京都寺町三条のホームズ (双葉文庫)

著者 :
  • 双葉社 (2015年4月16日発売)
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あなたは、”お宝”を持っているでしょうか?

う〜ん、そんなこと言われても何もめぼしいものなんか持ってないなあ。私の正直な感想です。しかし、このブクログの場に集う皆さまの属性はマチマチです。もしかしたら、”お宝”という言葉のレベルが違う!私などが見たら気絶するような”お宝”に囲まれた日常を当たり前のものとしている方もいらっしゃるかもしれません。なんとも羨ましい限りです。

ただ、身近なものの中には予想外に高額な値段で取引されるものもあるようです。私もなんの気なく持っていた、ある一枚のCDに10万円近い値がついているのを目にして、手が震えた記憶が一度だけあります。版元が倒産して二度と入手できなくなってしまったCD、買った時はまさかそんなことになるとは思ってもみませんでした。なんだ、さてさても”お宝”を持っているじゃないか!と言われそうですが、オチがあります。どういう経緯か知りませんが、そのCD、再販されるようになり、あれよあれよという間に値が下がり…今となっては、あの時にどうして売っておかなかったのか、後悔だけが残ってしまいました。世の中、そんなに甘くはないですね(笑)。

さて、ここに『お宅で眠っている骨董品等ございませんか?鑑定・買取いたします』と店頭に張り出された『骨董品店』を舞台にした作品があります。『横山大観』、『野々村仁清』、そして『ロイヤルコペンハーゲン』などなど、某バラエティ番組でも名を聞く『骨董品』の数々が登場するこの作品。そんな『骨董品店』でアルバイトとして働く高校生の存在が『骨董品』が舞台の物語らしからぬキュン♡キュンした雰囲気感を醸し出すこの作品。そしてそれは、作者の望月さんが”敬愛するコナン・ドイル先生に心より感謝をこめ”て、ホームズの名を登場人物に冠した”人が死なない楽しいミステリー”な物語です。

『お宅で眠っている骨董品等ございませんか?鑑定・買取いたします』と書かれた『蔵』という『骨董品店』の『前でコソコソと中を窺』うのは主人公の真城葵(ましろ あおい)。『日本一の観光地といっても過言ではない「京都」』の『寺町三条』にあるそのお店のことが気になるものの思い切れない葵。そんな時、『おー、ホームズおるかー?』と言いながら『スーツを着た中年男性が自分を追い抜いて』入っていきます。それに続いた葵に『いらっしゃいませ』と『大学生にしか見えない若い男性』が『ニコリと微笑ん』で声をかけます。『細身の身体、少し長めの前髪に白めの肌…かなりのイケメン…カッコイイかも』と思う葵。『ホームズ、これ、識てくれへん?』と風呂敷を差し出す中年男性に、『いいかげん、「ホームズ」って呼ぶの、やめてもらえませんかね』と返す『イケメン』は『白い手袋をして、丁寧に風呂敷をほど』きました。そして、『金襴表装ですか…』と言いながら『手前には桜の木。その向こうに、悠然とそびえ立つ富士』という掛け軸を手にします。『吸い込まれるような迫力』に『すごい』と思う葵。『イケメン』は『「横山大観」の「富士と桜図」。なかなか良い品ですね』と言い、さらに『状態も良いのですが、残念ながらこれは「工芸画」ですね』と説明します。それに『なぁんや、そっか…まぁ、お前が言うなら間違いないやろ』と息をつく男性と『イケメン』はその後も話を続けます。流石に近くで聞いているわけにもいかず『店の奥へと足を向け』展示品を眺める葵に、『お気に召しましたか?』と声をかけてきた『イケメン』は、『君が大木高校の生徒で、だけど元々は関西人ではなく関東の人間』、『京都に移り住んで半年くらい』、そして『この店に来たのは鑑定してほしいものがあるから』と葵の心を見透かすように当ててしまいます。『制服』と『イントネーション』で『誰にでも分か』ると種明かしをする『イケメン』は、『君はお金を必要として』、『お祖父さまかお祖母さまのもの』を『勝手に持ち出した、といったところでしょうか』と続けます。『苗字が「家頭(やがしら)」』なので『ホームズと呼ばれている』と説明する『イケメン』は清貴(きよたか)と名乗りました。そして、『鑑定だけならいたします』という言葉に祖父の掛け軸を差し出した葵。清貴はそれを見て『白隠慧鶴の禅画。驚きましたね、本物です』、『二五〇万といったところ』と説明します。そして、もう一つ差し出した掛け軸を手にして小刻み震える清貴は『僕には、値段がつけられません』という『赤子』の絵が描かれていました。お金を必要とする訳を尋ねられ『新幹線代です。なんとしても埼玉に帰りたかった』と詳しく理由を説明する葵。そんな葵に『葵さん、もし良かったら、ここで働きませんか?』、『ちゃんと働いてご自分で交通費を稼いではいかがでしょう』と声をかける清貴は『あなたは、なかなか良い目を持ってい』ると続けます。『今日を境に、私の運命が変わるかもしれない』、『不思議な予感が』したという葵が、『骨董品店』『蔵』でアルバイトをする中に”人が死なない楽しいミステリー”な物語が描かれていきます。

