殺した夫が帰ってきました (小学館文庫) [Kindle]

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感想・レビュー・書評

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  • あなたは、自分が殺したはずの人間が、それから数年後『ただいま』と姿を表したとしたら、どうするでしょうか?

    う〜ん、この質問は変ですね。人を殺したという前提の質問をされても答えようがないですよね。はい、私なら…こうします!なんて、スラスラと答えられる方が怖いです。しかし、これは極端な例です。もっと身近なことで考えてみましょう。例えば、”電気を消したはずなのに…”、”鍵をかけたはずなのに…”、そして、”へそくりがもう少しあったはずなのに…”。”○○したはず…”と思っていても実際にはそうではなかった、そんな経験は誰にでもあることだと思います。ただ、その答えは必ずしも本人の思い違いでない場合も確率としてはありえます。考えたくはないですが、家に何者かが侵入した、そんなまさかの結果論が待ち受けている可能性だってないことはありません。そう考え出すと”○○したはず…”の先には怖い世界が見えてもきます。

    では、最初の話に戻りましょう。このレビューを読んでくださっているあなたにはそんなことは全くない!とは思いますが、もし、です、もし、あなたが人を殺したとします。これは、あくまで仮定の話ですから、ここに引っかからないでください(笑)。あなたは、明確にあなたの手で、ある男性の運命を変えました。そう、『崖下に向かって、夫を思い切り突き飛ばした』、『下なんか何も見えないくらいの高さで、落ちていく瞬間、どんどん声が遠くなっていって…』。そんな光景がそこにはありました。そんなあなたの名前を『驚きと憎しみを伴った叫び声』で『崖から落ちていく』男が発したという光景が確かにあったのです。それは、”殺したはず…”ではなく、明確に”殺した”という結果論だけが待つ世界です。そんな”殺した”はずの人間が再び目の前に姿を表すなんて、心霊現象以外の何ものでもありません。

    さて、ここに『私は崖から夫を突き落とした。私は夫を殺した』という衝撃的な告白に始まる物語があります。『あんなに高い場所から落ちて、生きているわけない』という女性がその瞬間を振り返るその作品。この作品は、そんな『殺した夫が』、『ただいま ー 茉菜』と突如目の前に現れたその先に、書名に隠されたまさかの過去が紐解かれる瞬間を見る物語です。
    
    『どうしよう…』と、『ハンドルを握る手が震える』と感じながら山道を下る『私』は、『やってしまった、という後悔と、もう終わった、という安堵』を感じます。『茉菜』と『崖から落ちていく瞬間に聞いた、驚きと憎しみを伴った叫び声』を思い出し『私は崖から夫を突き落とした。私は夫を殺した』とその瞬間を思う『私』。
    場面は変わり、『鈴倉さん、鈴倉茉菜さん』と呼ぶ声に振り返ると、『上司が茉菜の背後に立って』いました。『アパレルメーカー』で、『商品の企画・デザイン』を担当する茉菜は、『保育園から電話がきて』帰社した先輩の谷村の仕事を継いでいました。上司は『穂高さんのことだけど』、『大丈夫?鈴倉さんに言い寄っているみたいなことを、谷村さんから聞いたから』と続けます。それに、『今のところ、実害はありませんけど…』と説明する茉菜は、本来の担当の『谷村ではなく茉菜に直接連絡を取ってくる』取引先の穂高が『偶然』を装って自身に会おうと試みていることを気にしていました。『今、うちの会社の立場では、あっちともめるのは困る』という上司は、『どうしても』という場合は『担当を外すことはできる』と説明します。そして、仕事を終えて帰途についた茉菜は、『今の生活にはおおむね満足している』という今を思います。そんな茉菜がアパートに着いた時、『茉菜さん』と言う声が背後からしました。『恐る恐る振り返』るとそこには穂高が立っていました。『偶然ですね』という茉菜に『偶然であるわけがない。尾けられていたことに気づけなかった』と焦るも『アパートの両隣の窓は真っ暗』、『交番までは十五分』という自身が置かれた状況に戸惑う茉菜。『立ち話もなんですから、早く鍵を開けてください』と詰め寄る穂高に『ダメだ。コワイ。逃げなきゃ』と焦る茉菜。その時、『その手を放せ!』『彼女から離れろ!』と『穂高よりも頭一つ大きい男』が現れました。『大丈夫?…まさか、夫の顔を忘れたとか、言わないよね?』という男に、『茉菜さん、結婚していたの!?』と驚く穂高は、男に睨みつけられる中、渋々立ち去っていきました。そして、『ただいま ー 茉菜』と言う男の顔を見て『この優しそうな顔は、記憶にはっきりと残っている。夫の鈴倉和希に間違いなかった』という茉菜。崖から突き落としたはずの夫が突如目の前に現れたという事実に衝撃を受ける茉菜のまさかの物語が始まりました。

