第8回創元SF短編賞受賞作。
話題だったところようやく読んでみたが、なるほど素晴らしい作品だった。
■表題作『七十四秒の戦慄と孤独』について
あらすじは次の通り
・マ・フと呼ばれる人型人工知性が宇宙輸送船の外で起動する
・マ・フは乗組員たちを観察していて紹介する
・空間めくり(リーフ・スルー)の高次空間(サンクタム)はマ・フにしか知覚できない七十四秒間があり、語り手であるマ・フ「紅葉」はその時間の海賊対策のための人工知性である
・時間が経ち、クルーが入れ替わり、メアリー・ローズという魅惑的な女性が登場
・空間めくりで海賊が現れ、紅葉は撃退するも重傷を負う
・紅葉は最期に船内に進入し、メアリー・ローズを一目見る
・船員の口から、紅葉の死後の顛末を語り、メアリー・ローズの正体に触れる
なにより文体が素晴らしかった。比喩表現が心地よい。
遠宇宙のSFに、日常的なもの(楽器とか自然とか)を喩えているためか、宇宙が情感たっぷりに感じられる。説明的な意味でも比喩表現により格段に分かりやすくなっていて、物語全体を視覚的に過ごすことができた。情景や形がありありと浮かぶ。とても色彩に満ちた物語となっていた。
朱鷺型とか、その由来(脊椎の形状)とか、武装とか、海賊とか、外連味も溢れていて、世界観も好き。マ・フとかリーフ・スルーとかサンクタムとか、単語の選び方もいちいちセンスが光っている。
そして改めて、何度も読み返したくなるような、まさに「旋律」のある、音楽のような文体だった。プロットは辿ってしまえば(特に短編ならではの切れ味のあるオチとか)大したことはないのだけど、文体に浸るためだけにまた読みたくなる、そんな稀有な小説だった。
なお、マ・フ・クロニクル含めて、過去の色々なSF(冒険SFとかも含む)が世界設計の背景にはありそう。巨人の肩にもしっかり乗っている。
■マ・フ クロニクル
『七十四秒』から1万年後の世界を描いた連作短編。
こちらも文体が素晴らしいだけでなく、「人工知性の葛藤」や、彼らの「個性の獲得」を丁寧に丁寧に描いていて、読み応えのある作品だった。
短編それぞれについてプロットを辿ることはあまり意味がないかもしれない。
最初の二編が特に丁寧に描かれていたように思う。『恵まれ号I』『II』の展開もおもしろくはあったが、描写の丁寧さはなくなったような。でもここにきて七十四秒が物語として機能したのはなるほど。「世界の謎」の示唆と開示も興味深く読めた。
最後の『最後の巡礼』は、とってつけたような感じでちょっと微妙だった。和名での展開もちょっと拙さを感じた。
他の人の感想で「自我・個性のためには現在が必要なのだろうか」と言うのを見かけた。たしかに、マ・フたちが自立を始める作中の事件(フィリップスの死)や、人間たちとの抗争は原罪的でありつつ、作劇上の都合のようにも感じられはした。
それぞれのあらすじは次の通り。
『一万年の午後』
・主人公ナサニエルは、惑星Hを観察するマ・フ8人の1人
・8人は調査船で「おあつまり」「おでかけ」「おやすみ」を1年間繰り返す
・1万年前に超空洞からやってきたこと以外に記憶はなく、人間と聖典(ドキュメント)を神聖視している
・特別が忌避され、同質性が重視され、惑星に対して非干渉の調査を行っている
・しかし、主人公はじつはスリープモードに移行できない欠点を隠している
・フィリップとの調査の際、フィリップが昆虫アイス・ブルーを救ったことに対して、なぜかナサニエルは怒りを覚える
・謎の赤色体の付近で見つかった「枝」(=銃)を御動作させて、ナサニエルはフィリップスを撃ち殺してしまう
・ナサニエルは良心の呵責に苛まれるが、仲間たちは事故だから仕方がないという
・ナサニエルはフィリップスが救ったアイス・ブルーを踏みつぶし、絶滅させる
『口風琴』
・冒頭でフィリップスとの思い出(熊猫の出産の観察)が思い起こされる
・フィリップスの頭部に移植を試みたエドワードは言葉がしゃべれなくなる
・フィリップスの死体をどうするべきか、8人は議論をするが、解決できない
・そもそも「おあつまり」で議論をすること自体が一万年を経て初めてである
・仕切り役のスティーブは「特別」な地位を得ている、とナサニエルは思う
・赤色体の谷からヒトが回収されるという事件が起こる
・ヒト(オク=トウ)とナサニエルは交流し、オク=トウはナサニエルの罪の意識に耳を傾け、優しいアドバイスをくれる
・昔「北軍」と「南軍」の戦争があったことに触れられる
・オク=トウはフィリップスの「おそうしき」を提案し、そのように準備させる
・オク=トウは聖典に従う必要はないとし、マ・フたちは自由を得る(が、持て余しもする)
・フィリップスのお葬式で、ナサニエルはオク=トウの口風琴を借りて音楽を奏でる
・オク=トウは狩りを提案し、熊猫を撃ち殺して食べ、ナサニエルはヒトに優しさだけではなく残酷さも見出す
『恵まれ号I』『恵まれ号II 』
・赤色体はヒト戻りし、オク=トウの指揮の下、人間たちが回収される
・一部の人間は恵まれ号で過ごし、他の50人ほどは丘陵地のキャンプで過ごすが、電力について問題として横たわることが明らかにされる
・キャンプで狩りを仕切るジョンたちは粗野な人間で、オク=トウとは対立的な関係にあり、マ・フを軽視していて、マ・フたちは反感を覚える
・恵まれ号を丘陵地に移動することについて、聖典になおこだわるスティーブは反対している
・ある日、ジョンがエドワードを殴ったことをきっかけに、スティーブたちは反発して恵まれ号を封鎖し、人間たちを追放する
・マ・フたちは過去のような「お出かけ」を繰り返す日々にもどるが、ナサニエルだけはどちらにもつけず、引きこもる
・ナサニエルは実は唱銃をオク=トウたちのキャンプに充電して届けており、そこでジョンらの火刑の場面に遭遇する
・オク=トウは、キャンプの人口維持が限界であり、このままでは恵まれ号奪還のために動かざるを得ないという
・その後、人間たちは恵まれ号の奪還に動き、威嚇のためだった「星吹き」をエドワードが実行して攻撃し、人間たちは恵まれ号に進入してマ・フ三体を惨殺する
・残されたスティーブ、エドワード、ナサニエルは空間めくりの実行に成功し、その機会に船から脱出する
『最後の巡礼』
・摩不を信仰する村の巫女の物語
・これまでの物語が過去の神話になっていることがわかる
・赤色化する村人が現れ、主人公の巫女は摩不の出現を祈願して座り込みを行い、果たして摩不(ナサニエル)は現れ、薬をくれる
・恵まれ号とナサニエルたちは機能を停止し、電力供給は失われる
・エドワードが惑星の植物と一体化していることあ明らかになる
・スティーブはヒトを恨み、地下にもぐっていることが語られる
・ナサニエルは機能を停止する