戦争と交渉の経済学:人はなぜ戦うのか [Kindle]

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感想・レビュー・書評

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  • この本が唱えてることはかなりわかりやすく、
    「人は、発生した戦争には注目するが、発生しなかった戦争には注目しない。そして、ほとんどの戦争は発生しなかった」ということだ。
    いまも遠くの地で起きている戦争・紛争。しかし仮にそこから離れた場所、安全圏にいたとしても、そのメカニズムを知っておくことには価値がある。本書の目的は、国の政府が他国を攻撃する際、つまり人為的災害に共通する要因を理解する枠組みを提供することにある。
    まず知っておくべきことは「戦争は例外行為であり、通常は選択されない」ということだ。現実には、激しく対立する敵同士でも"非暴力的に争う”ことを選ぶ。
    スティーヴン・ピンカーが社会学や心理学、その他おびただしい知見を統合して書いた『暴力の人類史』で語っているように、現代の人類はかつてないほど暴力的でなくなっているということ。いつの時代でも、敵対し合う集団の多くが平和的な解決を選んできた。なんせ戦争にはコストがかかり、メリット以上にデメリットの方が普通は多くなってしまうからだ。ではなぜ世界的に暴力や戦争が多く起こっている印象を持ってしまうのだろう。
    失敗だけに注目するのは「選択バイアス」の一種で、誰もが陥りやすい論理の誤りだ。「世界に紛争があふれている」とか「人間の自然な状態は戦争である」といった言葉は、どれも真実ではない。
    作者は戦争が発生する原因を5つに分類する。
    「抑制されていない利益」「無形のインセンティブ」「不確実性」「コミットメント問題」「誤認識」。それぞれの詳細はここでは割愛するが、重要なのはたった5つしか戦争が起こる原因は無く、さらには1つの要因だけでは起こりづらいため、複数の要因が重なった時に戦争は起こるということだ。
    経済学者である著者は、ゲーム理論を援用しつつ、これらを説明し、平和的に解決する方法も4つ提示している。「ゲーム理論」についても小難しい数式を使うことはなく、なるべく簡潔に説明されており、要は(本当に要点だけですが)、「戦わないという戦略は正しい」ということを示してくれる。世界は意外に頑丈にできていて、常に平和への引力が働いているのだということを。

    戦争という事態における政治家の意思決定についての話も興味深く、当たり前と言えば当たり前なのだが、徴兵年齢の息子を持つアメリカの国会議員は、同じ年齢の娘(招集されない)を持つ議員と比べて、戦争と徴兵を支持する者の割合が6分の1ほど少なかったらしい。ところが、息子が徴兵年齢を過ぎると、同じ政治家が急に戦争支持に転じてしまう。これはエージェンシー問題(依頼人と代理人の間に生じる利害対立問題のこと)と利己主義の影響を示す単純だが雄弁な例だ。
    その他心理学を用いた推論に関する実験例や、ギャングがどれだけ抗争を控えているかの調査など、「戦争が起こる理由」「戦争が起こらない理由」が書かれている。
    戦争について考えるとき、人は我がことと重く考えすぎたり、必要以上に無力感に囚われたり、無関係なことだと考えるのを放棄したりする。しかし飛躍してはいけない。大胆な行動をしては道に迷うだろう。正しい道は容易に見つかるものでは無く、全力疾走したとしても間違った方向に進んでしまうだけだ。正しいアプローチは次の言葉からはじまる。
    「慎重で着実な歩みが、私たちを正しい方向に導いてくれる」
    陳腐な言葉に聞こえるかもしれないが、これは様々な知見から得た科学である。何十人もの経済学者、政治学者、人類学者、社会学者、そして活動家が戦争と平和について考え、解明してきたことからは繰り返しこの教訓が得られたのだ。

    以上、感想というよりも内容の要約。450ページと結構長く、少々まわりくどい言いまわしが多いため(私の集中力や基礎知識の少なさももちろんあります)、頭に入ってこない部分もあったが、総じて戦争について経済学者の視点から極めて冷静に分析した本で好感が持てた。

  • 戦争が起こってしまう理由は結果的に利益になる(共通敵を作って国民の士気を高められるとか、勝った後に得られる利益が大きいとか。)からだと思っていたが、見当違いだった事が分かって勉強になった。特に後者の理由については、戦争によって亡くなってしまった人が創り出す予定だった利益や未来の事を考えると決して良い施策とは言えないという点が心に響いた。
    著者が述べていた戦争が起こる理由5つは忘れないようにしたい。
    ・「抑制されていない利益」
    ・「無形のインセンティブ」
    ・「不確実性」
    ・「コミットメント問題」
    ・「誤認識」
    日本が核を保有することについて中立的な立場だったけど、非合理な戦争は追い詰められてかつ上記のピースが揃った時に起こると知ると、抑止につながる武器の保有に少しだけ肯定的な気持ちになった。(アメリカの銃保有合法化によって銃事件が多発するみたいな犯罪機会論の話もあるから全肯定はできないけど)

    また、政治学者のセヴェリン・オーテセールが述べていた、「世界中がら人が集まる支援活動家のコミュニティに入った先に人の態度や行動は出身国や所属する組織によって様々なのだろうと思っていたが、実は彼らは同じ仕事や、習慣、物語の集合を共有していて、それがすべての態度や行動を形作っていることが分かった。」というコメントもとても印象的だった。
    直近令和5年の東大入学式の祝辞を拝読していて、馬渕さんがエボラ出血熱の拡大を防ぐために自分の3つの能力が欠け合わさって役に立ったと話していたのと関連があると思ったから。
    ・文化人類学の考え方
    ・感染症対策の専門性
    ・民間の経営コンサルティングのスピード感

    できるだけ資金とか物資を効率的に届けるため、感染症拡大を防ぐために後者の2つは分かる。けどすごいなと思ったのは1つ目で、感染拡大してる原因の一つとして現地民の埋葬の文化を特定し、文化を壊さない新しい埋葬の方法を提案して拡大した点だった。すごすぎる!!

    既存事業や能力の掛け合わせでイノベーションが生まれるとよく言うけど、この本を読んでいくつか点が繋がった気がして前より腹落ちしたし勉強になった。ということで評価は5で。

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