好子と嫌子、強化と消去という行動分析学の基本原理に的を絞り、勘所がつかめる好著。
翻訳を担当しているのは、行動分析学界でドンの杉山尚子。
本書は動物トレーナー向けですが、動物の学習は人間にも無論応用可能で、子供の教育や配偶者との良好な関係にも活用できます。
目次
第1章 強化とは何か
第2章 シェイピング―苦労しないで上達する方法
第3章 刺激制御―強制しなくてもうまくやっていける
第4章 やめて欲しい行動をやめさせる方法
第5章 実社会における強化
一章から強化の原理が説明されます。
行動が強化されるのは、その行動によって、良い結果が得られたことによります。
たとえば、東大出身のある医師は、勉強が終わったあとにご褒美にお菓子を食べることで乗り切ったと語っていました。
これを本書で説明される理論に当てはめて図示すると以下です。
勉強する(行動)→おいしいお菓子(好子)
(ご褒美作戦で乗り切るのにも鉄の意志が必要になります)
すなわち、その先生は、好子(おいしいお菓子)によって強化された行動(勉強)によって東大入学の目標を突破することが適いました。
4章からは行動を強化させる好子の対概念の嫌子が説明されます。
行動が消退するのは、その行動によって、悪い結果が得られたときです。嫌子によってその行動は適応的ではないと学習し、消退します。
たとえば、評論家の安藤鶴夫が落語家の柳家権太楼を痛罵したとき、柳家権太楼は本気の殺し合いの決闘を申し込むことで応じました。
安藤はあわてて柳家権太楼に謝罪し、筆鋒をおさめました。
かんたんに示すと以下です。
いままでは、
痛罵する(行動)→なんらかの報酬が得られた(好子)
しかし今回は、
痛罵する(行動)→殺し合いを挑まれる(嫌子)
安藤がもしも決闘を受け殺害されれば、本書では「抹殺法」で説明されます。
たとえば、飼い犬にいくら躾けても直らないとすれば、極端な話、殺してしまえば、その問題行動は止みます。死体は行動分析学の対象外です。
したがって、安藤が殺されれば、「死人に口なし」。二度と人様を侮辱するような評論を書くことはなかったことでしょう。
実際のところは、殺害されそうになる事態を招いたことそれ自体が安藤には十分なお灸となりました。
すなわち、安藤は、殺し合いを申し込まれたこと(嫌子)により、柳家権太楼を痛罵すること(行動)は適応的ではないと学習したのです。
では、最後にクイズです。
SNSのタイムラインに、高橋昌久という哲学者を騙る無職の男がいました。無論、哲学博士は持っていません。
投資で食っていけるだけのカネは稼ぎ終え、30半ばを過ぎて独り身で、社会的なつながりが一切なくて孤独が辛いので、友達欲しさでSNSを始めたそうなのですが、不審な行動が見受けられました。
彼は、誰彼構わず、ファーストコンタクトで個人情報の質問攻めから始めるのです。彼は女性に対しても質問攻めをしていた報告も受けました。質問攻め用にテンプレートまで準備している始末でした。
なぜ、いい大人がこのような人から嫌われてしまうような粗末な振る舞いをするのでしょうか。彼の素朴な願いを成就させるのには、妨げとなる行動であるというのに。
もうおわかりですね、サルやイヌの躾と同じです。
今まで質問攻めをしてきた結果として嫌子が得られることがなかったため、彼はその行動を適応的ではないと学習するきっかけがなかったのです。
つまり、彼は、相手の素性を根掘り葉掘り聞き出す戦略によって、手間暇をかけず手っ取り早く自身にとって都合の良い相手を選ぼうと目論む一方で、都合の悪い人間はブロックすることを明言していたように、都合の悪い事実にはフタしてフィードバックを受けないため、軌道修正されません。(つまり、彼自身は相手を不快にさせる言動を平気で取るが、彼の機嫌を損ねるような言動は誰にも一切許さないのです。)
そのため、この男は、何年もかけてSNSで友達つくり活動のために自身のプロフィールと自家製の読書ノートと評論家を気取った投稿をbot化して自己アピールに励んでいますが、固定ファンはろくにおらず、親しい友人を一人も得られていませんでした。
なぜ、孤独かといえば、周囲を不愉快にさせる問題行動を取り続けていることもそのことに無自覚なのも重要な因子となり得るでしょう。
初手で不躾な行動を取れば、彼の第一印象は最悪なものになりますから。
彼の周囲に彼のことを思いやる人物は一人もいないことも推理できます。
なぜなら、友達が欲しいという、彼の素朴な願望を汲んで、叶ってほしいと思いやるなら、いきなり相手の素性を根掘り葉掘り聞き出そうとする無粋な行為は悪手であることをきっぱり言ってやるはずだからです。
すなわち、不幸にも彼はこれまで人とのより良い付き合い方を学習する機会が一切得られなかったのです。したがって、友達を作るにはもっとマシなやり方があるのにそれが出来ません。
むしろ、素朴なことが出来ないような人だからこそ、素朴な願望を抱いてSNSを彷徨い続けているのかもしれませんが。
ついに先日この男は、誹謗中傷被害に遭っていました。
孤軍奮闘する彼を助けようとする人物は現れませんでした。
その要因は、以上の説明でお分かりいただけたかと思います。
- 感想投稿日 : 2020年12月15日
- 読了日 : 2020年10月29日
- 本棚登録日 : 2020年10月6日
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