文句なしに貴重な引き揚げ記だ。
先に読んだ「日本人が夢見た満洲という幻影」や「ソ連兵へ差し出された娘たち」にも通じるものがあるが、国策で推し進めた移住は賛嘆たるもので、ソ連の侵攻を察知した関東軍や政治家のお歴々はいち早く日本に帰り、一般庶民は実際生き延びた人たちも、正に命からがらだったのだ。
そして生き延びるために、動物的の本能が表れ、決してきれいごとでは済まされないし、またそれを責めることも出来なくなるのだろう。
自分の母や親戚が満州からの引き揚げ者で、ソ連兵のことや、かなり混乱状態だったことを話していたが、もう少し詳しく聞いておくべきだった。
一度戦争になると人間性は破壊され、堕ちるところまで堕ちる。だから常に戦争を回避する努力は怠らないことだ。
人間としての尊厳を保つためにも。
しかしそれにしても著者の藤原ていさんの逞しいこと。
現代の女性には真似が出来ないだろうと感じた。
あとがきにもあったが、著者の藤原ていさんの夫は、一度は家族と再会したもののソ連軍につかまり、満洲の延吉にあった収容所に一年あまり抑留され、著者ら家族の引き揚げから1か月おくれの10月に帰国する。その後、妻の作品に刺激されて小説を書きはじめ、小説家新田次郎として山岳小説の分野で大きな足跡を残す。
著者のように敗戦になって海外の植民地から引き揚げてきた人たちは、320万人にものぼり、中でも満洲や北朝鮮からの引き揚げ者は、想像を絶する苦難を体験し、家族や財産を失ったために、戦後の生活も楽ではなかった。彼らは自身の苦難を社会に訴え、悲劇の歴史を語りつたえるために、おびただしい数の体験記を出版したが、この作品のように、多くの人に読みつがれているものは多くはない。
理由は、この作品が引き揚げの苦労話で終わるのではなく、集団の中で表れた人間の弱さや醜さを直視し、追いつめられた人間の本性をあぶりだすとともに、生きようとする人間の意志の大切さと尊さを訴えた文学作品になっているからだ。
当時の満洲には150万人以上の日本人が住んでいたが、避難できた人はわずかで、多くは満洲にとり残された。中でも開拓団の人々の被害は大きく、ソ連軍の攻撃と混乱のなかで多くの命が失われた。また、ソ連軍は、生きのこった日本軍兵士や民間人等57万人以上をシベリアなどへ連行し、強制労働をさせた。戦容所では飢えや寒さで6万人近くの犠牡者を出したと言われる。ソ連も第二次世界大戦で2千万人以上の犠牲者を出し、戦後復興の為の労働力が不足していたからだ。
- 感想投稿日 : 2023年5月20日
- 読了日 : 2023年5月20日
- 本棚登録日 : 2023年5月18日
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