高丘親王航海記 (文春文庫 し 21-7)

著者 :
  • 文藝春秋 (2017年9月5日発売)
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感想 : 42

濃密、甘美、幻想、官能、陶酔。この心地の良い感覚をなんと言葉にすればいいのだろう。
高丘親王が日本を離れ航海をしていきながら天竺を目指していく7つの幻想的な物語。文章そのものから艶やかな色香が放たれていると思えるほど、読んでいてひたすら気持ちよかった。物語内で起こっていることの不思議さとか突拍子のなさ、ある面では怪異譚でありエロティックでもあるのだけど、それらがまったくいやらしくなく、かといって鋭利な刃物を突き付けられるような”近づきづらさ"もない。品格と知識を兼ね備え、熟練させた技を持った人間が、遊び半分でころころと転がすように書いた――そんな手触りの小説。

作中で高丘親王が体験する出来事のほとんどは最終的に彼の夢である場合が多く、しかしその境界線が淡く描かれることで、自分自身が視た夢の光景のように思えてしまう。その優美さ。高丘親王が夢と戯れるように、作者も文章と戯れ、まろやかに読者へも浸透してくる。
夢の中でそれが夢であることを自覚し、「この夢から目覚めたくない」と思うような。そんな甘美さにうっとりしながら読み終えた。

と、感覚的な言葉ばかり連ねてしまったが、もう少し落ち着いてこの心地よさについて考えてみよう。

面白いなと思ったのは、作中の登場人物たちが時間や歴史、己の意識について、ややメタ的な認識をしている点。865年が舞台であるにも関わらず、その後の時代の出来事を理解した状態で平然と会話を進めていったり、人語を解する動物が出てきても、驚きつつすんなり受け入れたり。これってどういうことなのかな。
たぶんだけどこの小説は、作者が死の前に視た「夢」という体裁なんじゃないかな。そのため物語は唐突に破綻することもあり、現実に生きている者でしか知り得ない情報が紛れ込んでくる。その明晰夢を視ている感覚が、作品の「恍惚感」となっている気がする。とはいえそれをこうまで濃密に、甘美に、幻想的に、官能性を伴いながら、美しい陶酔感を持って描くことが出来るのは、並大抵の筆力ではなく、唯一無二の作家性を感じた。
まだこの夢から覚めたくない。しかしそう感じる夢ほどあっという間に過ぎ去ってしまう。そんな格式とまろやかさが同居する幻想文学。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2024年2月29日
読了日 : 2024年2月29日
本棚登録日 : 2024年2月29日

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