    「殺した夫が帰ってきました」という衝撃的な書名が目を引くこの作品。書名から予想される通り”ミステリー”な物語が展開します。

    そんな物語の冒頭には『ハンドルを握る手が震える』から始まる〈プロローグ〉が置かれています。『どうしよう…』と、震えが止まらない手のひらを見つめる『私』。『やってしまった、という後悔と、もう終わった、という安堵』を感じる『私』には、『茉菜』という『驚きと憎しみを伴った叫び声』を『崖から落ちていく』男が発する声が耳に残り続けます。『私は崖から夫を突き落とした。私は夫を殺した』と『私』が噛み締めるの瞬間を描くこの〈プロローグ〉によって読者は一気に物語に取り込まれていきます。そして、舞台は変わり、アパレルメーカーに務める鈴倉茉菜の今を描く物語。そんな茉菜にストーカー一歩手前のようにまとわりつく取引先の穂高の存在、そしてそんな穂高が詰め寄る場面に、まるでヒーローのように『その手を放せ!』と現れた男は、『大丈夫?幽霊を見たみたいな顔をして。それともまさか、夫の顔を忘れたとか、言わないよね?』と茉菜こそを驚かせます。『ただいま ー 茉菜』と茉菜の肩を抱いたのは、『夫の鈴倉和希に間違いなかった』と一気に持っていくストーリー展開は読み味抜群です。この概要は本の”内容紹介”にも書かれていることであり、読者は事前にここまでの展開を知ることができるわけですが、それを知った上でも、お見事!と感じる構成の上手さを感じます。しかし、ここまでの展開はあくまで物語の前提説明であって、この先にさらに、この時点では思いもよらないどんでん返しな展開が待ち受けています。一方でこの先を読み進めると、そこに大胆に展開するまさかのストーリー展開にこれは無理があるのではないかと感じる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、よくよくこの前提提示の段までに使われている言葉を追っていくと、それは読者が前提を勝手に都合よく捉えているだけで、実際には一文一文にかなり綿密に言葉が選ばれていることがよく分かります。読後、すぐに読み返してみてなるほど、ととても納得しました。

    そんな物語は冒頭の〈プロローグ〉に続く四つの章が見事な”起承転結”の物語を構成しています。その分、非常に読みやすく、そもそもの書名もあってページを捲る手が止まらない読書を提供してくれます。しかし、それだけで終わらないのがこの作品の凄いところです。四つの章は共通して、前半部分と後半部分で構成されています。アパレルメーカーに勤める鈴倉茉菜、そんな茉菜の目の前に突然現れた『殺した夫』との二人暮らしを始めた茉菜の物語。”起承転結”の物語は、この各章前半部分のストーリー構成のこととも言えます。一方で、各章には『◆◆◆』という一行に続いて後半部分がスタートします。これが、主人公の生い立ちとも言える過去をめぐる物語です。『オマエなんか、産まなきゃよかったよ!』と、罵られ、殴られる、そんな幼少期の日々に始まり、章を進めるごとに、どんどん明らかになっていく主人公の生い立ちは、物語の奥行きをどんどん深めていきます。また、物語に別のテーマをふっと浮かび上がらせる効果をもって迫ってくるものでもあります。前半、後半含めネタバレを考えるとこれ以上踏み込んだ記述ができないのがとても残念ですが、”起承転結”のシンプルな構造故に余計に主人公の人生がはっきりとそこに浮かび上がってくるように思いました。

