「やばい! この人、昔の僕だ!」
あけましておめでとうございます。
2017年、1本目のレビューはこれです。
『このマンガがすごい!2017』(宝島社)で存在を知ったマンガ。タイトルからしてエッチな内容で、しかも軽く笑えるような体験談なんだろうな……と思って買いました。
違うんですよ。
確かにちょっとエッチな内容だし、笑えるところもいろいろあるんだけど、ぜんぜん軽くない。この上品で洗練された絵柄と生き生きとした線のおかげで軽く読めるだけで、むしろテーマ的にはすごく重い! かと言って、重すぎて読むのがつらいということもありません。むしろ面白すぎて一気に読めてしまいます。
八方塞がりの絶望的な状況に陥っていて、生きる意欲を見失い、このまま死のうかとまで思い詰めていた作者の永田カビさん(女性。28歳。性体験どころかキスの経験さえなし)が、そのどん底から這い上がり、生きる意欲を取り戻すまでを描いた実体験マンガ。
ただ、その状況というのが、すごく切実でややこしい。レズ風俗に行った理由も、タイトルの「さびしすぎて」では省略されすぎていて、100分の1も伝わりません。
分かりやすく言えば「心の病い」なんですが、その4文字で済ませてしまうのも単純化しすぎている気がします。できれば僕の解説じゃなく、実物を読んでいただきたいです。繰り返しますが、めちゃくちゃ面白いですから。
読んでいて、「この人は人生と真剣に向き合いすぎてるんだな」と感じました。
小さい頃からずっと、他人に認められたいと願って生きてきた。高校卒業後、鬱や摂食障害と戦いながら、なんとかがんばってバイトで金を稼ぐのですが、お母さんは褒めてくれません。自分を認めてくれる人がいないという劣等感から、さらに心の病いが悪化。仕事をこなせなくなり、何度も職を変えるけど、どれも長続きしない。その結果、ますます劣等感が強まり……という負のスパイラル。
とりあえず生きてゆくことだけはできるんだから、そんな真剣に悩まなくても、もうちょっと気楽に考えればいいんじゃないの……と、アドバイスしたくなるんですが、カビさんはそれができない。できないから病気になるのか、病気だからできないのか。卵が先か鶏が先かみたいな話で、よく分かりません。
登場人物は、本の中盤から出てくるレズ風俗のお姉さんを除けば、ほとんどカビさんだけ。キーパーソンであるはずのお母さんの登場するコマは極端に少ないし、精神科のカウンセラーとも長く話しているはずなのに、そこはぜんぜん描かれていません。そうした人たちの声は、彼女の心に届いていなかったんでしょう。
他人とのコミュニケーションがほとんどなく、一人で悩み、一人で考えているから、思考が堂々めぐりに陥ってしまう。ついには真剣に死を考えるようになります。
そんな中、カビさんの心の支えになったのがマンガ。
この絵を見れば、マンガを愛してる人なんだなと分かりますよね。単純な線なのに親しみやすく、感情を的確に表現してる。これはかなり描き慣れた人の線です。
実録マンガというと、どうもマンガとして下手なものが多い印象があるんですが、この人の場合、見れば見るほど、「上手いなあ」「すごいなあ」と感心させられます。
就職の面接で、マンガを描くのが好きで投稿もしていて、新人賞を取ったこともあって……という話をしたら、お店の人に「マンガの話をしてた時は目がキラキラしてたよ」と言われます。採用はされなかったものの、帰りに「マンガ、がんばれよ!」と笑顔で送り出され、駅に着いても電車に乗っても涙が止まらなかったカビさん。自分に自信を持てない彼女にとって、誰かから認められるだけで、ものすごく大きな力になるんです。
さて、ここでちょっと作品の紹介を中断して、僕個人の話をさせてください。
実はこのマンガを読んでいる最中、ふと思っちゃったんですよ。
「これ、僕じゃね」と?
今だからぶっちゃけて言えますけど、実は僕も童貞だった期間がかなり長かったんです(今は妻も娘もいますけど)。高校卒業後、約10年間、実家で暮らしながら、正業に就かず、いろんなバイトをやってきました。カビさんと同じように。
それに気がついて読み直してみると、20代の頃の僕との共通点が次々に見つかるんです。当時は人づきあいが苦手だったので(今でも苦手です)、友人は極端に少なかった。親からは叱られはしなかったけど、認められもしなかった。唯一の夢は小説家になること。かつて新人賞で佳作になったことが誇りで……。
あせりましたね。「やばい! この人、昔の僕だ!」と。性別は逆だけど、なんか同じようなこと考えてるし。
大きな違いは、カビさんほどには真剣に悩まなかったってことですね。とりあえず佳作になったんだから、自分には小説家になれる才能があると信じてましたから。「そのうち何とかなるだろう~♪」(by植木等)という感じの楽天的な感覚で生きてきました。
このマンガを読んで「人生と真剣に向き合いすぎてる」と感じたのは、そのためなんですよ。根拠のない自信や完全な現実逃避は有害でしょうが、適度な自信過剰や少しばかりの現実逃避は、精神のバランスを保つのに必要なんじゃないかと思うのです。
もうひとつ、彼女を支えたのは読書。本やネットでいろんな人の意見を読んで、自分にあてはめ、「あ~っ! 私それ求めてる~!」「うあ~わかる~わかる~」などと共感するうち、自分を客観的に観察できるようになってゆくんです。
僕もね、実はけっこうコミュ障だから分かるんですよ。目の前の人の言葉より、本に書いてある言葉の方が、心に入ってきやすいんです。
そうした外部からの入力によって、しだいにスパイラルから抜け出してゆく。そしてついに、カビさんは重大な事実に気づくんです。
> 「私…自分から全然大事にされてない…!」
これまでの自分は「親のごきげんとりたい私」によって動かされてきた。自分を大切にしていなかったから苦しかった。自由になりたい。本当の自分を取り戻したい……。
そこでようやくタイトルの「レズ風俗」に話がつながるわけです。
僕の説明は途中をいろいろすっ飛ばしてるんで、唐突なように思えるかもしれませんが、実際はものすごく葛藤した末の(この葛藤の描写がまた抜群に面白い)、しかも論理的な結論なんですよ。読んでいて、「それが正解だ!」と膝を叩きたくなるような。
でも、それだけ大きな心理的ハードルを乗り越えて臨んだレズ風俗も、魔法のように問題を解決してはくれません。むしろ期待はずれだったんですが、カビさんはやはり自分を客観的に認識していて、このままでは時間とともに記憶の中で体験が美化されてしまうからと、ただちに今の心理をメモするんです。ここは読んでいて、「おっ、すげえ、そこに気がついたか」と、軽く感心させられる場面です。
そして、自分の体験をマンガにしてpixivに投稿したところ、いっぺんに大人気に。大勢の人から認められたことで、生きる意欲をしっかり取り戻してゆきます。
最後に、このレビューを読んだ方にお願いします。
このマンガを買ってあげてください。もっと売り上げ部数を増やすのに協力してください。その数字がカビさんの生きる力に変換されるんですから。
こんな才能を持った人が不幸になることは許せないんです。彼女のこれからの人生には、これまでの苦悩の日々を埋め合わせるだけの幸せがあってしかるべきです。
そしてカビさんには、これからもずっと面白いマンガを描き続けて、自分を大切にする生き方を続けてほしいと願います。