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感想・レビュー・書評
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本巻では、「問題提起が・・・」
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1年ぶりの新刊。映像研の活動を「カタ」にはめようとする大人に対して浅草氏たちが正攻法で対抗する話。
この巻で深堀されているのは生徒会長のソワンデ。小学生時代から現在につながる彼女の回想をビジュアライズすることで、彼女の考え方や立ち位置が浮き彫りにされていく。言葉と文字だけでなく、ビジュアルな表現による人格形成過程のディテール描写には感嘆するのみ。
リアルタイムでこの物語を読めることは本当にうれしい。 -
「なんのために生きてるのか、なんのために学ぶのかを考えろ。考え続けることをやめたらおしまいだ」
「うん」
「大人を見てみろ。凝り固まっていく愚かな姿を」
「師匠は大人が嫌いなの?」
「完成した人間は大嫌いさ。大人とは、裏切られた青年の姿なのだ」
「大人になんて言われたんだ?」
「大人のマネするなって。大人ってなんだよ」
「大人は「バカ」の代名詞だ。「子供とはこういうもの」と考えが凝り固まった大人らしい大人だ。バカめ。お前はお前らしくいろ。私にはお前と同じ歳のキョーダイがいるが、好きなことをしている。おかげで私は構ってもらえないが」
「お前の夢はなんだ」
「まだわかんないけど自由な人になりたい」
「私は詩人になりたいんだ。だから大学に行く!!」
「大学? 詩の勉強するの?」
「大学は自分が一番好きなことを学び考える場所だ。大学はステータスでも将来の保証でもない!! 学びに一番大切なのは「環境」だ。それは「だれかが教えてくれる場所」という意味じゃない。教室の設備でもない。自分が持った興味が妨げられず、のめり込めるそんな環境が大事なんだ。頭を押さえつけられて知識を流し込んでも何にもならん。と私は考える」
「理解してくれない他者に気を取られていると人生が崩壊しますよ」
「結論ありきで話している。交渉の余地がない相手とこれ以上何を話せと?」
「あきれた。これじゃ世間は認めてくれませんよ」
「世間が認めねえんじゃなくて、テメエが認めたくねえんだろ! そう言え!! 世間知らずが世間を語るな!!」
「あのねえ。いいですか? 生徒達のすこやかな発達を願えばこそ、暴力表現から遠ざけ、生徒を守ろうということなんだよ。こういう暴力表現は良くないということを教えるために――」
「おいおい何を教えるって? あんた達こそこいつらから何か学ぶことがあるんじゃないか? 血の量は暴力性の本質じゃねえってわかんだろ?」
「私達教師は大人として子供を指導するという……」
「大人と子供という考え方をやめてくださいよ、人間同士で話してんだからさ。あなた方は埋めようのない経験の差を盾に、論理的な説明もなく自らの優位性を誇示し、ただ従わせようとしているだけだ。年長者に求められるのは挑戦のサポートであって、先回りの規制ではない」
「芝浜高校の映像研は凄いですが、特別ではありませんでした。クリエイターはみんな映像研みたいだし、先人もあんな感じで生きてきました。少なくとも自分はそうでした。彼女らと同じようなことばかりやっていた記憶があります。働き始めてすぐに、上司やスポンサーの意向で制作物に政治的な注文をつけてくることって本当にあるんだなと思いました。でも、それも大人の世界というか、身分がそういう裏の環境に身を置くことさえ、当時の自分にとっては、一端の社会人になった、業界人になれた、実感のようなものを与えてくれました。でも、芝浜高校の映像研を撮影し始めて、考えが変わりました。自分が本当にTVでやりたかったのは、見たこともない映像の発明だったじゃないか! 大勢の意見が集まった結果、ただただ穏便に、最大公約数的なウケを狙った優しいコンテンツができてしまうのなら、自分がやりたかったことと全然違うなと思ったんです。もっと熱いものがあったろう! 映像研を撮影している時、俺は大人と戦っているようなつもりでした。大人は誰もわかってくれない、大人はバカで余計な注文ばかり。出る杭を打ち、若い芽を摘み取り、出鼻を挫き、自分達は何もせず過去の遺産で食っている。視聴者を見下し、型通りのコンテンツで金を稼ごうとする悪い奴らだ、そいつらと俺も戦うんだって、古い人間なんか意に介さず自分の表現を貫くんだって。でも、映像研は違った。映像研はそんな〝わかってくれない大人達〟を突き放すのではなく、自分達の見ている景色を一緒に見ようと、引き寄せたんです。」 -
8巻。表現・規制との戦いを実に映像研らしいやり方で乗り越える。そしてゾワンデと師匠の話が切ない。