    そんな作品の帯には、”やっと手にした理想の生活だったのに”という言葉が大きくうたわれています。

    『今の生活にはおおむね満足している』。

    そんな風に今を思う茉菜。そこには、『東京に出てきてからは、誰かに自由を制限されることはなくなった。働くことも、住むところも、自分で選ぶことのできる生活は、何物にも代えがたい』という重石から解放された今の生活がありました。上記した通り、各章後半に差し込まれる過去の日々を読めば読むほどに”やっと手にした”という言葉が読者に重く響いてもきます。そんな”理想の生活”に突如現れた『殺した夫』の存在が、日々茉菜の中に大きくなっていく様子が描かれていく物語中盤。そんな茉菜の生活はダイナミックに変化していきます。しかし、茉菜はそれでも思います。

    『でもあのころの生活には戻りたくない』。

    上記した通り物語の構成がシンプルなこの作品では茉菜の心の動きが痛いほどに伝わってきます。そして、そんなこの作品の帯には、怪しい一言が記載されています。それが、”伏線はこの帯にある”です。そう、その一文だけではなんのことか全くわからない、”やっと手にした理想の生活だったのに”という言葉に隠された真の意味。

    『心が振り子のように揺れる』。

    そんな風にも描かれる茉菜の心の内。”やっと手にした理想の生活”という言葉の真の意味を読者が知ることになるそのまさかの結末。それでいて納得感のある、暗闇に一筋の光差す結末に、上手いなあ、そんな風に感じながら本を閉じました。

    『願うことはできても、それが叶うことはない。叶わない望みなら、最初から考えない方が良いと、小さいころに学習した』という思いの先の今を生きる茉菜。そんな茉菜の過去と今が鮮やかに繋がっていく物語には、「殺した夫が帰ってきました」という書名に隠されたまさかの結末が待ち構えていました。”起承転結”の分かりやすい構成が故に一気読み必死の”ミステリー世界”にどっぷり浸れるこの作品。

    「殺した夫が帰ってきました」という秀逸の極みとも言えるインパクトのある書名に感じた思いが、読後、全く別物に変わる、最後の一行まで非常によく練られ、考えられた、読み味抜群の作品だと思いました。

  • 一気読みの一冊。

    帰ってきちゃったよ…崖からこの手で突き落とした夫が!
    読む手が止まらないことが約束されたも同然のタイトルとスタート。
    案の定一気読み。

    この夫が以前と正反対の人格で主人公の妻同様、読み手を惑わせていくところが巧い。

    仰天チェンジの企みは何?ひたすら悶々する時間。そしてなるほどスッキリ。

    終わってみれば驚きよりもせつなさが残った。自分が当たり前に得られていることが当たり前に得られない人もいる哀しみはいつだって心をしめつける。

    そして忘れたい記憶ほどいつまでも心をしめつけるんだよな…としんみり。

  • 都内のアパレルメーカーに勤務する鈴倉茉菜が、記憶を失くして帰ってきた、かつて崖から突き落とし殺したはずの暴力夫・和希と過ごしながら、帰ってきた夫の正体や過去の出来事を明らかにしていく作品。

    kindle unlimitedの読み放題作品を物色中、ブクログの他の方の本棚で見かけたことを思い出して読み始めた。

    タイトルと表紙からホラー系かと想像して読み始めたが、ホラー要素は全くなく、純粋に面白いミステリーだった。
    真実に迫っていく過程に偶然の要素が多く、やや強引な印象はあるものの、明かされる真実は全くの想定外であり、頭を金槌で殴られたような衝撃を受けながら読み進めた。
    終盤に入ってからは、隠された真実に驚愕しつつ、主人公に幸せな人生を送って欲しいと祈るような気持ちで読み進めていた。
    ラストは、両手を挙げてのハッピーエンドとは言い難いが、主人公の人生に光明が見え、ほっこりした気分で読了した。

    タイトルと表紙からは想像もできないような心暖まるストーリーだった。普段、表紙を気にすることは少ないが、本書に限っては、せめて表紙だけでも柔らかい雰囲気のものに変えた方が良いと思う。

