精霊に捕まって倒れる――医療者とモン族の患者、二つの文化の衝突

制作 : 江口重幸 
  • みすず書房 (2021年8月4日発売)
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感想 : 12

タイトル「精霊に捕まって倒れる」はモン族によって<カウダペ>と呼ばれる症状であり、西洋医学でいうところの「てんかん」がこれにあたる。本書はアメリカに難民として亡命した家族に生まれた幼児リア・リーが、「精霊に捕まって倒れ」たことを発端に、治療をめぐってモン族と西洋医学・アメリカ人とのあいだにおきた葛藤、衝突を伝える。1997年の著書で、著者による取材は80年代を中心になされている。

モン族の少女リアの母フォア、父ナオカオと、病院の医師たちとのコミュニケーションの行き違いを軸として、リー家と同じモン族の人びとやソーシャル・ワーカー、リアを一時的に預かることになった里親など、数多くの関係者の声を集めてリアの身と周囲の人びとに起きた出来事を掘り下げる。リアの病状や治療にまつわる出来事は時系列に近いかたちで語られ、その結末も徐々に読み手に明かされていく。リー家が住むカリフォルニア州マーセド郡に著者が訪れてリー家と関わりをもつようになるのは1988年である。そのころ6歳頃のリアの病についておきた出来事はすでに収束しており、著者がその過程で引き起こされた葛藤を丹念に追いかけて形にしたのが本書ということになる。

全19章となる各章の構成としては、リアの病状を中心に現在進行形で語る章と、モン族の歴史やタイの難民キャンプでのモン族の人びとに関する記録がほぼ交互に綴られている。モン族の難民であるリー家の背景として、モン族の歴史と独自性を描き出し、モン族が難民になるにいたった1970年代のアメリカによるラオスへの政治・戦争に関する干渉と、それによるモン族の過酷な戦争体験ついても言及する。このようにリアの病について起きた出来事の本質を理解するために、モン族の特性とアメリカ人との文化的な違いをあぶり出すことにかなりの紙数を割いていることが本書の大きな特徴であるとともに、モン族の自由を尊ぶ気風と、強大な権力に屈することのなかった民族の歴史に魅了される。

キーワードとして「多様性」という言葉が取りざたされることの多い現代にあって、「アメリカ人が理想とする断固たる個人主義と、モン族が理想とする集団の相互依存との溝」を浮き彫りにすることで、多様性と直面することの難しさを背景込みで懇切丁寧に提示した好例だろう。リアの病をめぐって著者は取材をとおして最後まで「両者の溝は本当に埋められなかったのか」と思い悩み、その原因を異文化における考えの違いによるものと見据える。そして、治療において最も重要なこととは何なのか、著者なりの結論にたどりつく。

本書を読み通すことで、リー家におけるモン族の儀式を描いた終章「供犠」と、巻末に収められた「15周年記念版に寄せて」の結びのシーンがとりわけ心に響く。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2021年10月24日
読了日 : 2021年10月24日
本棚登録日 : 2021年10月24日

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