某バラエティ番組の影響もあって”お宝”と言う言葉で『骨董品』が語られるようになって久しい今日この頃。そんな番組に鑑定士として出演されている中島誠之助さんの著書が巻末に参考図書として挙げられるこの作品。望月麻衣さんの代表作であり、このレビュー執筆時点で、なんと18巻までシリーズ化もされ、さらにはテレビアニメ化もされているという大人気作品でもあります。読後、これはシリーズ化もされるよね!と、その絶妙な舞台設定の数々に納得しました。

では、そんな作品の舞台から見ていくことにしましょう。

この作品は書名にある通り『京都』を舞台にしています。『京都』という街は、絵になる場所が多いこともあってか他の作家さんの小説にもたびたび登場します。瀧羽麻子さん「左京区七夕通東入ル」、七月隆文さん「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」、そして綿矢りささん「手のひらの京」と、『京都』の魅力あふれる描写が印象的な作品は多々思い浮かびます。そんな作品を書く作家さんはいずれも『京都』という街に何かしらの縁のある方ばかりです。土地勘のない人、たまたま旅行で訪れたことがあるだけの人にはとても描けない、そこで暮らした経験があるからこその味が作品に本物感を与えていきます。これは『京都』という街だからこそのハードルとも言えます。そんなこの作品の作者である望月麻衣さんは北海道生まれの方です。そんな望月さんは『私が京都市民になったのは、二〇一三年の春』、『何もかもが新鮮で目新しく、すべてが面白くてたまりませんでした』と『京都』の街の印象を語られます。そんな望月さんが『「余所者目線と感覚」が色褪せないうちに、京の町をどうしても描きたい』と手がけられたこの作品は、上記で挙げた他の作家さんの作品に比しても圧倒的な『京都』の描写に満ち溢れています。どこをご紹介しようかなかなか決めきれないところですが、『京都』というと必ず登場すると言っても過言ではない『出町柳駅』から乗車する『叡山電車』のこんな細かい表現をご紹介しましょう。

『朝九時』に『ホームズさんと待ち合わせた』葵、『小さな改札を通ると、二両しかない電車がすぐ目の前に待機していた』という『出町柳駅』のホーム。『前の車両に行きましょう。より、山の景色が綺麗に見えますよ』というホームズの誘いで『なんとなくウキウキ』しながら『先頭車両に向かった』葵。『山奥の田舎の電車を思わせ』る空いた車内でシートに座って周りを見回す葵はあることに気づきます。『ホームズさん、あのつり革だけ、ピンクのハート形ですよね?』。それに『叡山電車には、「ハートのつり革付き車両」があるんですよ。なんでも、あれをつかむと幸せになれるというジンクスがある、「幸せのつり革」だそうですよ』と返すホームズは『せっかくなので、葵さんもぜひつかんでください』と勧めます。『え、あ…そうですね。せっかくなので』と、『ギュッとつかんでみ』る葵は、ホームズにも勧めるものの『叡電に乗るのは初めてではないので』と『ニッコリ』と笑みで返されます。『つまりは、過去にあのつり革をつかんだことが…』と妄想していく葵…というこの場面。

