避けられた戦争 ──一九二〇年代・日本の選択 (ちくま新書) [Kindle]

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感想・レビュー・書評

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  • いかに学問的な良心に偽りがなくとも、歴史解釈に価値観が紛れ込むのを完全に排除するのは難しい。本書もその例外ではない。著者は政治的には「左派」に属する学者のようだが、エピローグを除き比較的公平に史実を扱っていると一応は評価できる。だが案外それが曲者で、結局はエピローグで語られる著者の歴史認識に収斂すべく全体の著述が仕組まれている感は否めない。その歴史認識とは一言で言えば「植民地支配の反省の欠如」である。その是非を敢えてここでは問わないが、全ての歴史解釈は必然的に後知恵であるからには、あの戦争が「避けられたか」という問いには、よほど慎重なアプローチが必要だ。残念ながら本書がそれに成功しているとは思えない。

    軍事力にものを言わせた列強の勢力分割という「旧外交」から、民族自決を前提とする国際協調という「新外交」への転換を、当時の日本が読み誤ったという著者の指摘は正しい。だが転換期とは古い要素と新しい要素がせめぎ合う混沌とした世界である。そのただ中にある当事者にとって、歴史がどちらに進もうとしているかを見極めるのは、結末を知る後世の歴史家が考えるほど容易ではない。「新外交」の主導者たる米国ですら、日本に同情的な元駐中国公使マクマリーのように多様な意見があったし、「新外交」に渋々同調した英国に至っては、いつどちらに転ぶやも知れぬと見えても決して不思議ではない。もちろんいつの時代にも「先見の明」を持った人間はいる。小日本主義を唱えて満蒙権益の放棄を訴えた石橋湛山や、中国の主権を尊重して不干渉政策を貫こうとした幣原喜重郎はその数少ない例かも知れない。こうした少数者に学ぶことは大切だが、その認識を持ち得なかった大多数の人々を後世の視点から断罪しても得るものはない。

    軍部の暴走やそれを助長する「統帥権の独立」という制度的欠陥があったのも確かだ。だが文民統制が確立していたら戦争は回避できたかと言えば疑問だ。憲法自体がそうであるように制度は所詮制度でしかない。それを活かすも殺すも運用次第である。現に民意が軍縮を支持していた時には政治が軍部の反対を抑えてそれを実行した。つまるところ軍部の暴走を許したのは満蒙権益に固執した民意そのものだ。湛山にせよ幣原にせよ、その民意を味方につけることはできなかった。軍部が政党政治を倒したのではない。国民が自ら持ち上げた政党政治にあいそをつかしたのだ。これを「民主主義の未成熟」と言って片づけるのは民主主義に対する大いなる錯誤である。民主主義とはそれを適切に統御できるリーダーを欠いては、それ自体が暴走しかねない危うい政治体制なのだ。過去の失敗に学ぶべき教訓があるとすればまさにこの点である。1920年代に勝るとも劣らぬポピュリズムが蔓延する令和の今こそ、それが問われている。

  • 太平洋戦争と敗戦は避けられのかというのに最近関心があり、そのテーマの一冊。

    この本は、1920年-30年のWW1後のワシントン条約から、満州事変までの10年間に集中して、日本、米国、中国を中心に内政と外交を追う。

    この時期、世界はWW1以前の帝国主義的体制から、民族自決、国際協調への「新外交」に移行しつつあった。

    米国はWW1にはあまり関与せず、また中国にも利権をもっていなかった。そんななか日本移民排斥運動がおこる。また中国に権益がないから「門戸開放」で中国が自立したほうが貿易により中国で利益を得られるという考えが「新外交」の背景にあった。

    一方、中国は清崩壊で、軍閥が割拠するカオスで、外交交渉する主体ですらさだかでないなか、各国植民地返還、関税自主権などを列強各国と交渉しようとしていた。

    日本は幣原外相などの「新外交派」と日露戦争の戦果である満蒙権益を死守すべきという「民族派」に政界はわかれていた。この時代、頻繁に軍人などによる政治家暗殺が相次いだ。

    根本的な問題として明治憲法が軍を天皇が直接指揮することになっていて、国会は予算以外では軍を統制できず、さらに満蒙にいる関東軍は東京の陸軍本部の命令すらきかない。

    満州事変直前に国際連盟のリットン調査団が満蒙にかんして日中の仲裁を試みるが、関東軍はこれを受け入れることはなく、国際連盟脱退、日中戦争と戦争は拡大していき、英米と日本は決裂する。

    リットン調査団の仲裁では、満蒙の権益を日本にのこしつつ、領土は中国とする、という香港のような方式も提案されていたので、日本側の情勢次第では平和的に解決できた可能性はあった。しかし、自国の軍隊に命令できず、次々と要人がテロにあうような状況ではそれは難しかったであろう。

    というような内容でした。

    あまり良く理解していない時代の話で、あまり小説や映画でも取り上げられない時期みたいですが、転換点であったようです。

    最後の章にこの視点から安倍首相の歴史認識演説を論評しています。

  •  歴史に「もし」はありえないことだが、それでも本書のテーマは単に別の道があったと興味本位で見るものではなく、大きな流れとその時々の時点での解釈をからませることによって、深い思考を促すものとなっている。太平洋戦争の敗戦に至る過程で実に300万人以上の日本人がその犠牲になったことは事実なのである。
     そして、いやむしろこのことのほうにこそ意味があるとも考えられるのは、そこから長い時を経て、今、2020年代の世界の潮流を見渡した時に、どのような行動をとっていくべきなのか、足下のことから社会全体に至るところまでを考えるひとつの価値基準を提示するところにあるだろう。

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著者プロフィール

東京大学名誉教授・一橋大学名誉教授

「2020年 『避けられた戦争』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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