梶龍雄 驚愕ミステリ大発掘コレクション1 龍神池の小さな死体 (徳間文庫 トクマの特選!) [Kindle]

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感想・レビュー・書評

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  • 急展開な結末。救われない。
    最後の怒涛ぶり。二転三転すごかった。
    面白かったけど、主人公のことを考えると悲しい気持ちになった。

  • 梶龍雄『龍神池の小さな死体』読了。

    「お前の弟は殺されたのだよ」
    死期迫る母の告白を受け、疎開先で亡くなった弟の死の真相を追い大学教授・仲城智一は千葉の寒村・山蔵を訪ねる。

    伏線回収モノとしての精度は高く、その点は評判通り面白い。
    一方でそれ以外はというと、ミステリとしては大いに魅力は落ちる。本格寄りの指向性は見られるが、むしろ随所に見られる人間味のあるキャラクターや衝動的な言動の方が半端に興味深く、関心がミステリ一点に集中しない。逆に言えば恋愛要素や田舎の村の雰囲気なんかの演出が面白いのだと思う。本格指向と作者の持ち味とがズレており、やや中途半端に着地した感は拭えない。
    では、「本格謎解き」のような文脈を一旦捨てて、物語としてどうか。時代を考慮した評価をするなら大いに変わってくるのだが、現代視点ではあまりに古さを感じてしまう。作中時代が50年前であることに加え、話題に出るのは7、80年前となれば、致し方ない。これは別段作者が悪いわけでもなんでもない。読者側の肌感の問題だ。当時の文化や常識、共有できる体験がもっと実感を持って自分とシンクロすれば、没入感は上がり、より楽しめただろうという確信がある。
    また、「ミステリ」というジャンルの進化も感じた。現在では同じ伏線回収系の傑作でもさらにレベルの高いものが簡単に読めてしまい、どうしても頭をよぎる。無意味に比較してしまうからか、前評判の域には達していないという印象。これも作品は何も悪くない。
    さて、本作は「挑戦状のようなもの」がある。それを踏まえると「本格ミステリ」というレンジには一応は入るかもしれないが、どちらかというと本格に似た別モノだと思う。本格にしては徹底していないロジックやクローズドサークル風の舞台も、本作のアンバランスさの根本的な要因になっていて、それが強烈に個性として働いてる。本格ライクな雰囲気はあるが、社会派的な要素も含み、大量の事象が有機的に謎を構成している点は、『奇想、天を動かす』『武家屋敷の殺人』などを思わせた。いずれにせよ疑似的な「読者への挑戦状」を入れるには少々無理筋であり、演繹的な推理による解決よりも帰納的な推理が目立つ。作中でも想像的推理というようなことを言っており、恣意的な解釈から蓋然性が最も高い推測をしているに過ぎない。「全ての描写に意味があると仮定するときに、最も符合するものが真相だ」という論法は、挑戦状ミステリ的ではない。が、それは決して作品としては悪い方に向かってはいない。ミステリは本格でなければならないというわけもなく、評価のベクトルが全く異なる。ただ、挑戦状はあまりうまく機能していない。挑戦状がないだけで、このミステリは指向性に幅ができて、色々と許容しやすくなる。とはいえ、これはこれでミステリではよくあるし、こと伏線回収をメインとしたミステリでは帰納法推理は相性が良く、終盤の爆発的なカタルシスを演出するテンポの良さに一役買っている。
    ・・・・・・という個人的にはあまり良く思っていない部分のフォローはこの辺にしておき、それを差し引いても出来の良いミステリだろうということは述べたい。
    序盤から気になる描写はいくつもあり、幸い解決編で指摘された伏線についてはほぼ拾えていた。これは作者的には簡単なようで難しい。解決編で指摘されて読者がそれを覚えていなければそれまでだからだ。その点はやはり語りが上手く、見事というほかない。
    主人公、仲城智一の内向きな性格は探偵役としては少々スピード感に欠けるが、論理的思考に依拠した物差しを持っていて好感が持てる。ただし少々間抜けすぎるかもしれないが。そして比較的アクティブな推理小説ファンの佐川美緒の方が圧倒的に探偵向きだ。だが、彼女を視点に置くと、この物語はあまりに単純すぎてつまらないだろう。
    舞台となる昭和43年というと、西暦1968年で、学生運動の年だ。そこから遡ること23年前、事故死した弟を巡り物語は動いていく。平成生まれの僕としては、親世代が戦時生活経験者だという感覚はかなり遠く感じる。一方で、経験が共有できないならば情報だと思えばそれまでで、そのお陰かそれらしいトリックについては当たりがついた。気付いた上で読むと面白い部分も多々あり、それはつまり再読に耐えうるということだ。そういった作者の仕込みのうまさのような部分は楽しかった。中盤までのストーリーは正直なところかなり退屈だったが、推理がある程度のラインまで進んでからはテンポがよく面白い。
    そして密かに伏線よりも評価しているのは構成だ。物語の展開の仕方は教科書的で創作をするものなら感心するだろう。解決編を踏まえて、どうヒントとシナリオを組み上げるかという視点で見ると、章の使い方は絶妙。
    また、そういった技術的なこと以上に、心理的な構成美には触れておきたい。主要登場人物たちに降りかかる運命や、事件を通しての心情の変化などが、ラストに向けて収束していき、鮮烈な終幕へと向かう様が見事だ。後を引く叙情的な描写は一読の価値がある。