『ハートの吊り革』は他社路線にもあるようですが、叡山電鉄のものは、全22車輌1,028個中のたった一つというレアな存在のようです。ホームズのことが気になる葵の心の内をこんな小技と共にふっと描く望月さん。他にも『斎王代いうたら京都の女性にとって最高の名誉やで!』という『斎王代』の物語や『猛威を振るった疫病』を治めた物語が背景に語られる『百萬遍知恩寺』、そして『少しずつ色濃くなる夜に浮かび上がる、鮮やかな山鉾。照らす提灯の数々』という『祇園祭』の様子などなどさまざまな方向から『京都』の街が描かれていきます。『京都』を描いた小説をお探しのあなた、そうそんなあなたに是非おすすめしたい一冊だと思いました。

次に、上記もした『骨董品』に関する描写です。”本書を書くにあたって、鑑定士・中島誠之助さんの本を暗記するほどに読ませていただきました”と語る望月さんは、中島さんが主戦場とされる”やきもの”の世界のみならず、掛け軸や西洋アンティークまでをも物語内に登場させます。そんな『骨董品』を目利きするホームズのワンシーンをご紹介しましょう。

『今日はこれをまず、識てほしいと思いまして』という言葉に『テーブルの上に、そっと置かれた小さな桐箱』に白い手袋をして手を伸ばすホームズ。『では、あらためさせて頂きます』と『丁寧に蓋を開けると』そこには『抹茶碗』がありました。『側面に桜が描かれた、それは素敵な茶碗だ』という品を『ジッと見詰める』ホームズは、『京焼きですね。とてもふっくらとしたライン。野々村仁清の品で間違いありません。素晴らしい品です』と『ニッコリと微笑』みます。そんな横に座る葵が『野々村仁清…って、ダレ?』と心の中で思っていると、『野々村仁清とは、江戸時代前半に活躍した陶工なんです。本当の名前は…』と分かりやすく説明を始めるホームズ…という場面。

まるで某バラエティ番組を思い起こさせもしますが、そこに望月さんは”ミステリー小説”ならではの”謎解き”を組み合わせます。この茶碗に隠された意味、どうして送り主はこの茶碗を持ち主に送ったのかという”謎解き”がそこから始まっていきます。”お宝の鑑定”というものは、それだけで長寿テレビ番組が生まれるほどの奥深さのあるものです。そこに何らかの意味を持たせ、”謎解き”を追加していくというのがこの作品の骨格です。最後にこの点に触れたいと思います。

この作品の舞台は、上記した通り、『京都寺町三条』にある『骨董品店』です。京都大学大学院に通うホームズが家業として務めるそんな店にアルバイトとして働くことになった葵。東京から高校を転校してきた葵は、そんな場でホームズと接していく中にさまざまな『骨董品』と出会っていきます。そして、そんな『骨董品』には隠された謎があり、そんな”謎解き”がこの作品の醍醐味です。〈序章〉を含めた6つの章では、さまざまな『骨董品』がその裏に隠された謎と共に現れ、ホームズが鮮やかに”謎解き”を行っていきます。”「人が死なない楽しいミステリー」というものに、とても魅力を感じていたんです”とおっしゃる望月さん。そこに、『イケメン』でもあるホームズに憧れの感情を抱く葵の描写を絡める感覚はまさしく”京都を舞台にしたライトミステリー”そのものです。これは人気も出るはず!とその作品世界に魅了される中にあっという間に読み終えてしまいました。

『どんなに勉強しても終わりがなく、時に、常識がひっくり返ることもある、果てのない世界です』。

『物心ついた頃から、今に至るまで、ずっと勉強を続けています』と『骨董品』に魅せられた『イケメン』が働く『骨董品店』でアルバイトをすることになった高校生の葵が主人公を務めるこの作品。そんな作品では、望月さんが目指された”京都を舞台にしたライトミステリー”の世界が鮮やかに描かれていました。さまざまな角度から描かれていく『京都』の描写に魅せられるこの作品。鮮やかに”謎解き”を繰り広げるホームズの手腕に次第に恍惚感を感じもするこの作品。

“「京都に行きたいな」と思っていただけたら本当に幸せに思います”とおっしゃる望月さんの思いそのままに、今まで知らなかった『京都』のあんな場所、こんな場所へも旅したくなる、そんな作品でした。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 望月麻衣さん
感想投稿日 : 2023年4月17日
読了日 : 2023年1月4日
本棚登録日 : 2023年4月17日

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