恐ろしき錯誤 [青空文庫]

著者 :
  • 青空文庫
  • 新字新仮名
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感想・レビュー・書評

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  •  北川氏が元来敵対視していた野本氏に勝ったと異常に喜ぶところからこの物語は始まる。北川氏は感動にうち震えながらも回想を少しずつ入れて物事の顛末を整理していく。
     回想の中で北川氏は野本氏と二人で飲みに行き、そこで女房である妙子がどのようにして死んでいったのかを青ざめた野本氏に攻めるかのように説明していく。子供でさえも死ぬことがなかったほどの火事だったのに、妙子が死ぬのはおかしいと思った北川氏は死因を調べていくと妙子が死ぬ前に一人の男が妙子の側にいて、何かを囁いてすぐに消えたという目撃証言が取れたという。ここで野本氏の顔色は一層ひどくなる。さらに昔、学生時代に妙子を、仲が良かった4人、友人一同が好いていたときのことを語る。その頃、妙子も野本氏もお互いが結婚すると思っていたのに北川氏と結婚したという話だった。そこまで野本氏と愛し合っていたのに、北川氏と結婚したのはなぜなのか、妙子を取られて野本氏は自分を、それこそ復讐したいほどに恨んでいるのではないかと匂わせていく。しかし、北川氏は妙子は自分を好きではなく、ほかの人が好きだったという。それも北川氏に隠れていつもつけている金メダルに好きな人の写真を入れておくほどに。北川氏はそこで野本氏に妙子の金のメダルの中に妙子を殺した、妙子が本当に愛していた真犯人の写真―つまり野本氏の写真―が入っていたと金メダルを渡す。野本氏は金メダルを受け取り、中身を見るまでもなく顔をうつぶせにして固まってしまった。そこで北川氏は復讐を遂げられたこと、真犯人を暴き、敵対視していた野本氏に後世に残るショックを与えたことに満足して、野本氏を置いて喜びながら帰った。
     北川氏は一日たち、この復讐の全貌について語る。それはこの復讐をほかの妙子を殺した可能性のあるほかの友人にもしているということだ。自分を妙子が好いていたと思わせるようにそれぞれの友人の写真を入れた金メダルを計3つ用意して友人に仕掛けに行ったというのだ。こうすることで犯人は自分のことを好いていてくれる女を殺してしまったと自責の念に問われると思ったからだ。しかし野本氏以外の二人は金メダルを渡す前に犯人じゃないと分かったので渡せなかったと思うと、北川氏はそこであることに気づく。野本氏に渡した金メダルのことだ。嫌な予感が走り、焦っているところに野本氏から一通の手紙が届く。そこには「昨日は多忙であまり寝ていなくてひどい顔のままであったこと、途中でうつぶせになって寝てしまったことを許してほしい。昨日の話では金メダルに入っている写真の男が犯人ということだが、松本君がやったとは信じがたい。」と書かれていた。

  • 江戸川乱歩は大正から昭和にかけて活躍した推理作家です。名探偵明智小五郎、怪人二十面相や少年探偵団が活躍する作品で有名です。この「恐ろしき錯誤」は、関東大震災後の『新青年』、復活号1923年11月号にようやく掲載されました。それは、『新青年』の編集長、森下雨村の評価が低かったためと言われています。内容がスッキリ終らないため、森下は読者に受けないぞと考えたのではないかと思います。

    「恐ろしき錯誤」の内容は、主人公、北川氏の「勝ったぞ、勝ったぞ、勝ったぞ……」という言葉から始まります。何に勝ったのか。それは愛妻の妙子を死に追いやった相手への復讐です。妙子は北川氏の家が火事になった時、子供を助けようと、家に戻り亡くなります。実際、子供は安全な所に避難していました。妙子は、男に子供が家に取り残されていると囁かれ、燃えている家に戻り死んだのでした。北川氏はその事を友人の越野氏から聞き、怒りが湧き上がり、犯人に復讐する事を誓います。越野氏はその男とは学生時代の友人、野本氏、井上氏、松村氏の中の一人だと言います。三人は北川氏の友人であり、妙子を取り合った恋敵でもありました。犯人は、この三人の中にいる、そう思った北川氏は、犯人を特定するためのトリックを三人に仕掛けてみることにします。それは、妻のメダルにそれぞれの写真を貼り、それを見せ、「きみの事を、生涯愛していた女性を君は殺したのだ。」と言い、相手にショックを与えるという事であった。北川氏はすぐに井上氏、松村氏は無実だとわかります。彼らは、気の毒だという表情をし、他意もなく慰めてくれます。そこには、犯罪者の影も有りません。最後に残った野本氏にメダルを見せながら、「夫の写真から貴方の写真に変えるほど、君の事を愛していたのだ」と話すと、野本氏は虚ろな表情で突っ伏してしまいます。犯人はわかったと、北川氏は勝利を確信し、快感に浸りながらその場を後にします。翌日、北川氏はメダルを眺めて、ふとある考えに至り恐怖しました。

    自分は、野本の写真が入っているメダルを持って行ったのだろうか。はたして別の写真のメダルではなかったか。その時、動揺している北川氏のもとに、一通の手紙が届きます。野本氏からでした。その手紙には...

     「恐ろしき錯誤」の真相は結局、謎のまま終わります。題名に「錯誤」とあるが、いったい何を間違えたのでしょうか。

    越野氏の、妙子に耳打ちした相手というのは、本当に、野本氏、井上氏、松村氏の三人の中の一人だったのでしょうか。また、妙子が相手の言葉を真に受けて、火事の家に戻った事が、錯誤だったのでしょうか。

    メダルのトリックで、本当に犯人だと見破れる事ができたのでしょうか。野本氏からの手紙にも、本当に真実が書かれていたのでしょうか。写真の間違いに乗じての、言い逃れであったのではないでしょうか。

    結局、本当の真実ははっきりせず、曖昧なままで終わります。私には、モヤモヤとして、消化不良のままですが、逆に、真実は何だったのかを色々考えさせる所に、作者の意図と、この作品の面白さが有ると私には思えます。

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著者プロフィール

1894(明治27)—1965(昭和40)。三重県名張町出身。本名は平井太郎。
大正から昭和にかけて活躍。主に推理小説を得意とし、日本の探偵小説界に多大な影響を与えた。
あの有名な怪人二十面相や明智小五郎も乱歩が生みだしたキャラクターである。
主な小説に『陰獣』『押絵と旅する男』、評論に『幻影城』などがある。

「2023年 『江戸川乱歩 大活字本シリーズ 全巻セット』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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