、発信される情報の量とスピードは人間が追いつけるそれを遥かに超えている。その結果として情報の質は低下し、インターネットに対する信頼や希望といったものも失われる一方。遅いインターネットとは、もう一度自分達の手で手触り感のあるインターネット、コミュニティを創り上げていくための試み、というふうに理解した。
読むことよりも書くことを最初に覚えた世代と以前の世代はどんな違いがあるのだろう。という問いが生まれたことと、
日常と非日常、自分と他人、の二軸でメディアやコンテンツを整理する、という箇所がいちばん印象に残った。 -
非日常でも他人の物語ではなく、『日常×自分の物語』をインターネットを用いて実現していこうという主旨の本。
一応、全部読んでみたけど、正直よく分からなかった。『日常×自分の物語』だけ聞くと、Twitterで「ラーメンなう」みたいなことをつぶやくということかなと思ったけど、そういうわけでもないようだし。
マスコミを批判しながら、インターネットをテレビのワイドショーのようにしか使えていない人にたいして軽蔑以上のものを感じないというのは同感したのだけど(ただ、ワイドショーとネットの発言を同列に語るのはまたちょっと違うような気はする)。
本題ではないけど、最後の後書きで、“箕輪厚介の担当で幻冬舎から本を出す企画があると述べたら、古い友人から「業界から嫌われるので彼とは付き合わないほうがよい」と言われた。”と書いてあって笑った。 -
【Review】
新発見はなく、自分のウェブマガジンの宣伝のように感じて読んでいてつまらなかった。「遅いインターネット」とはnewspicksみたいな感じで、精査された記事が時間をかけて投稿されることらしい。誰でも投稿できるTwitter、インスタ、Facebookとは反対の存在。
【Memo】
なし
【Action】
NewsPicksは引き続きウォッチする