乙ゲーにトリップした俺♂リロード LV.5 (MFC ジーンピクシブシリーズ) [Kindle]

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  • KADOKAWA
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  • シリーズ全体の感想です。

    女性向け恋愛ゲーム(乙女ゲー)『シロガネクルワ』の世界に飛ばされた異性愛者の青年が「ヒロイン」として攻略キャラクター達と交流するお話。帰るためには何としてもゲームをクリアしなければならない主人公と、男ヒロインにとまどいながらも果敢に恋の駆け引きをしかける男性キャラ達のドタバタが楽しいコメディ作品です。

    明るいコメディ調なのもあり、一見すると、よくある女性向け異世界転生モノと言った感じなのですが、古式ゆかしいモチーフを使った奥行きのある世界観になってます。

    まず、主人公が迷い込んだ乙女ゲー『シロガネクルワ』ですが、これは巨大な鎌で人を切り刻む女モンスター群「カグヤ」との戦いが主軸になった和風ファンタジーゲームです。

    カグヤはもちろん竹取物語のかぐや姫から来ており、タイトルの「シロガネ」は言うにおよばず、物語には繰り返し月のイメージが現れます。

    月と流血からは容易に月経が導かれますし、クルワとはもちろん遊郭のことですから、この乙女ゲームは、タイトルがそのまま「女性に背負わされた苦しみの象徴」になっているわけです。一体どんな乙女ゲームだよと。

    そもそも、かぐや姫とは男たちから求婚されても決して男のものにはならず独身をつらぬいた女であり、ロマンチックラブイデオロギーの産物たる乙女ゲームのヒロインとは逆の存在です。女性の独身主義とロマンチックラブイデオロギー。『シロガネクルワ』とは、いわば対立概念が戦い、かつ魔合体しているゲームなわけです。

    そしてこの主人公は、そんなゲームのヒロインらしく、普通の乙女ゲーのヒロインとしてはあり得ない行動をとります。

    すなはち、求愛してくる男たちとの恋愛成就をあの手この手で避けるのです。もちろんそれは主人公が異性愛者の男性だからですが、行為だけ見れば、無理難題をふっかけて男たちから身を守ったかぐや姫となんら変わりはありません。

    考えてみれば、単身で異世界へ飛ばされ、いずれ元の世界に帰らねばならないという設定もかぐや姫と同じなのです。モンスター・カグヤと戦うヒロインが、かぐや姫であるとは一体どういうことなんでしょう。

    終盤でモンスターの親玉が主人公と同じように異世界へ飛ばされた少女だったことが分かります。他のカグヤ達も権力者によって殺された少女だと判明します。(ここのイメージがまさに遊郭なんです。格子の内側でむざむざと命を吸い取られながら泣くしかない女達)。

    彼女達は残酷に扱われたからこそモンスターになったのです。それまでは幸せなヒロインでした。カグヤは裏切られたヒロインの怒りや絶望そのものです。これは現実世界の比喩であると思います。カグヤが単体ではなく群体だという部分に、彼女らの悲劇が個人の特異ケースなどではない事も暗示されています。

    つまり、男から愛をささやかれるヒロインと、男から踏みにじられるヒロインは、実は同一人物なんですね。それを別々のように見せて、片側を隠そうとするのはなぜなのか。裏切られた女たちの怒りを封殺し、少女たちに王子様とのロマンスを夢見させ、息子を生む事を望ませるのはなんなのか。家父長制です。

    白馬の王子様はヒロインを救ってはくれない。自分の息子すら救いにはならない。

    なぜならば、王子に権力を持たせ、輝かせている社会構造こそがヒロインの苦しみの元凶だからです。「王子様」すなはち家長からピックアップされる事でその構造に乗っかろうとする限りは、苦しみからは免れられない。

    ヒロインを救うのはヒロイン自身でしかあり得ないのです。男のものには決してならないという強い意志を持って行動するかぐや姫のような。

    全国の乙女らよ、かぐや姫たれ!!というのがこの物語の結論なんだなと、深読みしつつえらく感心いたしました。軽そうな表紙やタイトルからは予想できない内容でした。

    主人公が誰ともカップルにならない終わり方も辻褄が合っていると思います。

    輝夜(カグヤ)だけが『シロガネクルワ』から去るエンディングも、そう来るかーとうなりました。普通ファンタジーのセオリーでは、異世界に迷い込んだ主人公は試練を受けて成長を遂げたのち必ず現実世界に戻ります。それがあるべき大団円です。でもこの物語では違いました。こうなると、家父長制という悪夢から醒めて新たな現実へと帰った輝夜こそが本物のヒロインだったことになりはしませんでしょうか。

    乙成という青年もまた乙女ゲームのキャラクターだったのでしょうか?そういえば不思議なほど乙成の背景が語られていませんでした。

    エンドロール後、主人公がパッチリ目を開ける。鏡の中にいるのは輝夜だった。笑顔になった彼女は立ち上がり、気持ちも新たに日常生活を再開する。

    そんな「メタ」いエンディングを勝手に想像しています。

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