かなり重たい要素が詰まっていたのが印象に残ったので。
シャデラン男爵家の次女、マリーの誕生会に多くの貴族が訪れている。だが、これは男爵が資産家であるとか、人望があるからではなくて、困窮する家計のために何とか娘を売り込みたいと、手当たり次第に招待状をばらまいたから。それに、そんな理由でも食いつく人間はいる。その一人が、莫大な資産を持つグラナド伯爵のキュロス。伯爵は公爵家唯一の男子ではあるが庶子のため、(この物語世界で)父の爵位を正式に継ぐには爵位持ちの嫡出子である女性と婚姻しなければならない身だ。
たしかに、この夜会はマリーが主役の誕生祝いではあったんだけど、男爵夫妻はマリーを粗末に扱っており、売り込む気はさらさらないので、「主役」は必然的に、美しい姉娘のアナスタジアになる。そしてキュロスはこの会で偶然にマリーと言葉を交わす機会があって好意を持ったために、「主役」宛てに求婚の書状を出してしまう。ところが、花嫁にと送り出された「主役」のアナスタジアは、道中で馬車の事故に遭い、行方不明に。何が何でも縁談を成立させたい夫妻は次にマリーを送り込むが、伯爵はアナスタジアのことをマリーだと思っているので、到着した彼女はぞんざいな扱いを受ける。その誤解はすぐに解けるのだが、そこからマリーの人間らしい生活を取り戻す長い道のりが始まる。
序盤で効かせた強めのフックを面白おかしく痛快に回収していくシンデレラ風ロマコメだと思っていたらちょっと違った。マリーが自己肯定感が低く、猜疑心が強いわけではないが素直に人の好意を受けられない女性に育ってしまった理由が結構重い。そもそも彼女の祖母は「女傑」と呼ばれ、聡明で領地経営の手腕も確かな女性だったが、息子にはその才能は伝わらず、しかも彼は領地を取り仕切る母の姿を嫌い、真面目だが学のない女性(結婚前は姑のファンだった)を妻に迎える。そして2人は生まれた姉娘の美しさを愛でる一方、領地経営の人材は欲しいので、賢さを継いだ妹娘のマリーを利用するのだが、この利用の仕方がえげつない。姉妹の誕生前から(物語世界の)現在にいたる、ほぼ2世代分の時間をかけてマリーの人格を「仕上げて」いるので、これは贅沢で余裕のある暮らしを昨日今日に与えただけでは解けないし、そもそも、マリーはそこまで生き延びただけでも偉いよ。
不幸な令嬢マンガにはいわゆる「毒親」ムーブがつきもので、現実にある歪んだ親子関係を参考にすることも多いだろうが、本作は恨みによる子供の人格操作が本格的すぎて、これをフレーバーとして消費してよいのか少々迷うところも正直あった。これはミステリー作品の殺人でも思うときがあるけど。
序盤のすり替わりから、2人の間に設けられた障害の一つひとつとその克服にテンプレながらも工夫とひねりがあって、描写も丁寧で飽きさせない(長く続く作品はこのあたりが上手い)。それに、姉妹の片方にリソースを全振りした令嬢ものでは、リソースを全吸収したほうをクズに描くことがほとんどなのだが、お姉さんにも妹同様の賢さが受け継がれ、しかもとんでもない度胸があるところが意外だし、マリーを迎えるキュロスも、母親の生まれが原因で、資産家ではあっても貴族として盤石の地位にあるわけではなく、ちょっとデュマ・ペール的な生い立ちの不安定さを感じさせて、マリーに対してもフェアな人物造形だと思った。でもな、「アナスタジア」と書いた抱き枕はダメだ。実質同一人物だったにせよ、マリーが傷つくからな。