    ネタバレあり

    「入れ替わり」を何度も用いて読者を翻弄するトリックと、それを中心とした無数の伏線、このミステリの魅力はそこに尽きると言っていいだろう。
    一応、クローズドサークルやアリバイ崩しといった本格めいた要素もあるが、いずれもストーリー上の本筋に無関係ではないが、ミステリ的には大した要素ではない。
    本作にも縁がある某作家の謀作品では更にグレードアップした入れ替わりが展開されるので、それと比べればどうしても小粒に見えてしまうが、先入観なしに評価すれば非常に質が高い。

    入れ替わり① 秀二←→義典

    ・「群馬の田舎の育ち」
    ・泳ぎ

    入れ替わり② 義典←→大柏なみの息子

    ・麻川マキ子の「秀二さん」
    ・麻川マキ子が母親の死の様子を知っている

    入れ替わり③ 大柏なみの息子←→黒岩

    ・黒岩の偽物
    ・テレビ出演NG
    ・秀二と同じ年頃
    ・たき婆さんの習慣を知っている

    入れ替わり④ 吉←→辰平

    ・電線一本だけの道
    ・「何も知らねえ」


    母親の発言の意図は解説されなかったが、結局は龍神池の事故が偽装なのは知っていたため、三度目の入れ替わりを信じての発言だったことになる。
    母の愛情が秀二を遠ざけ、それが悲劇的にも秀二を復讐の沼へ招き、同時に智一を破滅の舞台へ上げるきっかけとなってしまった。つまり、これこそがダムのクラックだ。
    このあたりの構図のうまさは舌を巻く。
    更に、智一が終盤で真相に至った途端に、いままでの少し馬鹿っぽかった印象から豹変するのも、よく見るとなにも真相に至ったことがきっかけではないことがわかる。彼は美緒の推理を聞く段階で不機嫌で、人が変わっている。おそらくきっかけは特高の大熊を殺害したことだ。
    この段階で彼は殺人者の黒岩とまったく同じ、犯罪者であり、その自認こそが、いざ弟と対峙した際の「血がちがう!」という発言に表れている。
    ラストシーン、結局は研究に没頭することのみが悲劇から救済してくれる唯一の方法であるとばかりに計測をする智一の姿がこの物語で一番印象に残る。得られた結果は智一の正しさを証明するものだったが、それは一足遅く、破局は訪れた。
    だが智一はすでにそのことには興味を失っている。
    このラストの叙情の波が最大の見所だと僕は思う。

    最後に。
    解説の三津田氏の瑕疵の指摘は、黒岩教授がいかにしてその身分を手に入れたか?だろうか。
    普通に考えれば不可能だろう。戸籍の件も、教授という地位も、年齢も、すべて無謀な気がする。
    「入れ替わり」が大事なこの作品におけるこの些細なミスは、致命的なクラックでは……

  • 2022/06/13

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著者プロフィール

1928年岐阜県生まれ。慶應義塾大学文学部英文科卒業。出版社勤務を経て文筆活動に。52年探偵小説専門誌『宝石』に短篇「白い路」が掲載され、ミステリ界へデビュー。77年『透明な季節』で第23回江戸川乱歩賞を受賞。『海を見ないで陸を見よう』、『リア王 密室に死す』など旧制高校を舞台とした清冽な作品で注目され、『龍神池の小さな死体』『清里高原殺人別荘』『葉山宝石館の惨劇』等、巧緻な作品で、本格ミステリファンの記憶に残る傑作を多数発表。90年逝去。

「2023年 『梶龍雄 青春迷路ミステリコレクション2 若きウェルテルの怪死 〈新装版〉』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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