  • Kindle Unlimitedから最近のチョイス。
    桜井美奈、失礼ながら全く知らない作家さんだが、コレ
    はかなり直球なタイトルに惹かれた。結構なホラーが読
    めると踏んだのだが・・・。

    驚く勿れ、かなり本格的なミステリー。
    全体の中に数段階のどんでん返しが盛り込まれている上
    に、随所に巧妙なミスリードを誘う文章が配置されてい
    る。台詞回しや状況説明の文書にも無理は無く、しっか
    り「読ませてくれる」作品であった。

    内容も実はかなり重く、ストーカーに幼児虐待やDV、果
    てはあの震災にも踏み込んでおり、ヒューマンドラマと
    して読んでもインパクトは絶大。まさかこんなところで、
    ここまでしっかりしたミステリーが読めるとは思わなか
    った。

    ・・・故に、このタイトルの付け方は非常に微妙(^^;)。
    僕はまんまとやられたが、わりと多数居る筈の『ホラー
    を嫌うミステリー愛好家』にとっては、思いっきり逆効
    果になる気がする。コレは作家の所為ではなくて、書籍
    編集者の責任かと。かなりの傑作なのだから、そういう
    人たちに響くネーミングをして欲しかった(^^;)。

    とにかく桜井美奈、注目しておいて損は無いかも。
    著作も結構あるようなので、取り敢えず短編集あたりか
    ら手を出してみようかな?

  • Kindle Unlimitedで読了。
    タイトルから最初は復讐ものかと思いましたが、読みごたえのあるミステリーでした。物語を読み進めていく中で出会う謎を、最後はこれでもかと思うくらい一気に伏線回収していくさまは気持ち良かったです。
    主人公は悲惨な境遇です。心情も丁寧に描かれていると思いますが、感情移入がうまくできませんでした。最後の終わり方も駆け足のようで、少しふくらみが足りないように感じました。でも読みやすく面白かったです。

  • タイトルがあからさまに煽ってる感じだったので、あまり興味がなかったんだが、なんとなく開いて一気読み。
    期待したようなホラー要素は全くなかったんだが、ミステリーとしてはなかなか面白かった。タイトルが煽りすぎてて損をしてるんじゃないかって気がする。
    この罪ってどの程度の量刑になるんだろう。このままだと一応自首する流れで、酌量の余地も大いにあるが…。お互い幸せを感じていても、結婚はハードルが高くなるんじゃないかな(余計な心配か)。

  • アパレルメーカーに勤務する茉菜は、帰宅しようとすると家の前である男が現れる。男は茉菜の夫・和希だった。しかし、和希はかつて茉菜が崖から突き落とし、殺したはずで。
    ただただ切ない。ラストの台詞に胸を打たれた。幸せになってほしい。

  • なるほどーという感じだけど、浅くて薄っぺらい。
    できすぎだし。

  • なかなか刺激的な題。題にひかれて読んでみたが、最後がモヤモヤする終わり方だった。
    もう少しスッキリしたかったな。
    こんな風に過去を生きてきた人もいるんだ、いるんだろうなと想像はつく。悲しいが、親を憎みたくなってしまう。

  • 書店で専用コーナーが作られるほどの人気ぶり。読み進めていくうち、題名から想像していた構成はことごとく打ち破られていった。終盤に向かうにつれ、切ない真実に度肝を抜かれた。まさに、「殺した夫が帰ってきた」状態。読みやすく理解もしやすいため紹介もしやすい。ただ、書店の一押しが強すぎて過度の期待をしてしまったため、残念ながら私個人の評価はあまり高くない。

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著者プロフィール

2013年、第19回電撃小説大賞で大賞を受賞した『きじかくしの庭』でデビュー。21年、コミカライズ版『塀の中の美容室』が、第24回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。著書に、『幻想列車 上野駅18番線』『殺した夫が帰ってきました』など多数。本書は、相続を通し、バラバラだった家族が過去の軋轢や葛藤を乗り越える期間限定の家族の物語。

「2022年 『相続人はいっしょに暮らしてください』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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